第21話「父」

 国歴130年3月24日、それがクファが生まれた日だ。

 その日はこれまでなかった雷雨が降り注いだ。

 河は氾濫し、民の住居も多く崩れてしまったことを覚えている。


 クファ難産だった。

 生まれは早過く、体も他の兄弟よりも小さかった。

 腹から出る時間も長く、産声を上げたのも遅かった。乳母から死産を告げられるほどに……。

 だがクファは生きていた。死に抗うように力強く産声を上げその場にいた全員を驚かせたという。



「立ち会わなかったんですか?」

「我かてそうしたかった。だが国の王として民を導かねばならん。言葉は悪いがそれどころではなかったのだ」


 

 しかし、その産声は死を呼ぶものだったのやもしれん。クファの無事とともにクファを産んだ妃の死も告げられた。

 何も言えなかった。

 クファがこの世に生を授かった喜びと愛した者を失った悲しみが己の中で混じり合い消えてしまったのだ。

 我はその日から子を作ることができなくなった。

 呪い…なのやもしれんな。


 産後すぐの赤子がすぐに死ぬことは多々ある。

 報告を受けるところ三人に一人は一年経たずして死んでいくそうだ。

 我の元に産まれた子も三人は死産、五人は一年を立たずに死んだ。

 それにクファは病気がちだった。数日に一度は高熱を出し生と死の狭間を行き来しておった。

 だが妃の忘れ形見だ。死なすわけにはいかん。

 宮中の医者を全員クファのそばで待機させた。


 我が生を受けて初めて神に祈った。毎日、欠かしたことはない。

 必要のなくなるまで強く祈った。どうか、どうか…と。


 毎日顔を見に行った。日々変わるクファを見て安堵と不安を抱いた。


 クファは強い子だ。死など寄せ付けぬと言わんばかりに泣き、そして生き続けた。

 物心ついたころには病弱だったなどとは思わせぬほど健やかな体になった。

 その日以降病を患ったことなど一度もない。


 ある程度体力もついたころに魔法使いの才を調べた。王族は皆そうだ。

 我の子らは皆が魔法使いの才を持っておった。

 力強く育ったクファは誰よりも強い才を持っておると宮中の皆が信じてやまなかった。


 だが現実は違った。

 クファは魔法使いではなかった。幾度となく調べたが一度たりとも反応を示さなかった。


 その時我は――



「失望したのですね」

「いいや、安堵した」



 病を患うことがなくなったとはいえ、いつかまた同じような日が来るやもしれん。その考えをぬぐい切れておらん。

 それは今でも変わらぬ。

 魔法使いであれば戦場に出て兵を指揮するのが王族の定め。

 だがそうでないクファを鍛える必要はない。

 戦わずとも文官として国を支えていくことはできる。

 我はそう考えクファに道を示した。


 クファは一度たりとも逆らわず、従順に勉学に励んだ。弱音を吐いたことなどない。

 だがいつだったか剣と武術を習ってみたいと言い出した。

 我は必要ない――と答えた。

 民を導く王族が文官となるのであれば、民より優れていなくてどうする。ならば勉学に励めとな。

 それから何かをしたいと願うことはなくなった。




――――――――――――――――――――――――


「だが違ったのだな。ただ蓋をして内に秘めていただけであった」


 王様は座って悲しみながらどこまでも続く地平線を眺めている。


「ああも激情したクファを見たのは初めてだ。…原因である我が言うのもなにか」


 俺は王様が正しかったとは思えない。ただそれは王様も理解している。


「…クファは王様に失望されたと、魔法使いではないとわかった時にそういった顔をされたと言っていました」

「そうではないのだがな…十二の子を育ててきたがクファのような子は今までいなかった。あれほどまでに手をかけたのは初めてだった」


 じゅっ十二人!!?いや、この時代なら珍しくもなんともないか…一国の王にでもなると一夫多妻は当たり前だ。

 クファは相当のイレギュラーだったんだな。だからと言ってあの物言いが許されるわけじゃないが…。


「手をかけすぎたのが良くなったかのやもしれん。知らずのうちにクファの自由を奪っていた。王族に許される少しの自由も与えてやれなかった」


 籠の中の鳥だ。鳥は空を自由に羽ばたくことを夢見て上を見上げる。

 でもクファはそれを追い求めることもできないほど羽を縛られ、その結果自ら鳥かごにかけられた幕を閉じてしまった。

 太陽すらも差さない暗い世界を自ずと作り上げてしまったんだ。


 そんな時、魔術という光が差した。


