第25話「怪物」

 砦から出発してから二日後の昼、目的地の海村に辿り着いた。

 私は岩場に隠れて村の方を観察している。


「この先、少し奥に行った森の際にある家が怪物の住処になっているらしい」

「怪物は女と聞いた。人の形をしているのか?」

「兵の報告ではな……」


 海の怪物か…。

 人を見境なく殺し、国へ向かって際限なくモンスターを差し向けている。それが数年……。

 国の壊滅が目的であるならば初回の侵攻で目的は達成しているはずだ。

 初回でなくともこんな砦を建てさせる猶予など与えない。少なくとも私はそうする。

 人死にを快楽にしたモノ。予想は当たっていそうだな。


「実物を見たほうが早い。対話できるなら試みるのもよいだろう。お前はどうする」

「ついてゆくに決まっておる。俺は王族だ。民の敵を前にして逃亡などせぬ」


 ……聞いたはいいが正直なところ帰ってほしかった…。巻き込んだらクリオラに怒られそうだからな……。


「守ってはやるが、死にたくなければ先生から預かった腕輪は絶対に外すな」

「この腕輪はそれほどのものなのか」

「お前が着ている鎧を脱いだところで何も変わらないほどに強力だ。終わったら私に渡せ」

「あ、ああ」


 クリオラが言うには”防御力”を高めるらしい。ケガなどを防ぐものなんだろう。こいつにはもったいないがお人好しだからなあいつは。

 …そういうところがいいんだが。


「行くぞ」


 立ち止まっていては時間の無駄だ。さっさと終わらせて褒めてもらおう。

 海村はそこまで広くない。数分歩けば目的地――


「モンスターか」


 森の中から数体のモンスターが姿を現す。…野生ではないな。


「ここは俺に任せろ。嬢ちゃんが無駄に力を消費しては怪物退治に支障が出るだろう」

「ああ、では任せた」


 お前がそんなこと言ってる間に殲滅できたぞ…。


 ツェタンは肉体を強化して戦う魔法使いだ。私の知る魔法使いの姿とはかけ離れている。どう考えても戦士だ。


「うおおおおおおお!!!!!」


 雄たけびを上げながら適格にモンスターの急所を撃ち抜いている。だがこのペースだと数分かかるな…座っていよう。

 この場にいるモンスターは獣種だ。侵攻していたのもそればかりだった。

 助かる…虫種のモンスターは体液がとんでもなく匂う。避けに専念したとて量があれば否応にも服につく…。クリオラはあの匂いが嫌いだからな……旅の途中数日は近寄らなかった。

