第4話「贄の少女」
前回までのあらすじ
小屋の前にみすぼらしい恰好の少女が転がっていた。
な、なんだこれ。どういう状況?
微動だにしないし…し、死んで…る?
「まだ人と話したくないとは思ってたけど、第一人間発見がまさかの死体とか勘弁してくれよ…」
微動だにしなかった人間は俺の声が聞こえた途端ビクンと動いた。
生きてる。
「ま、待ってろ…えと、生成で――とか言ってる場合じゃねえ。すっ飛ばしてカッター!」
とっさの権能創造はしっかり機能し、手元に見覚えのあるカッターが生成された。向こうで使ってたやつだ。
まず頭にかぶせられた布袋をとる。中から、言葉で表せないほど整った顔をした美少女が顔を見せた。だが口に布を噛まされている。
急いで口の布を外すと少女は激しく息を吸いせき込んだ。
「おいおい、布袋でも大概なのに口まで…下手したら死んでたぞ」
灰色の髪に紫の瞳――待てよ…この子髪が…。
整った顔とは裏腹に髪の毛は乱雑に切られ、所々頭皮が露出し傷がついて赤くなっていた。血が滲んでいる箇所もある。
「まってろ、縄もほどいてやるから。…これは切らないとダメだな。じっとしてろよ?」
何重にも巻かれた縄を肌に刃が当たらないように丁寧に切りほどく。奇麗な肌も縄のせいで痣が付いてしまっている。
…なんてひどいことするんだ。
回復魔法を使えればいいんだが、体の性質上練習ができていない。逆に変な反応がでたら困るから一発本番という訳にもいかない。
縄をほどかれ自分の手足をじっと見た少女は立ち上がろうとした。
「ふらふらじゃないか…ま、まだ座ってろ」
少女は素直に言うことを聞いてくれた。
そしてまたじっと俺を見る。
…見ないでくれ……とは言えない…。
消毒効果があるかはわからないけど<清潔>を少女に使う。これはクッションにも使えたから俺自身以外にも効果はあるはずだ。あとは包帯を生成して応急処置しておこう。
…いや、それにしても何でここに人間が?
しかも身動き取れない状態で…。
それに服…ほとんど布を巻いただけじゃないか。
「湖の怪物よ。私を食べないのか?」
「は?」
少女が発した第一声は創造の斜め上を天元突破した。
いや、怪物ってなんだ?つか食わないのかって…てことはこの子生贄か何か?
それならひどい格好も納得いくけど――
「さっきは話していたじゃないか。どうして黙っている」
「う…」
したくても会話ができないんだよ……。
さっきは一方的に話せる状態だったから口を開けたけど、いざ話しかけられると返答ができない。
どうしたものか…。
「全く。これではどうにもならないじゃないか。食われる覚悟をしてきたというのに……」
やっぱ生贄なんだ…。どうして…って聞きたいけど。
「ど……あ、う」
ダメだあああああ!!情けない…情けなすぎる。
「…まあいい。どうせあそこには戻れない。ここにいてもいいか?ダメだと言ってもいるがな」
少女にとっては決定事項の様だけどとりあえず頷いておこう。
「反応はあり、と。意思疎通はできるみたいだな…」
なにその実験動物を観察するような言葉は…。
まあでも仕方ないか。それにこれならコミュニケーションはとれる。…病院の先生と話すときもこんな感じだったなあ。
それから少女は周りの散策を行うことにしたらしい。湖の水が引水できるかとか、周りにどんなものがあるのかとか。。
少しして少女は帰ってきて俺の正面に座りまじまじと俺を見た。もちろん俺の目線は下を向いている。目など合わせられるか。
「……どう考えても怪物には見えない。お前は怪物か?」
だって怪物じゃないし…まあある意味怪物ではあるか。
とりあえず首を縦に振っておこう。
「…そうか。本当に生贄になり損なったというわけか。私のことは本当に食べないんだな?」
当たり前だろうが。食人の趣味はねえ。
「ふむ。なら何を食べて生きている…動物か?」
いや食べないんだよなあ。
というか何でこんなこと聞かれてんだろう。
「魚も果実も食べない…。もしかして何も食べずに生きているのか?」
そうだよ。
「怪物ではないが人間でもない、と」
いやいや人間…とは言い切れないか。
人間の域を逸脱しているのは自分でもわかるし。
「ならこの生物――失礼。お前を何と形容すればいいか…」
そんなこと気にする必要ある…?