「…育て方を間違えてしまっていた。あれほどまでに国と民を思う気持ちがあったのなら、聡いあの子のことだ他に道を探り当てていたはずだ。魔術とやらのような…」

「魔術に関してはさすがに無理ですよ」

「王族批判か?即刻打ち首にしてやろうか」

「勘弁してください」


 王様はあの女とは違う。

 言葉は同じでもその意味は別のものだった。

 それでもだ。


「育て方を間違っただなんて言ってはいけない。私はそう思っています。王様がどう思っていようとクファには呪いになるかもしれませんので。ちゃんと話をするべきです」

「…そうだな。そうしよう」


 王様はさっきまでの寂しそうな表情とは一変して何か心につっかえていたものが落ちたようなそんな表情になっていた。


「不思議だ。顔を合わせてまだ二日なのにも関わらずそなたといると妙に安心感がある。このような話は臣下とも妃たちともしたことがない。クファとの関係もそうだが…これはその魔術とやらの仕業か?」

「滅相もございません。王様が感じているのが何か私にもわかりません。ですが何か力になれたようなら幸いです」


 不思議な力か…。確かに普通ならありえないほどに距離が近い気がする。

 俺が転移者だから――って線もあるな。留意しとくか。


「そう堅苦しい話し方はせんでよい。そなたは我が友として扱うことにしよう。拒否するなら打ち首だ」

「俺の首安すぎません?」


 したり顔で笑う王様はまるで古くからの友人と話しているようだ。


「して、聞きたいことがある」

「なんですか?」


 王様は俺の方に体を向け真剣な眼差しで見つめてきた。


「その魔術とやらは戦う力としてはどうなんだ」


 ああ、そういう事か。喜べリーア。何のとは言わないが第一号確保完了だ。


「あの子が言うには魔法よりも優れているそうですよ。十分戦力になると思います。目の当たりにすればきっと驚くでしょう」

「そうか…明日試しに見せてもらえるか?」

「そうですね。あの子も喜んで見せてくれると思いますよ」


 全力では使わないように言いくるめておこう…。大杖は絶対に使わせない。


「そなた…ケルスが使うのではないのか?」

「俺は使えないです」

「な、なんと…真か?」

「はい。魔術を編み出したのもあの子なんです」


 王様は驚きと戸惑いであふれているようで口が空きっぱなしだ。


「あ、編み出した…?ではあの娘が魔術とやらの祖とでもいうのか?」

「そうですよ?」


 あ、考えるのを放棄した。こうしてみるとクファと親子なんだってわかるな。同じ顔だ。


「ではなぜ先生と呼ばれておる」

「さあ?あの子の気分です」


 わけのわからんことを言うなと言った顔である。俺もそう思う。


「ケルスよ…お前まさか尻に敷かれとるのではなかろうな」

「考えようによっては…?」

「馬鹿者!男は女の上に立ってこそ!女は子を産み育てるものだ!尻に敷かれているというのに、なあにをのんきな顔をしておる!!」


 男尊女卑!!!現代社会で言っちゃだめだぞ!!!

 この考えが撲滅するまであと数千年はかかりそうだな…。


「……されど、愛すこと忘れてはいかん。そうあってこそ真なる男というものだ」


 さっきの力のこもった話し方と打って変わって静かにポツリと呟いた。

 王様の価値観は計りかねるけど、結局のところ王であるとともに一人の男で一人の人間なんだな。


「俺は愛さえあればいいです」

「甘ったれるでないわ。……いやしかし、あれは我であっても乗りこなせる気がせんな」

「王様で無理なら俺も無理ですよ」


 リーアは誰にも制御はできないさ。無理にしようとするならば頭ほじくられて終わりだ。


「さて、夜も更けてきた。我はもう休む」

「俺もそろそろ戻ります。クファにもいろいろ伝えないといけませんから」


 王様の気持ちは十分聞いたし伝わった。あとは二人の問題だ。

 …焚きつけるだけ、きっかけを与えるだけでいい。結局リーアの言った通りになったな。


 王様と分かれて俺は二宮へ戻ってきた。

 とりあえずクファの部屋だ。伝えることもあるからな。


「すまん、遅くなった。ちょっと話し込んじま”っ!!?」


 部屋に戻るとリーアもクファと一緒にいた。


 一緒に…。


 ありえない…ありえない…。



 クファはリーアの膝の上で寝ていた。


 俺もしてもらったことないのにいいいいぃぃぃいい!!!!

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