第8話「リーアの秘密」

 十二月。


「そろそろ髪の毛整えるか」


 リーアが来てからもう五か月。

 酷く荒れた髪も少しずつ伸びてきた。


「そうだな。…頼む」


 少し乗り気じゃないみたいだ。

 多分他人に触られるのが怖いんだろう。あんなことになってたのも村の奴らのせいだ。


「自分でやるか?鏡なら出してあげるよ?」

「鏡とはなんだ?」

「そりゃないかあ…」


 この家にいると外の世界の文明レベルを忘れてしまう。

 リーアもそうならないことを願おう。


「これが鏡だ」

「ほう…これは私か?水面に映るより鮮明だ…」


 あまり驚かない。

 こういうのは自分がもう一人!とか言って飛び上がりそうなんだけどな。

 待てよ?これだれだ?

 リーアのとなりに見慣れない男が一人写っている。


 …俺か?


 今更気づいたがどうやら再構成されたとき神様が容姿も変えてくれていたみたいだ。

 確かに体つきが良くなっていたとは思ったけど…まさか顔まで変わってるとは思わなかった…。


「どうした?」

「ん、いいやなんでもない」


 新しい顔になって決め顔をしているところを間近で見られた。恥ずかしい。


「そうか。しかし、この鏡があっても一人では切れない。切ったこともないからな。改めて頼む」

「わかった」


 長いところで四十センチくらい。一から生え直したところで二十センチくらいだ。

 ボーイッシュにはなるけどすっきりするはずだ。


「それはなんだ?」

「ハサミだよ。これで切るんだ」

「ほう、ナイフではないんだな」

「うん。だからそんなに怖がらなくていい」

「怖くはない。が優しくしてくれ」


 間近で見て触ってみると、水浴びでしか洗えてないリーアの髪はかなり痛んでいた。

 今は洗浄魔術で汚れは落としているけど髪の艶まではどうにもならない。


 風呂作るか。あとシャンプーとリンス。


「良し。これでいいんじゃないか?」

「すっきりしたよ。器用だな」


 短めにはなってしまったけどリーアは元がいいから様になっている。

 …長くしたらもっと奇麗になるかもしれない。俺の願望だけど。時期が来たらお願いしてみようかな。


「これで帽子をかぶらなくても恥ずかしいと思うこともない。感謝する」

「やっぱ恥ずかしかったか」

「憐れな姿を人様にさらすのは憚られる。例えお前だけであってもな。私はそういう人間らしい」

「はは、俺もそうだよ」


 よし。あといい匂いの入浴剤もつけよう。別に嗅ぎたいからという訳ではない。…ふわっと香ればいいなあと思うだけだ。

 香水もありだな。いや、男物しか知らないや。一から作る必要があるな…まあ今考えることでもないか。


「お前も伸びてきたんじゃないか?」

「確かに。さすがに五か月も経てば伸びるよな」


 不老不死であっても髪の毛はちゃんと伸びるようだ。

 ちなみに髭も伸びてくる。けどこれは前の世界同様あまり濃くは生えてこない。助かる。

 清潔の権能は風呂に入らなくていいという部分だけしか発動しない。髭剃りも散髪も対象外。自分でやる必要がある。


「よければ私に切らせてくれ」

「いいぞ。ハサミの使い方わかるか?」

「見ていたからな。大丈夫だ」


 自身満々。と言ったところか。経験も大事だ。やってもらおう。


「よし。いくぞ」

「おう。…ってなんか震えてない?」

「人様に刃物を向けるのは初めてなんだ。だが問題ない」


 心配になってきた。

 前髪から切るらしい。入ったらめんどくさいし目、閉じとくか。なんなら終わってからのお楽しみでいこう。


「う、動くなよ?」

「動かないって。人に切られるのはなれてるから」


 というかむしろ好きだ。

 なんとも言えない髪にハサミを入れられる感覚が心地いい。

 手の熱を額に感じる。

 そこにハサミの冷たい感覚が走り、髪が切られる音が聞こえた。


「…あ」

「あ?」

「いや、なんでもない。目は開けるなよ」


 …心配になってきたぞ。

 そのあと数回の「あ」が聞こえてきて散髪は終わった。


「す、すまない」

「ははは」


 鏡に映った俺の頭は何というか…面白いことになっていた。

 感触でなんとなく察していたけど前髪はほとんどない。


