第20話「父と子」

 魔術の授業が始まってから二時間ほど経っていた。

 教えるリーアは自慢げだし、クファは真剣に聞いている。

 大学で見たなこういうの。


「――というわけだ。理解できたか?」

「はい、大体は…しかし、魔法にこんなからくりがあるなんて…これが解明されるまでどれだけの年月がかかったのか想像だにできませんね」

「そうだな…八か月くらいか?」

「それは中々…八か月!?」


 この時代は一か月三十日。短く言えばそんなに変わらない。

 魔術の理論が確立するまで八か月は驚異的な数字だ。クファが鳩が豆鉄砲くらったような顔になるのも仕方ない。


「どれほどの人数で…」

「先生と二人でだ」

「そうですか…」


 もはや理解が及ばない領域だと知ったクファは考えるのをやめたようだ。うつろな目をして苦笑している。


「この理論で私は魔術を使えるようになった。お前が使えるようになるかはわからんが試してみる価値はあるだろう」

「はい!魔術を習得することができれば父上や兄さま達のように民を守ることができます。どうかご教授を」


 深々と頭を下げるクファの上でリーアは悪い顔をしている。やっぱり被験者として見てんな…。まあ実験が…いやいや授業が失敗したとしても死にはしないだろ。

 それにしても民を守る力か…。クファは根っからの王族っぽいな。民を思う王子様は好感度高いぞ。


「…ですが、父上が許すかどうか…」

「なぜだ?」

「父上は私が戦場に出ることを嫌っています。剣も武術もさせてもらえないのなら魔術も…」


 それまでご機嫌だったクファの表情がまた曇り始めた。


「魔法使いではない私は王族の恥さらし。魔法を使えないと知った父の見放すような顔を今でもはっきりと覚えています」


 魔法至上主義。王族は魔法が使えて当たり前。使えないなら用なし、離れで隔離。

 二宮で側付きと二人きりだったってそういう理由でなのか?


「ちゃんと話をしたのか?」

「…いえ、話そうとするとどうしてもあの顔が浮かんで…。それに魔法が使えないなら文官になれと言われていますので、今はそれを」


 覚えがある。

 親の言うことは絶対だと、そういう教育をクファは受けている。王族だから仕方ない…でも、それでもだ…。


「そうか。だがこの話を聞かせた以上お前を野放しにするわけにはいかない。王に許可を貰ってこい」


 リーアの言葉はもはや脅迫にしか聞こえない。

 でも迷って立ち止まってしまった人間にはそれが救いになるなんだ。俺はそれをよく知っている。


「そうしたいのは山々ですが…しかし――」


 それでも過去のトラウマ、押し付けられた希望に逆らうには時間がかかる。クファはこの閉鎖的な空間の中で育ったせいかかなり内気な性格になってしまっているみたいだ。

 友人もいないだろうし、話し相手は年上の教師くらいか。

 しかし、こんなところで止まらないのがリーアだ。


「ならば私が殴ってでも許可を取り付けてこよう。今回の討伐にも手を貸さないとでも言えば許してくれるだろう」

「わ、わかりました!自分で何とかします!」


 クファは立ち上がって部屋を出ようとするリーアの腰に抱き着いて制止した。抱きつい……いや今はよそう。…………よそう。


 リーアが今やろうとしたことは授業参観に来た母親が自分の子供に答えさせなかったからと先生に抗議しに行こうとするようなもんだ。そんなものはずかしくて止めるに決まっている。

 俺はそんなこと一度もなかったけど。


「父上は夕食後必ずここに来るのでその時にでも話してみます。ダメだった時は…その」

「殴ればいいな」

「やめて下さい」

”やめなさい”


 とりあえず弱く手刀を入れておいた。


「うう……いいだろう。続きは話し合いの後だ」

「はい、できる限りお願いしてみようと思います」


 頑張りますというクファだけど顔色はまだよくない。

 不安だろうな。たぶんだろうけど親に歯向かう…というかお願いするのは小さい時以来だろう。もしくは初めてなのかもしれない。一度ダメだと言われたら、次言い出すのはそうとう難しい。どうせダメだと頭の中で考えてしまう。

 まあ、話し合いがどうあれ被検体…じゃない弟子第一号がいなくなることは絶対ないからな。クファが魔術の授業を受けるのは確定事項だ。

 なんてったってリーアが先生なんだから。


 そのあと、どうやって許可をもらうのか話し合って解散することになった。



「クファと王の関係は思ったより悪くないようだな」

「え?」


 研究資料をまとめながらこの国の言葉を覚えている(リーアが)最中、急にリーアが口を開いた。

 どうしてそうなった?


