第7話「リーアの勉強」

「じゃあ風魔法から行くか」

「よろしく頼む」


 気持ちを持ち直した翌日、早速魔法を見せることにした。

 最初は見たいと言っていた風の魔法からだ。とりあえずただただ風の弾丸を湖めがけて打ち込むだけのやつと<服を乾かす魔法>を見せてみた。


「…すごいということしかわからないな。村のやつ…いや私が見た魔法使いと比にならないくらい威力は高いし洗練されている」


 素直に褒められてうれしい。

 でも俺個人の力じゃないんだよな…。考えたのは俺でも元は神様がくれた力だ。自慢できるほどではない。


「で?リーアは何を知りたいんだ?」

「ああ、魔法は選ばれた者しか使えない。それをどうにかできないかと思ってな」

「どうにかって…もしかしてリーアが自分で魔法を使えるようになりたいってこと?」

「そうだ」


 できるのか?世界の仕組みから外れる行為だ。……いや、不可能を可能にしてきたのが人類だ。可能性はあるか?

 だけど、できたとしてゼロからの出発となると人一人の人生じゃどうにも…。

 決めつけるのは予想。この世界に来て散々固定概念に振り回されてきたんだ。”できる”を信じないでどうする。ここは自由な世界なんだから。


「調べるとしてどうやって思いついたことを記録するんだ?」

「頭で覚えるしか方法はないだろう?」


 それは絶対無理……いやできるか?でも効率悪すぎるしもし忘れたらどうすんだ?


「まずは何かに記録できるようにすることからだな」


 記録するには書くものがいる。

 そしてそれを形にする文字が必要だ。


「リーア。勉強の時間だ」

「何をするんだ?」

「まずは文字を覚える」


 俺が始めにやることは言語習得を翻訳ではなく理解に切り替えて現地の言葉を覚えることだ。

 そしてそれを当てはめるための文字を考える…。


 そんなことは俺の頭では考えられないので――


「権能創造…文字生成」

「?」


 頭の中に文字がどんどん生成されていく。

 すごい量だな…これは骨が折れるぞ。

 あとは紙とペン…じゃなくて鉛筆の方がいいな。

 …よしできた!創造可能でよかった…無理だったらいったそばから頓挫するとこだった。

 リーアの望みは可能な限り叶えて、できる限りのものを与える。

 それが今俺がやるべき全てだ。今思ったらやってることは神様と同じだな…。


「ちょっと待ってろ」

「あ、ああ」


 完全に置いてけぼりにしてしまっているけど辛抱してくれ、リーアのためだから。

 出した紙に使う文字を一文字一文字書いていく。

 ここの言葉は日本語よりも複雑じゃない。同音異義語が存在しない。というか日本語が複雑すぎるんだ。どうしてああなった。


「よし、これで…何してんだ?」


 目を離したすきにリーアは紙を触ったり嗅いだりしていた。


「いや、これは何かと思ってな…不思議なものだ。クリオラは私の知らない物ばかり出す」

「あはは、確かに。これは紙、こっちは鉛筆。ああ、それからこれば消しゴム」


 ここ数年ボールペンしか使ってなかったから消しゴムの存在そのものを忘れていた。ないとあるじゃ全然違うからな。


「じゃあはじめに、ここに書かれた文字をちゃんと書けるように練習していこう。そのあと文章…俺たちが話す言葉をそのまま書けるようにしようか」


 第二言語を覚えるんじゃなくて言葉をそのまま文字に置き換えるだけだ。

 文法なんか考えなくてもいい。


「この文字とやらを言葉と共に覚えていけばいいんだな?」

「そういう事。それができればこの紙に調べたことを書けるだろ?そうすれば忘れることもない」


 どう考えても文明には合っていないけど、これはリーアと俺だけのものだ。

 それに誰かに教えるつもりもないし、書いたものは全部インベントリの中に入れるからバレることもない。

 リーアが他言しない限り二人だけの秘密だ。


「便利なものだな。よく分からない物と言っても、実用性に長ける物ばかりだ」


 よくわからないって…。

 そう口にしているけど、すぐ机にと睨めっこを始めた。

 妹もこんな感じだったな…。

 っと俺もリーアに負けてられない。ちゃんと覚えて手伝えるようにならないと。


 勉強を始めて四日でリーアは完璧に覚えた。

 それに俺よりも文字がきれいだ。そして書くスピードが早い…。


 俺は権能のおかげですぐに覚えられたがリーアの覚える速度は異常だ。

 日本の小学生が平仮名を覚えるのにかかる時間がどれくらいか知らないけど、文字を初めて見たリーアがたった四日で覚えたのには狂気すら感じる。


「研究するってなると数字も必要だよな…」


 数学…はもう覚えてない…。

 よろしくお願いします、権能さん。

 そしたら机に見覚えのある教科書やら辞典やらが現れた。

 見たことのないものもちらほら…これは生成していいんだ。何かしらのボーナス的な?