「ま、まあすっきりしたし気に病むことないさ」

「ぐう…」


 勉強ができるリーアにも苦手なことはあるようだ。

 まあ、最初からうまくできるという事は何においても少ない。

 俺も最初は泣かれたもんな。


「これからも頼むよ」

「いいのか?」

「できるようになったらたのしいからな。練習台になってやるよ」


 申し訳なさそうにハサミを渡すリーアの眉は今までにないくらい下がっている。ちゃんと顔を見れるようになって知ったんだけど、リーアは結構顔に出るタイプみたいだ。

 流石にこの髪型のまま生活するのはどうかと思ったので少し整えることにした。

 …一人で切ってしまわないようにハサミはインベントリに入れておこう。


 数時間後。


「何をしているんだ?」


 あるもの作っているとリーアが覗きに来た。


「風呂をつくってるんだ」

「ふろ?」


 大きな都市にでも行けばあるのかもしれないけどリーアに聞く限りここは辺境の地らしいからおそらく普及していない。

 昔は大浴場しかなかったと映画とかで見たし、初めて聞くし初めて見るものだ。


「入ってみればわかる。気に入ると思うぞ」

「そうか。完成を楽しみにしている。私は飲み水が底をつきそうだから汲んでくる」

「それは俺の仕事だろ?行ってくるよ」

「たまにはそとの空気も吸いたい。まかせろ」

「そういう事なら。気をつけろよ?」


 と言っても家から湖まで数メートル。何かある方が珍しい。


 …フラグか?


 汲みに行かないでもいいように水道でも作るか。

 つっても仕組みわかんないんだよなあ。

 あの本の中に載ってるといいけど。


「風呂桶完成と。水の処理はトイレに使った魔法でどうにかなる。貯める水は…魔法でだすか。飲むもんじゃないしリーアも許してくれるだろ」


 水道出来たらつなげるのもありだな。

 シャワーは…あとで考えるか。それ用の魔法考えるの大変そうだし。

 攻撃魔法は簡単だけど生活魔法は一つ間違えば見当違いなことになるから難しいんだよなあ。


「シャンプーとリンスは向こうで妹が使ってたのを創造…できた」


 できなかったらこの世界のもので一から作ることになってたからな…よかった。


「外から帰ってきたら冷えるだろうし溜めとくか」


 たかが数メートル…なんだかどんどん過保護になってきているような気がする。

 ま、リーアが嫌がらないならいっか。


 その時家の扉が強く開く音が聞こえた。


「なんだ!?」


 もしかしてリーアに何か!?フラグ立てたのはさすがにまずかったか!

 扉を開けたモノの足跡がすぐそばまで来て風呂場に顔を見せた。

 リーアだ。


「クリオ――」

「なにがあった!大丈夫か!?」

「え?ああ、大丈夫だが…」

「けがは!?」



 服はどうにもなってない。

 手も大丈夫。

 頭も大丈夫。

 ならなにか目に見えない魔法――


「落ちつけ!!」


 言葉と同時に頭を叩かれた。イタイ。


「そんなことより外にチルパが出た!」

「チルパ?」

「希少な肉だ!魔法で狩ってくれ!!」


 リーアは今までにないくらい興奮している。

 危険が迫っていたのではなくどうやら美味なものを見つけたらしい。


「なんだ…そんなことか…」

「そんなこととはなんだ!早くいくぞ!」


 すごい力で手を引かれた俺は部屋着のまま外に出てそのチルパとやらを拘束した。


「ほ、ほほほ、ほ」


 …リーアがリーアじゃないみたいだ。何かにとり憑かれているんじゃなかろうな。


 チルパとやらはちょっと大きいリス見たいな見た目をしている。

 希少でさらには美味らしい。

 今回は調味料もあるからと大はしゃぎだ。


「そうだな…チルパは…そうだあれが合いそうだ!」


 最近はリーアが料理することが増えた。調味料の使い方を覚えてからは俺にキッチンを譲ってくれない。

 ま、楽しそうだからいいんだけどさ。

 早々に解体を終わらせたリーアは調理に入り物の数分で完成させた。

 調理している際の顔はリーアらしからぬものだった。


「はあ…美味だ…」


 完食。

 チルパを見つけてからここまで一時間足らず。食い意地だけは世界一なんじゃないか?