「夕食後は必ず会いに来る。何もせず放っておくなら会いに来ることもないだろう」

「ちゃんと勉強しているか確認しに来ているだけかもしれないぞ?」


 言いつけを守っているか自分で確認しないと気が済まない。親ってそういうもののはずだ。


「そんなこと臣下にでもさせればいい。側付きという監視役もいるのだから」

「…確かに」


 そっか。俺の時とは環境が違う。クファは俺が思っている以上に人に囲まれて窮屈に生活してるんだ。


「それに…いや、まあ何とかなるだろう。私たちは焚きつけるだけでいい」

「そういうもんか?」

「そういうものだ」


 リーアは何かと察しているみたいだ。読み取ったっていたほうがいいか。

 勝手に読むのはそこそこにしておけとは言ったものの、それは言わなければ読んだってバレない。

 人と接する機会が多くなって、そこんところ要領よくやることを覚えたみたいだ。

 末恐ろしいこと極まりない。


「隠密の権能使って覗き見るか?」

「そうだな、一部始終見ておいた方が話しは早いだろう。…私は静止役に徹することにするかな」


 静止役?王様がクファに手を出さないようにってことか?…ありえない話でもないか。俺も用心しながら見ておこう。


「何はともあれ明後日には砦に行く。そこで魔術を見せれば否定したとしても考えを改めるだろう」

「王様を連れてくのか?」

「砦には王族、クファの兄弟がいるんだ。生き証人になってくれるだろう」


 それもそうか。この時代って一夫多妻で子供も多いイメージだけど…いったい何人いるのやら。

 王様のご兄弟もいるとしたら…証人には困らないな。


「生徒、増えそうだな。」

「そんな何年もかかることをするわけがあるか。討伐が終わったら次の目標を決める。」


 さいですか。

 クファは自分と重なったから教えるだけであってその他もろもろはいちいち見てられないってことか。


「普及させるならもっと時代が進んでからでいい。定住するころに学校とやらを作ろうと考えているからな。それまでは個人程度にしか教える気はない」

「学校か…それもいいな」


 リーアが先生か…どんな生徒が集まるやら。

 時代が進むったって数十年じゃまだまだ遅いだろうし…紙とまではいかなくても何か書くものが生まれてればいいけど…。

 定住か……そうなれば別れが見え始める。あまり考えたくないけどおばあちゃんなったリーアか~どんな感じだろ。


「お前、今失礼なこと考えているだろう」

「そ、そんなことないぞ?」


 リーアは小さく笑ってまた言語の勉強に戻った。隠し事は通用しませんってね。恐ろしや~恐ろしや~。


 今日の夕ご飯も王様と一緒だった。

 まだ現状を聞いていなかったと思って王様に聞いてみると。


「定期的に来るとしか言えぬ。最初の侵攻から今まで何も変わっていない」


 とのことだった。

 ”海の怪物”か…まだ何も見えないな。討伐したとしてモンスターの発生が止まるとは限らないし…。現地で調べるしかないか。


 そのあと解散した俺たちは部屋へと戻った。


「いよいよだな」

「ああ、楽にことが運べばいいのだが…如何せん親と子というのはよくわからないからな。予想外が起こらなければいいが」


 リーアが親と過ごしたのはかなり昔のことだ。わからないのは仕方がない。わかったところでどうにもならないことはあるけどな。

 そうなったら仕方ない。リーアの強攻策だ。殴って話をつける。


「気楽にいこう。この話し合いがどうあれ結果は決まってるんだから」

「そう……だな」


 お腹がいっぱいになったリーアはいつも通り船をこき始めた。

 ちょっとの仮眠タイムだ。ちょっとしたら起こしてあげよう。



 三十分ほどしてリーアを起こし、クファの部屋に向かった。