「数字か。これもいいものだな」


 流石に数学をすぐに覚えるのは無理だ。長い目で見ていこう。

 リーアの目は勉強を始めたその時からずっと輝いている。知的好奇心の塊であるリーアにとってこの経験は何事にも得難いものになるはずだ。

 楽しそうなリーアを見ることは俺にとっても得難いもの。それこそ初めて魔法を使ったときよりも。



 それから数学の勉強と並行して魔法の研究が始まった。

 二日で小学、一週間で中学、二週間で高校の数学を完璧にものにしたリーアに俺は開いた口が塞がらなかった。

 俺より化け物だと思うんだけど?


「よし。これで今使える魔法は全部試したな」

「うーん。言語化したはいいがサンプルがクリオラの物しかないとなると…」


 魔法の研究に関しては頭打ちだ。

 数学ができてもこれはどうにもならない。

 権能を使って調べようとしたけど反応はなかった。

 禁則事項ということだろう。これに関しては人類が解明しなければならない。


「魔法も後いくらかは想像できたとしても俺以外の魔法使いのサンプルがないと比較できないもんな…数学以外の分野も勉強してみるか?何かわかるかもしれないぞ?」

「そうだな!よし今すぐやろう!」


 これも権能で出してみるか。

 数学は出たし教科書くらいなら出せるだろう。


 気づいた時には机に収まり切らないほどの本が生成された。


 …専門家レベルのものまであるくね?

 まあ勉強するのリーアだけだし大丈夫って判定なんだろう。たぶん。


 果たしてどれくらいで覚えられるのだろうか。

 おそらく普通の人間レベルではなさそうだけど…。一か月くらいか?



 予想は外れて三か月が経っても終わらなかった。

 あと二割と言ったところか。

 いや、普通は数年かかるからな!?


 それからかなり冷えるようになってきた。冬が近づいてきている。

 今は十一月だ。

 そろそろ獣たちも冬眠の時期に…と思ったが


「寒くなって動き出す奴らもいるぞ?私は雪ジカが食べたい。クリオラがいるからな。狩れないという事もないだろう…ようやくいい部位が食べられる」


 どうやら肉には困らないらしい。雪ジカとやらだけじゃなくてなんでも食べさせてあげるさ。


「厳しいのはその寒さだ。毎年いくらか死人が出る」

「そうなんだリーアが生きててくれてよかったよ」

「私が死んでいたとしても別の誰かがここに来ただろう」

「それでも俺はリーアがいいんだ」

「…恥ずかしいことをつらつらと…少しは慎め」

「ははは、ごめんごめん」


 一緒にいて四か月をちょっと。かなり近づいていけている気がする。目を見て話せるようになったし、会話で疲れることもなくなった。

 たった四か月、されど四か月だ。

 もう家族。と言ってもいいんじゃないかと思う。少なくとも俺はそう思っている。


「しかしこの家は暖かいな。これは凍えなくて済む」


 拠点も改造した。

 二人住むにはあの小屋は小さすぎた。今では2DKのちょっとした家だ。


 第一拠点を作るときは全く考えてなかったけど、<建築>の権能を創ることができた。

 欲しい権能をしっかり思い浮かべないと創れないらしい。

 風通しとか考えるのがすごくめんどくさかった。俺は呼吸しなくてもいいけどリーアは別だ。

 トイレもだ。リーアには必要だということを寒くなってから気づいた。寒そうに森に入って出てくるリーアに何をしてたんだと聞いたら一日口を聞いてもらえなかった。気になって隠密の権能を使って見に行くと――まあ、そういうことだ。

 次の日にトイレができていることを知ったリーアは飛んで喜んでいた。それこそ数学でわからなかったところが解けた時のように…ごめん。

 排泄物の処理は地に着いた瞬間、土に変換され湖に流れるようにいくつかの魔法を創造して組み合わせた。

 生活魔法バンザイ。


 暖かいのも魔法の力。

 ありがとう神様。


「それにこの服。もう麻の布など巻けん。足も凍えて壊死することもない…幸せ者だよ私は」

「はは…」


 完全に現代に染めてしまった。

 と言ってもできるだけ質は下げている。人前に出るときはもっと下げようと思う。不自然に浮くことはリーアもよく思わないらしいし。

 俺はいいものを着ればいいと言われたけどリーアが着ないというなら俺も着ないことにした。

 ということで勉強で大変なリーアとは違って暇な俺は被服の練習をすることにした。

 これは権能の力に頼らない。

 なんでもかんでも頼ってたら退屈な日々に逆戻りだ。直近の目標はリーアの服を作る事。創造では知ってるものしか出せない。知らない物は品質が落ちる。着せ替え人形というと聞こえは悪いがリーアには俺好みの服を着てもらう。異論は認めない。


「自分の部屋で勉強しないのか?」

「クリオラも自分の部屋で縫物をすればいいじゃないか」

「それもそうか」


 まあ一人でいるのは寂しいもんな。

 かく言う俺も一人じゃないこの時間が楽しいからこうして共有スペースにいるわけだし。


 急に気分が落ち込むことはよくある。でもリーアがそばにいる分、かなりましになった。

 人の人生ではこの病気は治らないとされてるけど数百年もすれば治るんじゃないか、そう思う。

 だってすでに向こうにいた時のことは忘れ始めている。というか考える間もないくらい新しいことに溢れているから。


 きっと明日もいい日になる。

 今は一日一日が特別だ。


 生きているって素晴らしいなあ。

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