第5話「初めての会話と名前」

 少女がここに来て三日が経った。

 まだ会話はできていない。

 魚を捕りに行ったり、少女が解体はできると言ったので狩りに行くとき”行ってくる”とだけ言葉をかけるだけだ。この森の動物…「獣」はほとんど食べられるらしい。虫は嫌いとのことだ。食べたことあるみたいだ…。

 朝の挨拶くらいは、と思って話かけたがどうやら挨拶の文化がないらしい首を傾げられた。


 ずっと静かだったわけじゃない。

 少女は相槌しか打たない俺に対して積極的に話しかけてくれた。おしゃべりが好きなだけかもしれないが、俺にはそれがちょっとした楽しみだ。


「今日は私も森に行く」


 ”私も”ってことは俺と一緒にってことだよな…。

 いやいや、別に面白くないぞ?魔法で捕まえて秒で終わりだし。一人で行った方が――…


「そろそろ果実を食べたくなってきたんだ。お前では見分けられないだろ?」


 一応首を振ってみたはいいものの、元気になってかなり我が強くなったこの子にあまり逆らえない。

 それにあんな役目を背負わされてたんだ。ここにいるときくらいは優しくしてあげたい。


 俺は頷いて少女と森に入った。


 この森は野生の動物がかなりの種類生息している。食に困ることはない。


「かなり幼いころよくこの森に入って遊んでいたんだ。ここはそこまで強いものがいないからな。小さい私でも危険は少なかった」


 少ないって…それは危険というのだよ、少女よ。いや、幼女だった少女よ。


 俺の前を歩き、木の棒で草をかき分ける少女はさながら探検家の様だ。

 初めて俺のと頃に来た日に少女の服をプレゼントした。と言っても男物だ。

 女の子用も創造できる…というかそっちの方が創造するのは楽しいけど、森で生活するなら可愛らしい洋服じゃなく丈夫な服がいい。

 靴も同じくだ。無骨だけど歩きやすい靴を用意した。


 用意された服を見た時の顔可愛かったなあ。


 あと帽子も作ってあげた。あの頭をさらけ出しておくのは女の子として恥ずかしいだろう。

 擦れて痛くならないように柔らかい素材だ。

 …創造で出したから何で出来ているかは知らない。タグ付いてたらわかったかもしれないけど。


「あったぞ。これだ」


 少女がしゃがんで見つめる先に赤い小さな実が所狭しとなっている。

 野イチゴ…よりは大きいし形が違う。

 とりあえず<鑑定>しとこう。



ナムム 普通


甘く赤い実。無毒。



 うん。簡潔。

 別にスキルレベルが――とかいうのではない。詳しくは図鑑に登録されるのだ。


「私はこれが好きだったんだ。これをせがんで森に入ったことがある」


 行動力の塊だ。見習おう。


 だけどナムムのために森に入る必要はもうない。図鑑に登録したから種を生成して拠点のそばで育てることができる。<成長を促進させる魔法>で待ち時間も短縮だ。

 なぜ実を直接生成しないかって?調味料以外は口に入れてくれなかったからさ。

 生き物はそれから生れたものを食すのが礼儀だと言われた。ごもっともだ。頭が上がらない。


「さて、今日は狩りを見せてもらおうか。魚を獲るのは見たことがあるが獣はまだだったからな」


 見られていると思うと恥ずかしいが…張り切っていくか。

 この子はシカが好きらしい。あの角が鉱物っぽいので出来たシカだ。と言っても焼くことくらいしかできないけど…シカとか調理したことないし。


 …っといたいた。数十メートル先にシカが二頭食事をしている。

 さて狩りの方法だが――

 魔法で拘束して、頭を切り落としたら終了だ。


「…あっけないな。普通弓やら罠で狩るはずだが…さすがの魔法使いと言ったところか」


 弓と罠か……力技でって言われなくてよかった。文明レベルが低すぎると人前に出れるようになった時楽しめないかもしれない。


「帰ろうか。狩りの帰りが早い理由がわかってすっきりした。隠れて作り出しているのかと思っていたからな」


 そんなことしませんて。言われたことは守るよ、嫌われたくないからな。帰りが早いもう一つの理由を体感してもらうか。ちょっと気が引けるけど…!


「わ!な、なにをするんだ!!!?うわあああああ!!!」


 少女を小脇に抱えて全速力で森を駆けぬけた。

 そしてもう二度とやるなと口うるさく説教されるのであった。




 それから三日ほど経って俺はある決意をした。


 少女の名前を聞く!!


 初めての会話だ。一週間一緒にいたからか緊張もしなくなった。たぶん今ならいける……はず。


「な…なあ…」

「なんだ?まだ狩りには早いだろう?」

「そろそろ名前聞こうと思ってさ…」

「そういえば名乗っていなかったなわた――…喋っ!なっは?え?」


 ここまで大声を出した少女は見たことがない。

 そりゃ驚くか。ずっと会話してこなかったもんな。


「ご、ごめん。驚かした。会話が……あ、その…得意じゃなくてさ」


 少女はきちんと座り直して俺の言葉を待ってくれている。優しい子だ。


「俺、幸田健司っていうんだ」

「ふむ……ん、ん?もう一度聞いてもいいか?」

「こうだけんじ」

「コォリオルァクェルス?ふっ…変わった名だな…ふっ」 


 どうしてそうなった。


 めっちゃ笑い堪えてるし。いや堪えられてないし。言語理解で翻訳はされてるけど固有名詞は無理ってことか…?


「な、訛っただけだ、えーと…コォリ……クリオラケルスだ」


 どこにも面影ないんだけど?名前どこ行ったんだよ。てか…恐竜の名前みたいだな。クリオラケルス。


「そうか、クリオラケルスか。ふふふ…訛りにも限度があるだろう…ふふ」


 度し難い…が楽しそうだからいっか。俺は今日からクリオラケルスだ。


「私はメリーアベル。オーウェス…いやただのメリーアベルだ。…リーアと呼んでくれ」

「わかったよリーア。俺のことは…あー」


 今さっき自分の名前になったばかりだから略仕方がわからん。

 毎回クリオラケルス飛ばせるのもあれだしな…。


「略称で呼ばれたことがないのか?ではクリオラと呼ぶことにする。それでいいな?」

「それでいい」


 よっしゃあああ!第一関門突破!…疲れた。休もう。


「おい、どこへ行く?」

「疲れたから休む。探さないでくれ」


 と言っても拠点に入ってクッションに体を預けるだけだ。ちょっと品質が上がったクッションが気持ちい。


「…そうか」


 寂しそうに聞こえたのは気のせいじゃないはずだ。待ち望んでいたものを少しだけ見せられ、取り上げられたようなものだからな。

 すまん。リーア。もう少し待っててくれ。俺頑張るから。


 メリーアベルか…リーア…カワイイ名前だったな。

 俺は突然改名させられたけど…一歩踏み出せたんだから別にいいか。

 クリオラケルス。

 クリオラね。早く慣れないとな。無視したと思われたら堪ったもんじゃない。


 ちょっとずつ。ちょっとずつだ。

 リーアには悪いけど自分のペースで進ませてもらおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る