 当たり前だけど俺たちの部屋よりも広くて上質な家具が置かれている。

 クファは部屋の椅子で不安そうに下を向いていた。


「…魔術。僕にも兄さま達のように民を守る力を…よし、がんばるぞ!」

「なんかかわいいな」

「男だぞ」

「大人になると男女問わず子供がかわいく見えることがあんだよ」


 …あれ、この言い方誤解が生まれそう…今のは無しだ。


「入るぞ」

「はい。父上」


 しばらくして寝間着っぽい王様が部屋に来た。始まるぞ。


「大事ないか」

「はい。いつも通りです」

「旅の者とはどうだ?話せたか」

「はい。お二方とも優しく接してくれました」


 隠れて見てるのが申し訳なくなってきたな…。あと自分たちが居ないところで良く言われているのを知るのは普通に恥ずかしい。


「そうか。豪胆傲慢だと思っておったが…中々に食えんなあの娘」

「父上からの話とはかけ離れていたので戸惑いました」


 そんな風に思われてたのか。リーアは顔色一つ変えていないし思った通りの立ち回りができたみたいだ。…俺は同じようにしか見えてなかったけど……慣れちゃったか?変化に気づかないなんて不覚……!


「では、私は戻る。何かあれば言うといい」

「待ってください父上。今日は話が…」


 ここからが本題だ。ちょっと手に汗かいてきた。

 さあ、どう出る?


「メリーアベル様の話を聞きました。あの方は魔法使いではないようです」

「なに?」


 王様は驚くそぶりを見せなかったけどリーアがしてやったり見たいに笑ってるからここの内で驚いてるんだろう。


「では何者だ」

「あの方は魔法ではなく魔術というものを使うらしいです。魔法使いでなくても魔法…詳しくは違いますが同じようなものを使う魔術師だと」

「聞いたことがない…ありうるものなのか、それは」


 王様は顎を触りながら下を向いた。そりゃにわかには信じられないよな。初めての発見ってのは大抵そうなる。


「ありうる……私はそう考えています。現にその理論を説明してくださいました」

「可能か?」

「十二分に。それで父上…お願いが」

「なんだ?」


 クファの握った拳は震え、顔も俯いて影が落ちている。

 怖いんだろう。自信もないんだろう。でも、がんばれクファ。乗り越えろ。


「私はメリーアベル様に魔術を教えていただこうと思っています。許しをください」


 よく言った!これで前に進めた後は王様の返事を待つだけ――


「…ならん」

「ど、どうしてですか?」

「理由など必要なかろう。お前は文官を目指す身だ。戦う力など必要ない」


 王様はクファを突き放すように言い放つ。

 威圧的な声ではなかったけどクファは委縮してしまった。


「ですが…」

「ならん」


 王様は一点張りだ。これは強攻策に出るしかなさそうか…。


「まだだ」

「え?」


 リーアは何かに気づいているようだった。


「他に用がないなら我は戻る。ゆっくり――」

「なぜなのですか!!」


 王様が部屋を出ようとしたときクファの大声が部屋中に響き渡った。

 今まで蓋をしていた感情が、少しの隙間を開けた途端にあふれ出すように出てきた。そんな勢いが今のクファから感じられる。


「なぜ…どうして私に力をつけさせてくれないのですか!確かに文官として仕えることはこの国の民として誉でしょう…ですがそれは王族のすべき事ではない!父上はこうおっしゃっていたではありませんか!!王族の務めは戦の前線に立ち士気を高めることだと!わかっていました…魔法を使えない私が前線に立っては早々に死に兵の士気を下げると…ですが今戦うことのできる力を得る方法が目の前に現れたのです!戦う力を学ばずして王族と言えるのですか!!」

「…」

「私だって…私だって父上や兄上のように民を守る力が欲しい!!!!」


 クファは息を切らしながら言い切った。

 根底にあるのは力への渇望じゃなくて、王族として民の前に立ちたいという信念だ。

 生きてきた十数年。ずっと塞ぎ続けていた気持ちを全て出し切った。

 簡単にできることじゃない。よくやったよ。


「そうか…」


 数秒かかり王様の口から言葉が漏れた。

 俺たちの立っている角度からじゃ表情は見えない。でも落ち着いた声だ。怒っている様子はない。


「良かれと思ってお前を育ててきたつもりだったのだがな」


 王様は静かに語り掛けるように呟いた。


「確かに王族の務めは兵の先に立って民を守る事。その考えは先代のころから変わらん」


 クファが見つめているのに対して、王様は振り向かない。


「だがそれは上の兄弟たちで十分だ。お前が立たずともいいように命じてきた…。しかしそうか、そういう考えを抱いてしまったか」


 気のせいか?何か…何か嫌な予感がする。


「お前には王宮で大人しくさせておきたかったのだが」


 やめろよ。


「どうやら我は…」


 その先はダメだ。いうな。



「育て方を間違えたみたいだな」



「ふざっ――」

「待て、静かにしろ」


 王様はそれを言い残し部屋を去る。クファは電池が切れたおもちゃのように膝から崩れ落ち悔しそうに床を叩いた。


「何で止めた!」

「お前が怒る気持ちはわかるが落ち着け」

「わからねえだろ!!」

「わかる!!!!!だから落ち着け!!」


 リーアのその叫びは悲痛に満ちたものだった。まるで本当に――


「ああ、お二人とも見ていたのですね」


 俺とリーアの声は大きすぎたらしく、隠密の権能をもってしても搔き消しきれなかったみたいだ。

 もしくは俺が気を乱したせいか…。


「すまないな。黙ってみてしまって」

「はは…情けないところを見せてしまいました。全て出し切ったつもりだったのですが…」

「情けなくなんてなかった。クファはよく頑張ったよ」

「先生…話せたのですね」

「あ、ああ…」


 知らず知らず漏れていた。でも本心だ。伝えることができたならそれでいい。

 だけど…。


「クリオラ。気になるのなら行って話をしてくればいい。だが頭は冷やしていけ」

「わかった」


 リーアが王様の何を読み取ったのかは知らない。でも俺は王様のことを許せない。

 あの言葉は呪いだ。どこまでも重い枷になる。

 言った人間にとっては大したことなくても、言われた人間にとっては今まで生きてきたことを全て失うような言葉だ。

 部屋を出て走って追いかけようとしたけどリーアに頭を冷やせと言われた。ゆっくり行こう。

 …リーアに強い言葉を投げてしまった。頭に血が上りすぎたせいだ。……さっき静止役でって言ったのはあの二人に対してじゃなくて俺に対してだったのか。じゃあ最初からリーアはこうなることがわかってたてこと……どうして分かるって言ったんだ?あんな悲しそうな顔して。……もしかしてリーアの眼――


「あ……」


 王様は玉座の間から町を見下ろしていた。頭は冷えてる。さすがにもう殴りかかったりはしない。

 リーアのことは……また今度にでもちゃんと話さそう。


「おや、ケルス殿か。眠れない…というわけじゃなさそうだな。そう睨みつけるな。暗殺でもしに来たのか?」


 俺のことを見た王様は予想に反して寂しそうな表情を浮かべていた。悲しんでいるようにも見える。

 なんであんたがそんな顔してんだよ…。


「どうした押し黙って…いや、そなたは話せないのであったか」

「いえ、話すのが苦手なだけです」


 王様はリーアが初めて俺の声を聞いた時と同じような顔になった。


「そ、そうだったか。ちなみに首が飛ぶというのは…?」

「あれはり…あの子のはったりです」

「そうだったか。安心したよ、腹の内でモンスターを飼っている気分だったからな」


 物凄いいいようだな…。まあ、あれが本当ならそうもなるか。


「それで…用があってきたのだろう?大方予想はつくが…」

「ええ、なぜクファにあのような物言いをしたのか…それを聞きに来ました」


 リーアは待てと言った。ならばこの件には何か裏がある。


「そうか、そうだな…どこから話したものか」


 それから王は事の始まりを懐かしむように語り始めた。

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