学者気質とかかな、知りたいことは知らないと気が済まないとか。
その時盛大に少女のお腹が鳴った。
「…まいったな。さすがに二日食べないと腹も堪らないらしい」
嘘だろ!?…いや生贄だとしたらそれもあるか。
「反応あり、か。そう驚くな、生贄にされるとなれば食事は抜かれる。当たり前のことだ」
そんな当たり前があってたまるかよ…。
少女は立ち上がり湖の方へ歩き出した。魚とって食べるみたいだ。サバイバル能力はある子みたいだな。もしくはそれ相応の文明レベルなのか…。
しかし少女は魚を捕ることはなく湖の淵に座って水を飲んだだけだった。
そのあと戻ってきて俺のそばに腰を下ろした。
「そんなに不思議な顔するなよ。私に狩りの能力なんてないんだ。果実を取りに行こうにもこの辺には見当たらないし、森に入る体力もない」
サバイバルどうこうじゃない。俺の感が当たっていたらこの時代の狩りは男がやるものだ。この子みたいに小さい子がやることじゃない。
「あなたも食事をしないんだろ?じゃあどっちが早く死ぬか競争だな。はは」
少女は力なく笑い空を見上げた。
人間水があれば食べ物がなくても数週間生きることができると聞いたことがあるけど、こんな少女にそこまでの力はないはずだ。それにこの痩せ具合もともとろくに食事をとれていないはず……。
このままではだめだ。話せなくてもこの子はこの世界で初めて会った人間だ。それ抜きにしても人が死ぬのを黙ってみてるなんてできない。
俺が動物を狩ってきたところで捌く体力もなさそうだ。それに食べられるかもわかんないよなあいつら…変な見た目してるし。
てことは果物…だけど俺が歩いた範囲ではそんなものなかった。
魚ならいけるか…?
「…まってろ…」
「え?」
思い立ったが吉。俺はすぐさま湖に向かった。…やっぱり一方的になら話せそうだ。独り言みたいな感覚だからなのかもしれない。
水面を覗いてみるが魚は見当たらない。近くに魚はいないみたいだ。もっと奥の方まで行かないといけないか…。
服のままってわけにはいかない。パンツ以外脱ぐことにした。
…そういえばずっと寝間着のままだな。服生成できないか試してみるか。気分転換にもなるだろうし、あの子にもちゃんとしたもの着せてあげたい。
「外でパンツ一丁になるの何年振りだよ」
小学校か中学生以来だな多分。流石に高校生では…ない…はずだ。
「っと冷たっ!」
気温はちょうどよくてもやはり水の温度は低いらしい。これも久しぶりの感覚だ。
「ちょっと慣らすか。丈夫な体でどうにか…いや、こういうのは体感した方がいいよな生きてるって感じたいし」
暑いとか寒いとかも感じなくなったら生きてるか生きてないかもわからなくなるもんな。
汗もいずれはかけようにしよう。ちゃんと汗かいて水浴びしたり風呂に入ったりしたい。
この世界に来てどんどん精神的に健康になっている気がする。やっぱり外に出るってのはいいみたいだ。
そんなことより今は少女のごはんだ。
「よし、行くか」
湖は三メートルほど歩くと一気に深くなった。かなり澄んでいる。目を開けても平気だ。
魚は…お!
二の腕サイズの魚がかなり泳いでいた。これなら食べものにも困らなさそうだ。
でも素どりとかできないんだが…。そんなときの<生成>だ。
まずはタモを作って魔法創造で作った<ものを大きくする魔法>と<ものの強度を増す魔法>それから攻を上げる、すなわち
筋力頼りで!!