 幸せそうだから見ていて楽しい。狩った甲斐がある。

 そのあと少ししてリーアに風呂の使い方を説明した。


「これを一回押して泡立てるんだ」

「ほう、ぬるぬるしていたのがこうなるとは面白いな。それにいいにおいがする」


 気に入っていただけて何よりだ。


「よし、一度入ってみる」

「わかった。ここにタオル置いておくから出たらちゃんと拭けよ」


 一緒に入るハプニングもなく進んだ。一回り近く離れていそうなリーアに興奮なんてしないぞ?

 それに近い物を酷い状態で見てしまっているからな。欲情する気にもなれない。

 そういえば最近服の上からでもわかるくらい肉付きかよくなってきている気がする。

 村にいる頃はちゃんと栄養取れてなかったみたいだ。直接聞いたわけではないけどここまで顕著に表れるなんてそれくらいしか考えられない。


 そろそろ下着も考えなくちゃいけないか…。

 サイズ…どうしよ。鑑定したら出るか?


 そういえばリーアのこと鑑定したことなかったな。動物は行けたし生物全体鑑定できると思うけど…。

 どうしよう食用可とか出てきたら…。食べないけどさ。


 あれこれ考えていたらリーアが風呂から上がってきた。用意した服もちゃんと着ている。



「風呂とはいいものだな。体の芯から温まる…それにいい匂いだ。ほれ嗅いでみろ」

「嗅がなくてもわかってるよ。誰が出したと思ってんだ」

「そういえばそうか。感謝する」

「どういたしまして。ほら髪の毛乾かすからじっとしてろ」


 髪の毛を乾かす魔法。便利だ。体を乾かす魔法もあるけどさすがにな。

 よし。今のうちに鑑定するか。



リーア 17(女)

S136 26kg



 肉が付いてきたといっても元が細すぎるもんな。まだまだ食べさせないと。身長は別にこれくらい低い人も――…

 1・・・・7!?


「えええ!!!」


 絶対十歳行ってないと思ってたんだが!!?嘘だろ!?