 そんなのごめんだ。


 眺めているうちにツェタンは全てのモンスターを血まみれになりながら倒し終わった。

 ……あれは匂うな。クリオラに任せきりだったがそろそろ清潔の魔術を考えないといけないか。


「いつもより体が軽かった。この腕輪のおかげか?」

「さあな。私も詳しくは聞いていない。あいつのことだいろいろ仕掛けを施しているんだろう」

「先生とやらは鍛冶師なのか?」

「お前たちには図りえないモノだ。勘ぐるな」


 ”チーター”多分クリオラはそれだ。詳しくはわからないが強者を現すモノらしい。

 踏み込むのは止めると誓った。記憶の覗き見はもうしない。

 何であれクリオラはクリオラだ。


 歩いて二分ほど、建物の影から女が出てきた。

 紫の髪に赤い目…あの体付きからしてそこそこ歳は重ねているな。

 ……私より一回りくらい大きい。うーむ……。


「あら?お客さまかしら?あの坊やはしっかりと伝言を伝えられたようね」


 おそらくこいつが件の怪物。怪しさ極まりないな。


「貴様が俺の兵を皆殺しにした海の怪物か!!」


 ツェタンは女を目にした瞬間激昂し魔力を身体に纏った。

 止めても聞かないだろう…また少し待つか。これで片付けばそれで良し。必要であれば助けてやろう。


「皆殺しになんてひどいわね。一人生かして返してあげたじゃない」

「ぬかせええええええ!!!」


 ツェタンはその言葉を聞き十メートルの距離を一瞬で詰め、殴りかかった。

 早い。クリオラで慣れていなかったら見えていなかったかもしれない。

 だがその素早さを超えて森の茂みから突如出てきた大型のモンスターがツェタンの体に嚙みついた。


「んなっ!!!!」


 全てを一撃に込めたツェタンに避けるすべなどない。その牙は肌に食い込み体を引きちぎる。

 はずだった。

 モンスターの牙は折れ粉々に砕け散り、ツェタンについたものはそいつの唾液だけだ。


 当の本人は何が起きたかわからず自分の腹をさすっている。


「な、何が起きたの!!?この子の牙とアゴなら易々と引き千切られたはず!!」


 クリオラの作った装備だ。あの程度で傷ができるはずがない。


「好機!」


 ツェタンは狼狽えている怪物に向かい渾身の一撃を打ち込んだ。

 モンスターに戦いを任せている奴だ。本体は脆いはず――


「な、なんだ……と」

「うちの子の牙を折った罰!!!」


 ツェタンの拳は空を切り、その代わりに怪物が放った目に留まらぬ速さの拳が腹に食い込む――


「がっは!!!」


 拳から離れた体は勢いそのまま私の後ろの岩を破壊し砂場に痕を残した。


「舐められたモノね、全く…。だけどこの感触……強い人間を殴るのは気持ちがいいわあ」


 怪物は拳をうっとりと見つめ悦に浸っている。

 本体が弱い?そんな馬鹿な話信じた私が馬鹿だった。これはまさしく怪物。人知を超えた存在だ。


「次はあなたねお嬢さん。女の子をいたぶる趣味はないの…一瞬で楽にしてあげる」

「あいにくそうはいかなくてね…抵抗させてもらおう」


 使うのは大杖。殲滅目的で作ったが上級魔術までは制御できるようになった。。だがクリオラは滅多なことではこっちを使わせてくれない。試行するなら今を逃す手はない。

 それにこの強度があれば物理攻撃を防ぐことができる。近接戦もある程度どうにかなる。クリオラお墨付きだ。


「ツェタン!無事なら帰れ!邪魔になる」


 多少ダメージは入っただろうが無事だろう。お守りはそんなに軟じゃない。

 後ろから人が走り去る音が聞こえた。よかった。これで悲しい顔を見なくて済む。


「私に免じてあの男は逃してやってくれ。先に返した兵のように」

「いいわよお。また獲物を連れてきてもらわないといけないモノ。ここに一人は退屈なのよ」


 …退屈ならモンスターと共に進行すればいい――

 何らかの縛りがあるのか…。この地にいることを条件とした何かが……。

 考えていても仕方がない。対処しよう。


「さあて、じゃあ早速……私自身は女の子を痛めつける趣味はないのだけど眷属の中に若い女の子が好物なのがいてね?あなたは餌になってもらうわね」


 怪物が手を広げた途端足元に青く光る何かが出現した。

 円形の模様…なんだこれは。


「さあ。おいでオロチ」


 オロチと呼ばれたそれは地面から這い出てきた。

 八本の首……知っている。クリオラの記憶で見た。


「首を一本ずつ落とし根元を焼く…だったか」


 オロチに向かって杖を掲げる。

 魔術の概念を知らない怪物は私の大杖を見て棒術使いと思ったのであろう、物理耐性が高く魔法耐性が低いオロチを出してきた。であるならば――


「あら?倒し方を知っているなんて驚いたわあ。でも残念、この子はそれを許すほど甘く――」

<風刃>ふうじん


 魔力を帯びた無数の風刃を飛ばす魔術により、オロチの体は肉塊へと変わった。


「なっ!!?」

「面倒な倒し方をせずとも、再生しないほどに刻めば他愛ない」


 私を待ち焦がれている人がいる。というか私が会いたい。

 魔術の実験は早々に終わらせて帰ろう。


「さあ、第二ラウンドと行こうじゃないか」





 ――――――――――――――――――


 リーアが砦を出発してから二日経った。

 大丈夫だろうか…。

 ケガしてないかな…。調子に乗って魔力切れ…はないけど自分の魔術で取り返し付かないことなってたらどうしよ…。


「先生!魔法見せてください!師匠が帰るまでに少しでも上達したいんです」


 なんてクファにせがまれて俺は今片手間に魔法を見せている。

 クファは熱心に魔術の勉強をしている。流石リーアの弟子だなー。


 リーア大丈夫かなあ…。


 ――――――――――――――――――


 砦は今揺れている。

 モンスターの侵攻は止まっているにもかかわらず。


「先生とやらの魔法はどうにかならんのか」

「クファが魔術の勉強をしているのだ止めるわけにはいかんだろう」

「もう少し加減させては?」

「クファに頼んだが変わらない…」

「なれば直接…」

「微動だにしないし口も利かない」

「「怖いな先生…」」




 クリオラは威力構わず魔法を連発し、砦にいる全員を震わせていた。

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