抵抗をものともせずに水面に上げられたタモの中には数百匹の魚が入っている。
「でもまあこんなに食べきれないし…」
水から上がった魚を小さいタモで三匹ほど取りあとは全部リリースした。
「非効率だしもっといい感じの魔法考えるか」
今までは一人だったからこういうの必要なかったけど、あの少女と二人になったのならいろんなの創造しておいた方がいいよな。
湖から上がって<乾かす魔法>を使って服を着、拠点へ戻る。魔法ってほんと便利だなあ。
戻ってみると少女がすごい驚き顔でこちらを見ていた。
当たり前だが目をそらす。
「な、なんだ今のは…お前…やっぱり怪物じゃないか」
違うよ!?
勢いよく首を横を振る。それこそ首がもげそうになるくらいに。
「そ、そうか。それよりそれ、私のために?」
そうだよ。死なれちゃ困る。
「…感謝する」
チラッと見た少女の顔は嬉しそうだった。獲ってきた甲斐があるってもんよ。
人のために何かをしたのも久しぶりだな。いい気分だ。
「生…で食べるしかないか」
火を使うくらいには進化してんだな。じゃあいきなり生でってのは危険だ。火をつけるための木材と棒を生成する。
「すごいな。物を生み出せるとは…」
少女はてきぱきと作業をはじめ、よく見るあれが完成した。
「できたはいいが…火がないな…」
任せなさいって。
真ん中に積まれた木に魔法で火をつける。
「いきなり燃え始めた…あなたがやったのか?」
そうだよ。役に立つでしょ俺。
「もしかして魔法使いか?そうだとすれば色んな事に合点がいく」
それだけじゃないけど、概ねその通りだな。
「はは、それはすごいな。あそこにも一人いたがこれほどまでじゃない。それに魔法使いは大抵人間を下に見るがあなたはそうではないようだ」
話の通りにいくと人類全員が魔法を使えるわけじゃないんだな。
だとしたら使えるやつがふんぞり返るのもよくわかる。そういう性なんだ人間は。
いつの時代にも嫌な奴ってのは存在するんだなあ。憐れ人類史。
俺は魚に串を指し火にかけ……いや、まてよ。そもそも二日何も食べてない人がこんな固形物食べるのはよくない。といっても向こうの世界にあった調理済みの料理を創造することはできないみたいだし……。
俺は土鍋を作り、魚をある程度ほぐして煮込むことにした。
幸い調味料は出すことができる。ただ煮ただけの魚を料理とは言わない。現代人の俺がそれを他人出すなんて言語道断だ。この身体になってからの料理も慣れている。だからまずいことはない…はずだ。父さんは美味しいって言ってくれたし。
「それは何だ?雪…にしては妙に細かい。白い砂か?見たことがない」
少女は塩を不思議そうに見ている。この時代にはないのか?もしくはあるけど純度が低くてここまで白くないって可能性もある。
とりあえず舐めさせてみるか。
一つまみして少女の手のひらに乗せてみる。匂いを嗅いでまた不思議な顔をした。無臭だからな匂いはないぞ。
「これは食べてもいい物か?」
頷いて応えると少女は勢いよく手に乗った全部を口に放り込んだ。あ、それはマズイ…。
「な、なんだこれは!」
「ははっ」
つばと一緒に吐き出す姿が面白くて笑ってしまった。
「な、笑うな!ひどいぞ!こんな物舐めさせるなんて!」
ちょっと多めにあげすぎた。まさか躊躇せず全部いくと思わないじゃん。
だけどこの大げさな反応…大分薄味にしておくか。塩だけでもよさそうだな。
「あ、ああなんてことを…」
なんてこと言っていたが、いざ食べてみるとものの五分で魚三匹分全部食べ終わった。
それからすぐ、お腹いっぱいになったのか船を漕ぎ始めたからクッションを勧めると十秒立たずに眠りについた。
…見た目十も行かない少女が生贄か。
この世界をもっと知る必要があるかもしれない。外に出るのを早めて――…いや無理だ。
もう少し待っててくれよ世界。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます