第13話「過去との決別と旅立ち」

 四月


 魔術理論が確立してから一月が経った。


 三月の終わりごろから急に気温が上がり始め、今は夏とまではいかないが暖かく半そででも生活できるくらいまでになった。


「ほい。できたぞ」

「これはいい。早速試してくる!」


 この一月の間、俺はリーアのために杖を作り続けていた。

 三十センチくらいの小さい奴と俺と同じくらいの大きさなの奴の二種類。


 触媒になる部分はシカの角を加工したものだ。権能で変形させたり純度を増したりしているうちにあることがわかった。触媒によって精度も威力も上がるよ言うことだ。お決まりのやつだな。


 今リーアが両手に抱えていった大きな杖にはツノ十本分、おおよそ五十キロ相当を直径二十センチほどまで凝縮して魔法で軽くしたものを付けている。

 小さい奴も作ったツノ二本分をワインのコルクほどまで凝縮させたものだ。

 技術が上がればもっといいものが作れるだろうけど今はこれで我慢してもらうことにしよう。もっとカッコいい奴がいい。いや、リーアには奇麗な方が似合うか。


 リーアが外に出ていってすぐ轟音と共に空から水が降ってきた。

 雨じゃない。湖に向かって放ったリーアの魔術が水を空に打ち上げそれが降ってきたわけだ。


「クリオラ…この杖はやりすぎかもしれん」

「それは広域殲滅用に作ったからな。普段は先に渡した小さいのを使ってくれ」

「広域…使わないことを祈ろう」


 小さい杖を装備できるように作ったベルトをさすりながら苦笑いをしている。

 念のためという奴だよ、リーア君。何が起こるかわからないからね。

 この世界はファンタジーが入り乱れている。ステータスに人間と表示されているということは別の種が潜在してると考えてもいいだろう。必ず俺たち人間より優れた種族が出てくる。だから過度に備えておいても違いはない。


「使い心地はどうだった?違和感とかなかったか?」

「ああ、問題ない」


 やりすぎと言ったものの気に入ったようで離さない。喜んでもらえたならよかった。

 ドワーフとかモノづくりに強い種に会ったら二つともおさらばだろうな。それまでは大事に使ってくれよ。


「そういえば昨日の夜、調整前の大きいほう持ってどこ行ってたんだ?」

「……内緒だ」


 なんか隠してんな…。

 まあ、十中八九魔術の研究だろうけど。


「そっか。危ないことはするなよ」

「ああ」


 魔術の研究は大分進んだ。その過程でいろんなことがわかった。

 魔術は魔法と違い消費する魔力が多い。しかし条件を指定したり、縛ったりすることで通常よりも魔力消費を抑えることができるという事。

 そこでリーアは魔術に名付けを階級で分けた。四属性で一番消費が低い、何も指定せず縛っていない魔術を初級魔術とし、条件を追加して消費する魔力が多くなるほど中級、上級、超級とした。

 属性を複合して発動する物は上級以上だ。そして複合魔術は単一魔術より魔力の消費量が激しい。

 そして過度な魔力を供給すると威力と精度が上がるが、初級魔術に複合超級並みの魔力を適当に供給すると暴発する可能性がある。

 現にリーアがよそ見しながら実験したとき森が多少……燃えた。

 だが、縛りに縛れば魔導とまではいかなくてもそれに近いな現象を起こすことも可能かもしれないという事だ。


 そしてそれらすべてに該当するのは魔素操作が上手ければ上手いほど消費魔力を抑えることができるという事だ。

 亀裂を開くのも変容させるのも同じく魔力を消費する。魔力の消費は魔素を扱う量で決まるので魔素操作が上手ければ一の魔力消費に一の魔素でなく十でも千でも無制限に込めることができる。


 つまり、通常なら一万の魔力を消費する魔術もたった一の消費で発動することが可能という事だ。


 おそらくこれには魔法も当てはまる。二つとも根本的には同じもので魔素を操作する部分が違うだけだからな。

 まあ、魔素操作の訓練を効率的に行えるのはリーアみたいに魔素の流れが見れる奴だけだろうけどな…。


 限られた現象しか起こせない魔法使いよりも、思いつくままに魔術を操ることのできる魔術師の方が圧倒的に優れているとリーアは満足げに語っていた。

 どうやら魔法使いは一属性の魔法しか使えないとのことだ。

 少なくとも村の魔法使いはそうだったらしい。

 けど創作によっては二、三属性使える魔法使いもいる可能性もあるからあまり強気になるなとは言い聞かせておいた。


 大きな物事を乗り越えた時は増長しやすい。気をつけないと。


「杖もできたし、そろそろ旅も目線に入れなきゃな」

「ああ、この家を離れるのは寂しいが…仕方がないことだな」


 この家ができてから半年経たないくらいだけど、リーアにとっても俺にとっても大切な場所になっている。

 インベントリに入れて持って行けないかなと考えたけど、どうやら建物は無理らしい。

 材料分以上の木材は入るんだけどなあ。


「そのままにしてたら誰か使うかな?」

「使うだろうな。これ程までの物は村にはなかった。冬の間誰も来なかったが暖かくなったら様子を見るやつも出てくるだろう」


 誰もって…勇者さん来たじゃん。忘れたかもしくは大分嫌いになってんな。


「家は住む人がいないとすぐにダメになるっていうし、住むだけならいいんじゃないか?」

「家具を全て片付けるならそれもいいな」


 確かに。こんな文明を破壊しかけない良質な家具はリーア以外に見せちゃいけないな。

 あの勇者は…衝撃的なこと多すぎて覚えてないか。


「じゃ、出るときは全部インベントリに入れて持ってくか。旅の先で家買うかもしれないしな」

「それもいいな。お前も旅をし続けるのは疲れるだろう。気を緩めて休める場所を作るのはいいことだ」


 リーアは歳をとる。いずれ旅も難しくなるからな。考えておかないと。


「まあ数年後の話だし、俺の技術も上がったら今あるものは必要なくなるかもしれないけどな」

「いいや。全部に思い出が詰まっている。お前がいらないと言っても私の部屋で擦り切れるまで使い倒すさ」

「はは、それだけ気に入ってくれてるなら作った甲斐があるよ」


 にしても私の部屋か…どうやらリーアの中で二人一緒に住むことになっているらしい。

 もちろん俺もそう思っている。喧嘩別れしないようにしなければ。


「旅の準備はどれだけ進んでいる?」

「あー、実をいうとすぐにでも出られる。準備できるもの少なくてさ、リーアが研究してる間に終わってたんだ」

「な、私は何の準備も…」

「リーアの準備も大体終わってるよ。確認して追加で欲しい物があったら言ってくれ」


 正直欲しいと思ったのはインベントリに入れないリーアの荷物を入れるカバンとローブくらいだ。

 大体のことは権能と魔法でどうにかなるし、あとは俺の頭では思いつかなかった。


「あ、ああ。ありがとう。助かるよ」


 女の荷物を勝手に!!!

 なんてことは言わない。というか普段も洗濯は任せてもらってるし今着ている服を作ったのも俺だ。

 …お母さん?


「私も家事を覚えないとな…」

「料理はできるんだし急がなくていいんじゃないか?他はやりたくなったら覚えたらいい。教えられることは教えるから」


 と言っても全部魔法で済ませてるし、掃除すらしなくてもいいように清潔を家全体に巡らせてる。

 教えることなんて正直ない…ちょっと優越感に浸りたかっただけだ。


「いつでも出発できるわけだけど、いつにする?」

「そうだな…明日にでも行くか」

「急だな。もう少しここにいると思ったけど」

「早く世界を見たいからな。今日でこの家を堪能することにする」


 留まるより進む。リーアらしいや。


「わかった。じゃあ俺はチルパでも探そうかな。この辺でしか生息してないかもだし」

「そそそそそれはよろしくたのむぞ」


 挙動おかしくなってるぞ。リーア。


「ああ、それと。ここを出てから村に寄りたい。残っているかはわからないけど取りに行きたいものがある」

「わかった」


 村の話になるとリーアは顔が曇る。だけどそれも明日までだ。しっかり決別できることを願おう。

 リーアは強くなった。多分村の魔法使いとやらよりも。だから俺から村に手を出すのは止めようと思う。リーアの問題はリーア自身で解決させるべきだ。……もしもの時は本気出す。

 それからリーアは家のものすべてに触れ回った。当分入ることができない風呂には一時間ほど入っていた。遅いと思って覗いたらしっかりのぼせていた。危ない危ない。


 次の日。家具を全部インベントリに入れて最終確認をした。


「この家思っていたより広かったんだな」

「何もなくなるとそう感じるよな」

「ああ。寂しくなる。またいつか様子を見に戻ってこよう」

「住人がいたら追い帰そうとするなよ?」


 リーアはそれを聞いて肩をびくっとさせた。

 …やる気だったなこの娘。


「ごほん。さあ、行こうか」


 俺は一礼して家を後にする。先に進んでいたリーアも一礼しに戻っていった。

 随分日本文化に染まってきたな。

 まずはリーアのいた村だ。この世界の文明がどれだけ進んでいるかが今日わかる。


「大丈夫か?」

「それを言うならお前もだ」


 リーアは自分を贄とした因縁の村への恐れ。

 俺はリーア以外の人間と会う事への恐れ。

 理由は違えど二人とも同じように恐れている。だからこそ、二人でいることはとても勇気になる。


 俺たちは森に入りリーアがいた村に向かった。


「迷わずつけたな」

「ああ。ほとんど一直線だったからな」


 泉から三キロほどで森をでた。ここまでは俺も知っている。

 そこから二キロほど歩いた川のそばに村はあった。俺は森の中だけが行動範囲だったからここまで近いとは思わなかった。


「家は木か…いや藁?中は少しく窪んでて…竪穴式か?服装は毛皮と」

「もっと暖かくなれば布が主体のものになる」


 ところどころ石壁で出来た家もある。

 …わからん。とりあえず紀元前っぽいことはわかった。

 にしては勇者の持った鉄剣はできすぎてるし、あの装備…時代錯誤がすぎるぞ。

 なんでもありかよ異世界。この村が発展していないだけ…という説もあるか。


 服はなるべく旧時代っぽく見繕ったけど…まだまだ下げるべきだったか。


「私は行くが、お前はどうする。待っていてもいいぞ?今の私には防衛と攻撃の手段がある一人でも大丈夫だが」


 大丈夫というけど普段と様子は違う。一人で行かせるわけにはいかない。


「ついてくよ。使い物にはならないと思うけど何か起こった時俺がいたほうがいいだろ?担いで逃げれるし」

「はは、それは力強い。…震えが止まったよ。感謝する。だが担いで逃げるのは無しだ」

「わかった」


 よかった。いつものリーアに戻った。


 俺たちは茂みから出て堂々と村に向かって歩く。

 いや堂々としているのはリーアだけか…俺はフードで顔を隠しているからな。


 今は昼間。村人たちも外で仕事をしている。気づかれるのは時間の問題だった。

 一人の村人は俺たちに気づきリーアを見て顔を真っ青にして、村の中へ走って行った。


「もしかして隠密でこっそり行った方がよかったんじゃないか?」

「いや、私という存在を見せつけてやりたい。贄にしたやつが生きてこんな上等な服を着ていればこいつらも狼狽えるだろう。さっきの男のようにな」


 滅茶苦茶悪い顔してる。

 まあ、それくらいの扱いを受けてたんだ。やったって俺は怒らない。


 それからすぐに武器を持った男が集まってきた。たぶん村人全員じゃないか?百数人はいそうだ。

 その真ん中に一人の老人が立っている。服装が他と違う。たぶん村長だな。


「久しぶりだな。長よ」


 最初に口を開いたのはリーアだ。先手を取ったと見ていい。


「き、貴様。メリーアベルか!マルティノスから聞いていた通り生きていたか…」


 生きてて歓迎。と言った雰囲気じゃないな。それなら武器とか向けないし。


「隣にいるのは怪物か!?!なぜ、なぜ村にきた!!手は出しておらんぞ!」


 そういえばそんな話してたな。リーアが。


「そうだな。怪物は手を出さんと言った」


 うわあ…よく悪者が言うセリフじゃねえか。さっきより悪い顔してるし。

 とりあえず頷いとくか。

 村人は俺が手出ししないとわかって武器を下げた。


「なればこそ。何をしに来た…復讐か?非力なお前が?」


 けど、村人の余裕とは裏腹に村長の声は微妙に震えて首筋には汗が流れている。村人の目はリーアに釘付けで村長の表情に気が付いていない。


「復讐。それも考えたよ。今でも貴様らのことは恨んでいる…だがそれ以上に感謝しているんだよ」

「何を言っておる…」

「私は今幸せだ。この村で受けた仕打ちを思えばこそ…な」


 リーアは空を見上げ目をつむり、そして長と村人を睨みつけた。


「それに私はもう非力ではない。」


 リーアはローブの下にある小さな杖に手をかけた。


「はったりを…じゃがこのまま生かしておくのは危険じゃ!コルトアス、ミリレイフ!」


 その名前を叫んだ瞬間に隠れていた二人組が飛び出してきた。武器は持っていない…だが腕をリーアに向けている。

