第28話「次へ――」

 怪物討伐から二日後。俺たちは砦に帰ることにした。

 しっかり歩けるほどの回復するまで数時間しかかからなかったけど、久しぶりの周りに誰もいない二人きりだ。十分に満喫した。湖にいたころが懐かしい。


「おんぶすれば十分で着くぞ?」

「許すと思うか?」


 うん、わかってた。

 帰りは徒歩に決定だ。一週間ほどかかるけどこれもいい。いやこれがいい。

 やっぱ二人きりが一番落ち着く。

 …まあそうも言ってられないよな。リーアがやりたいこと全部やるとなると必然的に現地人との交流が不可欠になってくる。この国にいる間に少しは慣れないとなあ。


 砦へは五日で着いた。前の兵士はモンスターを避けながら捜索に行ったからそれだけ遅かったみたいだ。

 人が見えるほどまでに近づくと数百メートルは距離があるにもかかわらず歓声が聞こえてきた。

 さあ、凱旋……いやそれは国に着いてからだな。一週間間があったし王様に報告も上がっているはずだ。国の民たちも安心していることだろう。どんちゃん騒ぎに違いない。


 もはや砦なんぞ必要ないと言わんばかりに国に戻らず待機していた兵士たちが砦から湧いてきた。

 ……俺が一人で伝えに来た時はこんなことなかったけどな。


「おかえりなさい!師匠!!」


 最前列にはクファと王族が並んでいる。皆余裕ができたようで初めて会ったときの緊張感が伝わってこない。よかったよかった。


「ああ、ただいま」


 その言葉を聞いた途端クファがリーアの胸元へ飛び込んできた。

 させないが?


「ぐふア!!?」


 俺はクファの顔面を掴んでリーアへの接触を阻止した。


「もう…何するんですか先生」

「慣れろ。先生はこういう奴だ」

「ははは…ですが無事でよかったです」


 クファは赤く俺の手形が付いた顔をさすりながら苦笑いをしている。

 ちょっと強く握りすぎたかもしれないな。でも受け入れろそれが罰というものだ。


「国にはいつ戻る?」

「いつでも…と言いたいところですが直に暗くなります。明日の朝出発しましょう」


 というわけで俺たちは砦で一泊して国に戻ることになった。

 リーアはその間英雄扱いだ。怪物を討伐した張本人なんだから当たり前だ。当の俺は道を歩けば端によられ、目にした途端逃げられる。チラッとローブの下から表情を見てみると顔を真っ青にして目をそらしていた。完全に怖がられてる。

 相手の方から目をそらしてくれるなら普通に前見て歩けるな。助かる。

 リーアかクファが何か言ってくれたのか王族からの接触もない。

 楽だ…。


 国へはまたアダに乗って移動した。今回はリーアと二人きりだ。

 クファも乗りたがったがお兄様方が連れて行った。先頭のデカいアダでもみくちゃにされていることだろう。


「こいつに乗って旅するのもありかもな」

「私は歩く方が好きだ」

「じゃあ無しだな」


 軽口交わしたり膝枕し合ったりで二日の移動はすぐに終わった。


 国に着いた途端民からの歓声が聞こえてきた。


「いいものだな」

「英雄に向けられる歓声のことか?」


 そんなじっとりとした目で見ないでくれ。


「この景色のことだろ。わかってるよ」


 抱き合って喜び合う家族がたくさんいる。戦争が終わったんだもんな。これから平穏が戻る。十分に愛をはぐ――…


「はあ……」

「私たちにはまだやることがあるからな」


 そう、俺たちはこのまま王宮に戻り報告会に参加する。と言っても主役はリーアだ。俺は隅で立ってるだけ。

 王宮についても民の声は聞こえてくる。熱狂だ。…正直声がデカすぎて頭痛くなってた。リーアはそんなことないみたいだ。自信の表情に満ちている。承認欲求が満たされてるんだろうな。SNSはやらせたくないな…。