「い、いきなりどうした!?」

「あ、や、いや何でもない」

「…何か隠しているな?」


 くそ…リーアが鋭いのは今に始まったことではないけど…。


「…鑑定した」

「私をか?」

「はい」

「何を隠すことがある」


 確かに…驚いただけで隠すことないよな…。


「リーアの歳がわかった」

「そうか。何歳だった」

「17だ」

「思ったより生きていたんだな。お前より子供だとはわかっていたが…」


 そうか、年齢の概念がないなら怒られることないじゃん。


「あとは体のサイズだな」

「なぜ見る必要が?」


 これも見て怒っているような感じじゃない。


「服のサイズをな、ちゃんと図ろうと思ってさ。その…そろそろちゃんとした下着作ってあげようと思って」

「したぎ…ああ、このパンツという奴か。別に新しく作らなくてもまだ使えるぞ?」

「じゃなくて胸につけるやつ」

「胸…」


 リーアは下を向き自分の両手のひらを胸に当てた。


「必要か?」

「必要だと思います」

「そうか、なら頼む」


 案外あっさり許可が出た。


 今の必要か?は多分小さいとかそういう問題じゃない。

 そもそもそういう文化がないからだろう。隠れていれば問題ない。そういうことだ。


「お前もつけるんだろ?」

「女性だけです」


 ほらね。


「お前の世界のことはまだよくわからんな」

「まあ、全く違うから…ね…?」


 違和感を覚えた俺はとっさにリーアの顔を見た。

 リーアは片手で口を隠している。


「俺の世界…?なんでリーアがそんなこと」

「…」


 おかしい。俺は向こうの世界のことは口に出して言ったことはない。旅人だと言っていたはずだ。

 この世界にないものを出すにも違う世界の物とは言っていない。例え品質がおかしくてもずっと遠くの国から来たと言ってある。

 なら何で…。



 鑑定



リーア 17 人間 女


体力 174/174

魔力 430/450


攻 34  魔攻 62

防 21  魔防 36


特殊

魔眼<真実の眼>



「…魔眼?…真実の眼?」


 特殊。俺のステータスにはないものだ。おそらくこの世界特有のスキルか何かなんだろう。

 そしてこれが俺が異世界から来たと知った原因か…。


「…悪気はなかったんだ」

「別に怒ってない。ただちょっと驚いただけだ」


 リーアは頭のいい子だ。いずれ何かに気づいて聞いてきたはずだ。

 きっとリーアは驚くだけで俺のことを拒絶しないと確信していたから、その時は正直に話そうと思ってた。


「そうか。そうだな。お前はそういう奴だ」


 妙に鋭かったのもきっとこの魔眼があったからか。


「私は以前から人の嘘を見抜くことができたんだ。ここに来るまでは」

「ここに来るまで?」


 リーアは俺に向かい直って座る。

 目は合わない。

 嘘を見抜くことができる…か。でも旅人ってのは嘘じゃない。遠い国っていうのも大きく言えば本当だ。

 それにここに来るまでだって…?じゃあ今はどこまで…。


「ここに来て文字を覚えてからこの眼はおかしくなった。知りたいと思ったことに気を向けると文字が浮かぶようになったのだ」

「鑑定…俺と同じか」

「おそらくはな。最初は自然物、水や土や動物に向けて使っていた。だがふとした時思った、お前のことを見たらどうなるのかと――」

「リーアは知りたがりだもんな」


 それは嫌というほどわかっていることだ。知らないことに目を向けているリーアはすごく楽しそうだから。


「…様々なものが見えたよ。よくわからないものが多かったがな」

「そりゃそうだろうな」

「だがそんなわからないお前をもっと知りたくなった。そうすると見えていなかったものが見えた」

「それは?」

「異世界からの転移者。お前の名前の横にそう文字が浮き出てきたんだ」


 なるほどな。俺とは違って称号みたいなもんが見えるのか。俺には……見えない。リーアが何も持っていない可能性も加味して空欄でも…と見たけどでない。


「異なる世界。初めはよくわからなかった。そんなもの知るすべがなかったからな。だがお前の生活を見続けているうちにこことは別の世界があるのではないか――そう思うようになった。そしてお前が出したものをもう一度見直した。そのほとんどに異世界と浮き出てきんだ」


 この世界で生成したものはもう数えきれない。そのすべてが異世界のものだと知ったら、そういう結論にたどり着くか。


「もっと知りたいと思った。だからもう一度お前を見た」

「それで…何を見たんだ?」

「お前の生きた世界。その景色そこまで見えるようになっていた」


 そこまで見えるのか…その魔眼ってやつ…。


「それは俺を中心にってことか?」

「ああ」

「そうか。そりゃつまらないものを見せちまったな」


 俺を中心に見たってことはあの暗い部屋のことも見たはずだ。

 …みられたくなかったなあ。あれは。


「はっきりとは見えなかった。だがそれを見てお前が異なる世界から来たんだと確信した」

「そっか。じゃあそれを知って今まで一緒にいてくれてたのか、何も言わずに」

「ああ。黙っていてすまない」


 謝るその方はわずかに震えている。寒くて…じゃないことは明らかだ。と言ってもなあ。別に俺から言う事ないんだが…。


「謝んないでいい?別に怒るようなことでもないし」

「こんなに良い生活をさせているにも関わらず隠し続けていたんだぞ」

「だから気にしてないって。いずれ話そうと思ってたし。そんなに心配ならその眼使って俺を見ればいい」


 こんなリーアは初めて見る。何かに怯えているような、そんな感じだ。

 リーアは落としていた目で俺の顔を覗く。

 うぐ、その上目遣いは俺に効く…。


「嘘ついてないだろ?」

「うむ」

「先に隠してたのは俺のほうだ。ごめん」

「…」


 煮え切らないみたいだ。それになにか別のことを考えている。そんな気がする。


「この際だ。気になることは全部言ってくれ。そうすればすっきりするだろ?こんならしくないリーアと一緒に暮らすのはごめんだ」


 まあ、これは冗談だ。一緒に暮らせないとかなったらマジで病みそう。


「そうか、そうだな。でもこれは本当に聞いていいものか…」

「なんでも聞けって。俺にわかる事なら何でも答えてやるから」


 なんでもとはいってない。なんてのは今は言ってられない。


 

「なら…」

「おう」



「不老不死――とはなんだ?」

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