 魔法使いだ。


 一人は炎、もう一人は風。属性がわかった時には魔法が放たれリーアに向かって飛んでいた。


 ――でもおれは動かなくていい。


 リーアは杖を取り出し前に掲げる。

 その瞬間に二人の魔法は霧散し、跡形もなく消え去った。


「な、なにが…お前たちしっかりせんか!!」


 魔法使いの二人は次々と魔法を放つがそのことごとくをリーアは打ち消した。


 <消失>


 リーアが生み出した防衛魔術だ。その名の通り身に迫る危険を消し去る魔術。上級に区分した魔術だ。

 目視かつ杖がそれを捉えている状況下でのみ発動する縛りを課した結果、魔力消費二千以下のものは全て無効化することができた。


 リーア自身の魔力消費ももちろんある。

 だけど仕組みを理解して魔力操作の訓練したリーアはこの程度の魔法……魔術で言えば下級に届くか届かないかのものは一桁の魔力消費で消すことができるまでに成長した。


 魔法の打ち込みは向こうの魔力が尽きたところで終わりを迎えた。二人合わせても魔力量は二千足らず。成長したリーア一人の魔力量の十分の一も満たない。


 だから勝ち負けなんて始まる前からついていた。


「な、なんじゃ、なにが起こった!?お前たち何をしておる!!」

「はあはあ…長…俺らはいつも通りだ…はあ…」

「俺らにもわかんねえよ…まるで魔法が消えたみたいに…」


 リーアの願い通り三人とも狼狽えてる。村人も皆驚愕の声上げてるし、これで満足かな。


「ではこちらの番だ」


 ダメだったみたいだ。


 リーアは空に向かて杖を掲げる。

 それまで快晴だった空に無数の雲が集まり、轟音を立て始めた。


 リーアが今扱える最大の魔術。複合超級魔術<怒りし天の轟雷>。

 あたり一帯に雷を落とす魔術だ。


 ちなみに俺が名前を付けた。

 リーアは変な顔をしたけど、名前を付ければ想像もしやすいから何とか承諾してくれた。もしかしたらリーアの中で違う名前が付いてるかもしれないけど…。


「ああ、ああ…天が、天が怒っている…」

「なにが…なにが起きているんだ」

「終わりだ…」


 これには村人も怯えずにはいられない。

 この時代の天災は何よりも怖いだろうし、村一つなくなるくらいにはひどい物だろう。

 でもリーアに殺人行為はしてほしくない。例えこんなクズばかりでも。


「リーア。そろそろ」

「ああ、わかっている。私もすっきりした」


 近づいて顔を見てみると惚悦の表情を浮かべていた。吹っ切れたみたいだ。よかった。

 リーアが杖を下げたとき、雲は徐々に散り始めて隙間から光が差した。


「底辺の扱いを受けていた私は非力でなくなった。繰り返せば天罰が下ると思え」

「こ、心しておく…」


 全員が膝をつきリーアを見上げている。

 魔王?


「もう、満足したろう…我々が悪かった…もう二度と同じ過ちは繰り返さん…だからもう去ってくれ」

「いいだろう。だがここに来たのには理由がある。わかるだろう?」


 村長は頷き、一人の村人を前に出した。リーアよりも若い少女だ。

 その首にかけていた半透明の青い石を藁で縛った首飾りをリーアに渡した。


「…たしかに。怪物よ。行くぞ」


 …怪物て。

 でもお目当ての物はちゃんと受け取れたらしい。俺たちは用を終え挨拶もなしに村をでた。

 ああ、挨拶の文化まだないんだっけ。


 少し離れた後振り返って村を見てみるとまだ村人は座り込み空を見上げていた。

 もうリーアのような者は出てこないだろう。きっとそうだ。


 村を後にした後、少しの間リーアは石を撫でていた。


「これはな。母が残した形見のお守りなんだ」

「そうなのか。取り戻せてよかったな」

「ああ」


 リーアは立ち止まって石を胸に当て空を見上げて、目を閉じた。

 祈ってるんだろう。

 何をかはわからない。でもいい顔をしている。

 村に入る前とは全く違う。ちゃんと決別できたみたいだ。


 これからは行く当てのない旅が始まる。


 俺一人じゃここまで進んでこれなかっただろう。リーアがいなければまだあの湖で暮らしていたと思う。

 連れ出してくれたリーアにはほんと感謝しかない。


 これから何が起きるかなんて想像がつかない。


「おい、何呆けてるんだ。早く来い」

「そんな急がなくたって時間はたくさんあるだろ?」

「馬鹿をいうな。今この時のも世界は動いている。見逃してしまえば一生後悔する」

「はは、リーアらしいな」

「わかったら早くいくぞ!」

「はいはい。そんな走ったら転ぶぞー」


 でも、二人ならきっと大丈夫だ



 第1章「転移と新しい人生」 終


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