第10話「失敗と仲直り」
「信じられない。絶対に許さないからな」
「誠に申し訳ございません…」
二時間前――
「天然で出来た氷と魔法で出来た氷。どちらの方が強度が上か――の実験だよな?」
「そうだ」
「何で俺は湖の真ん中に立ってんだ?」
俺はリーアの研究に付き合うために厚い氷が張った湖の上に立っている。
リーアとの位置は結構離れているけど遠くの声が聞こえる魔法で意思の疎通はとれる。
逆に言えば普通じゃ聞き取れないほどには離れているということだ。
「何かの間違いで家が浸水するのは避けたいだろう?なら離れるのは当然だ」
確かにそうだけど…。
「家から離れてやればいいんじゃないか?この湖広いんだからさ」
「ここから離れると寒いではないか」
リーアは家の近くで座っている。あの辺は植物を育てているから周りより温度が高い。
冬に入ってすぐのリーアは普通に外に出て実験してたけど今はこのありさま…。
我儘…だな。ま、風邪をひかれるよりはマシか。
「といっても割れたら俺がずぶ濡れになるんだけど」
「お前は権能があるから大丈夫だろ?」
「気分の問題だよ…」
最近どんどんモルモット化にしている気がする。
リーアは楽しそうだからいいけど。
「最初はどのくらいの大きさにする?」
「そうだな…三十センチくらいの球体から始めよう」
「おけ」
氷でできた球体の生成は簡単なものだ。名前を付ける必要もない。念じるだけだからな。
実験は氷を生成して十メートルくらいの高さから落とすだけ。
「行くぞー」
このくらいの大きさなら氷が割れることもないだろう。
空間からの固定を外して落とす――
案の定張られた氷は割れなかった。少し傷がついたくらいだ。
だけど、生成した氷は粉々に砕け散ってしまっている。
「割れたのは作ったほうだけだな」
「ふむ…強度は自然物の方が上…いや待てよ。生成する氷の強度は高められるか?」
「あーやってみる」
氷の強度って高められるんだっけ?知らんけど。
これは魔法だ。あっちの世界の法則なんて無視できるだろ。法則がどうとか言ってた自分が懐かしい。ここはありえないがある世界だ。
「とんでもなく硬い氷硬い氷…魔力多めに使ってみるか」
これは魔法だから生成するだけでも魔力は使う。
普通に使えば微々たる量だ。
でも今回は――
「普通の十倍の魔力で!」
ただそれだけのことだけど何故か周りの空気が変わった。
というか生成される氷の方に何かが集まっている気がする。
「なんだこれ」
生成された氷はさっきとは違って少し青く変色している。
これが魔力を込めた結果か?
とりあえずぶつけてみるか。
さっきと同じ要領で湖の上に落とす。
氷は鈍い音を立てて落ち、転がった。
「さっきより傷はできたぞ。生成した方も割れてない」
「使われた魔力の量に応じて強度は変化する…魔力はどれだけ減った?」
「あ、見てなかった」
リーアにはステータスの何が何を表しているのか、どう変化するのかを教えてある。
魔力についても説明済みだ。
「もう一回同じの作ってみる」
今度はステータスの画面を見ながら…。
「三桁…くらいだな」
「…私の総魔力量でできた氷か」
落ち込まないでくれリーア。俺がおかしいだけだと思うから。
「しかし、使ったそばから回復してしまうのは実験には不向きだな…詳細がわからない。ああ、感謝はしているからな!」
「わかってるよ」
ここからは全く見えないけど手をあたふたさせて焦ってるリーアが目に浮かぶ。
なんとも可愛らしい。
「今度は大きさ変えてみるか?」
「頼む。そうだな…一メートルほどにしてみようか」
「了解」
そのあと徐々に大きくしていき、ついに十メートルの大台に到達した。
「ほんとにやんのか?これ…」
さっきやった五メートルの氷球…氷塊を落とした時に初めてちゃんとした傷が入った。
今は強度の比較云々ではない。
魔力を込める量で強度が上がるということがわかったからそれ以上調べる必要がなくなった。
これはリーアの興味によるものだ。たぶん俺を湖に落としたいんだろう…。このいたずらっ子め。
「早くやれー」
こうなったら全力で落としてやろう。
十メートルと言わずにもっと大きく…魔力も四桁越えで――
「おい、まて。それはやりすぎではないか?」
「これ位大きけりゃ湖の氷も粉々にできるだろ」
「いやいや。そんなことしたら――」
問答無用。
魔力を込めに込め、二十メートルを超えた青黒い球体を湖のど真ん中にできうる限りの高さとスピードで叩きつけた――
「やっべ」
まあ、想像通り氷は砕けた。
そしてその衝撃は湖全体に広がりすべての氷が盛り上がった。もちろん氷の下にあった極冷の水にも――
「なああああああ!!!!」
俺が水の中に落ちるのは当たり前だが…リーアの悲鳴も同時に聞こえてきた…。
急いで家に向かうとずぶ濡れになり震えているリーアが待っていた。
「信じられない。絶対に許さないからな。あれほどまでやれとは言ってないだろうが…」
「誠に申し訳ございません…」
凍えるリーアの服を乾かして魔法で温めながら家の中に連れていき風呂に向かわせた。
その間文句は絶えなかったが仕方ない。やりすぎた俺が悪い…。
幸い家に浸水することはなかった。
嵐やらで湖が増水することを考えて高床にしたことが功を奏した。
だが畑は全滅だ…。リーアが大切に育てていたナムムも流れてしまった。
「こりゃ謝るだけじゃすまないなぁ…」
毎日鼻歌交じりに世話していたものだ。怒るのは当然…。