 報告会は玉座の間。ただ立ち続けるのは大変なので床にじゅうたんが敷かれている。

 それに加えてリーアには座布団を用意した。ふかふか仕様だ。


「では始めよう。まずは侵攻を終わらせてくれたことに感謝を」


 王様は頭を下げ、続いて王族皆がそれに倣った。


「ああ、私もいい経験になった。それで、ことの顛末については報告で聞いているな?」

「怪物…我が弟が逃げ出すほどの強者だったとはな」

「俺を比較対象に出さないでくれ…」


 ツェタンさんのほうが弟だったのか。体格的に逆だと思ってた。

 まあ威厳は王様の方がある気がする。


「そなたの実力を疑っていたわけではないがまさかたった二週間少しで戻ってくるとは思わなんだ。その怪物、確実に葬ることが出来たと信じてよいのだな?」

「先生にかけて誓おう」


 いや、誓ってくれるのは嬉しいが……ほら皆変な顔してるじゃん。

 しかし王様は何故か信用して頷いた。いいのかそれで。


「わかった。後日現場の調査に兵を遣わそう」

「そうするといい」


 あそこは元々海村。住んでいた人もいたはずだ。魚介の供給を再開するためにも早急に調べる必要がある。

 あるんだが――


「それでだ……すまないが戦いの余波で半分以上吹き飛ばしてしまった。謝罪する」

「な!?そ、そうか…。だが、謝罪は必要ない。建物は直してしまえば元に戻る。土地を取り返してもらったことに意味がある」


 抉れたところはちょっと均しておいたけど完全に地形は変わっているはずだ。

 住人達に怒られないといいけど…。


「他に何か発言があるものは?」


 王様は周りを見ながら問いかける。

 しかし何もないようで口を開く人はいなかった。


「では、この場はこれにて解散。二人は心行くまで休め。望みがあるのならその都度申せ。できうることならば叶えよう」

「ああ、では失礼する」


 俺たちは王族全員に背を向け玉座の間を後にした。

 とりあえず与えられてた部屋に移動だ。


「……疲れた」

「お前は何もしてないだろう?」

「いやいや、この国で起こった全部の出来事にだ。急に大人数と顔合わせるの結構きついんだよ…」

「ははは、お前は顔をほとんど合わせていないではないか」


 面と向かってって意味じゃない……。


「しかしまあ、荒療治にはなったんじゃないか?最初よりも気持ち楽そうだ」

「そうか?」


 言われて見れば確かに最初に比べたら幾分かマシかもしな。まだ目は合わせられないけど人が横を通っても気にならなくなった。


「次はそのフードをとることだな」

「…そうだな」


 俺もこのままじゃいけない。流されるままに生きていくなんてのはもうやめたんだ。

 だったらこのフードも必要ない。

 フードをとった時、リーアは初めて俺の名前を聞いた時と同じになった。


「なんだよ」

「ははは、この国に来た時によりも緊張しているぞ」


 次は大笑い。仕方ないだろ…。顔晒すの初めてなんだから。


「次はどうする?」

「話しかける……とか?」

「それは長い目で見ないといけないな」


 おっしゃる通りで。あと一年は猶予を頂きたい。


「リーアはこのあとどうしたい?この国全部見終わるまで王様の世話になるか?」

「ああ、そのことなんだが――」





――――――――――――――――――――――




 ムアンナキ王国・玉座の間



 二人が部屋を去った後、王族のみで会議が行われていた。


「…先生のことなんだが」

「それは私も気になった」


 リーアの後ろにただついていた無言の謎の人物。国王とクファ以外にはそう映っている。


「兄上はあれをどう見る」


 ツェタンは腕を組み神妙な面持ちで国王をみる。

 彼はクリオラが魔導を使ったとき空が割れるのを壁の外ではあるがほとんど真下で見ていた。その脅威をこの場にいる誰よりも知っている。


「我は彼…ケルスを信用に足る人物だと思っておる。それは変わらん。だがあれがその手によるものとなると警戒せざるをえない」


 国を囲んだ壁より低い街からは見えなかったが、それよりも十数メートル高い位置に存在する王宮からは空が割れたのを視認することができたのだ。


「十万を超えるであろうモンスターの大群をただの一人で数分かからず殲滅した」

「それにあの範囲…この国の過半数は呑み込めるものでした」


 モンスターが焼け死んでいく姿と青い炎からくる熱風を肌に感じた王族はその恐怖を十日経った今でもぬぐい切れてはいない。魔導という現象は強力であるがそれ以上に恐怖を植え付ける。この世には過ぎた力だ。


「……脅威であるのは確かだ。だがケルスはメリーアベルと共に国に平穏をもたらしてくれた。ならばその事実だけを受け止めるべきだ」

「不意をついて亡き者にするというのは」

「無駄だ。我の魔法を生身で受け止め傷ひとつつかなんだ」


「「「なっ!!!!!??」」」」


 国王とクファ以外は知らなかった。二人がこの国に来る少し前、クリオラに向けて最大威力で魔法を放ったことを――


「だがケルスはそのことに関して何も追及してこなんだ。児戯に等しかったのであろう。赤子が顔を蹴ったとて誰も怒らぬようにな」


 事実クリオラは何も思っていなかった。それどころかすでに忘れている。今のクリオラにとってこの国はリーアが興味のある国でしかない。


「”なにもしない”それが得策だな」

「ああ、我らはケルスを救国の英雄として接するのみ。…メリーアベルとて同様に」


 この場にいる全員が理解している。リーアがクリオラにとっての逆鱗であることに――


「…して、クファよ。何か言いたげであるな。どうした」

「クファが……発言を…?」


 クファが会議の間にいること自体が初めてだ。そして自ら何かを意見する…それも初めてのことである。全員が驚きの顔でクファを見た。


「あの…師匠と先生はお優しい方々です。そのように邪推せずとも敵対成されることはないでしょう…」



「「「「「なら心配する必要ないな」」」」」






「――と、初めから会議など意味がなかった。”よし」


 今頃私のことなど誰も覚えていないことでしょう。私はそういう体質だからね。



 ”戦場に赴こうとする王を王宮に留め彼らと合わせる”



 そのための予言という名のアドバイス。

 それだけすればあら不思議。立派な物語の完成だ。


 私が何もしなければ王は戦場に向かいそして戦士していた。

 二人は国に辿り着くが観光だけして出ていってしまう。


 そういう運命だった。


「さて、次はどこへ行こうか」


 彼らはどこへ赴くのか…次は果たしてどうしよう、喜劇?それとも悲劇…なんにしたってきっと素敵な物語になるはずさ。


 私は予言者フラウェン。違う違う。私はしがない作家。



 そして運命を操る者。



 では数十年後にまた会おう。



 第2章「ムアンナキ王国」 終

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異世界魔術旅行~生ける屍と呼ばれていた俺は異世界に転移して生贄少女と共に世界を旅することにした~ 凛月 @ki3kai2

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