とりあえずもう一度苗植えるか。それくらいしかできないし…。
畑は水浸し。まずは土いじりからだな…。
それから一週間。なんとか土は元通りになった。もちろん魔法は使っていない。誠意という奴だ。
しかしそれよりも重大な事件が今起こっている。
リーアが口を聞いてくれない。
理由はわかっているとも。全面的に俺が悪いんだから…。
だけど一週間口もきいてくれないし目も合わせてくれない。
勉強も自分の部屋でやるようになってしまった。
前の俺ならこの状況をなんとも思わなかった。
でも今はリーアがいることが当たり前、生活の一部になっている。
だからものすごくつらい。
機嫌直ってくれないかな…。
「そうだ。チルパ…あれが手に入れば何とか…」
リーアの大好物。
目の前に出したら猫がチュールを前にしたような状態になる。
物で釣るのはどうかと思うけどこれは単なるきっかけだ。どうにかちゃんと話せるような席を作らないと。
しかし捕まえるのは簡単ではなかった。そもそも見つからない。リーアがあんなに興奮する理由がわかった。
「鑑定しても痕跡無し…あいつどんだけ用心深いんだよ」
探知の権能を使っても反応がない。あの時現れたのは本当に奇跡だったんだろう。
「だけどこれくらい難しいなら何とか機嫌直してくれるはずだ」
それから数日俺は全力で野山を駆けまわった。
三日後、ついに一匹見つけた。
こうなれば後は簡単。魔法で捕まえて持ち帰るだけ。
「これでようやく…」
この三日間も口を聞いてくれていない。
小さな家にもかかわらず会うのは食事とリビングを通る時だけだった。
そんな日も今日でおさらばだ。
十日だ。精神が擦り切れると思った。前までだったら俺も部屋に引きこもってしまっていたかもしれない。
でもそんなことなかった。
ここまで行動できるくらい、リーアは俺にとって大切な存在になっていた。
「…自分で思ったけど案外恥ずかしいな」
家への足取りは軽いものだった。
家に着くと畑でいそいそと作業をするリーアに出くわした。
正直心の準備ができてない――けど…。
「ちょっと偶然見つけてさ…食べる?」
「なっ!…あ、うん。わかった」
やはり好感触。平静を装うとしてるけど隠しきれていない。チルパを見た瞬間目が変わって口からよだれが出ている。
話は…できるよな?
「ほら、捌いてやる。よこせ」
「あ。ああ」
リーアはチルパを受け取りキッチンに向かう。
目は合わせてくれなかったがちゃんと話しかけてくれた。それだけでほっとする。
それからすぐ調理を終えてテーブルに料理が並べられた。あの時作ってくれたやつだ。
「…食べろ」
「あ、ああ。いただきます」
「いただきます」
リーアは冷静を気取っているけど、どう見てもはしゃぐのを我慢している。
笑みが隠しきれていないのがその証拠だ。
さて…どう切り出すか。
だが最初に口を開いたのはリーアだった。大好物を前に手を止めて俺の顔を見る。
「…ありがとう、クリオラ。正直助かった」
「え?」
リーアから出た言葉が予想外過ぎて固まってしまった。
「それから…すまなかった」
「リーアが謝る事なんてないだろ?俺が全部悪かったんだから」
リーアは俯き顔に影を落とした。
「それでもだ。お前の気持ちを知りながら無下にし続けた私にも非がある」
「真実の眼か…」
どうやら気持ちを読み取ることもできるらしい。初耳だ。
「冷たい態度をとり続けた結果、どう元に戻ればいいのかわからなくなっていたんだ。だから、機会をくれて本当に助かった」
…その気持ちはよくわかる。
もとの関係性に戻るってのは何であれ難しいことだ。
リーアは優しい。ずっとそんなこと考えてたんだろう。
「俺はただ普通に謝るだけじゃダメだと思ってさ。どうにかしようとした結果がこれだ」
「ははは、私にとっては一番効果的な手段だな」
そこまで時間が経ったわけではないけど、リーアが笑った顔を見るのもずいぶん久しぶりな気がする。
「俺の方からも、改めてごめん。これからは気を付ける」
「うむ、そうしてくれ。さあ、しみったれた話は終わりだ!今は食事を楽しむぞ!」
「はは、リーアはほんとにチルパが好きだなあ」
前もそうだったけどいつもより幸せそうだ。食べ終わった後も席に座り余韻に浸っている。
「しかし、よく見つけたな。偶然か?」
「この三日間全力で探し回ったんだよ。希少って言われるわけがわかった」
「私のためにそこまでするか」
「ぐ…」
面と向かって言われると流石に恥ずかしいな。
「そ、そりゃそうだよ。こじれた関係が続くのは嫌だったんだ。無視されるのもつらいし…」
「そうかそうか。それはすまなかったな。だがここまで効果的だとは思わなかったよ。次チルパが食べたくなったら同じようなことをしようか…」
「勘弁してくれ…」
「ふふ、できる限りそうしよう」
仲直りは思ったより簡単だった。
難しいのはきっかけ。一歩踏み出す。歩み寄る勇気。
きっとまた喧嘩することもあるだろうけど、今回のことを教訓にして乗り越えよう。
…ほんとにきつかったしな。
こうやって談笑しながら過ごすのは本当に幸せだ。
もう少しの間二人でいたいな…。
人里に出るのは何年か後で――
「出てこい!悪しき怪物!!!私が討伐してやろう」
静かだった外からいきなり男の叫び声が聞こえてきた。
「…何事?」
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