第12話「研究と初めて」

 三月。


 まだ少し寒さが残っている。

 この世界――いやこの地域?はそこそこ冬が長いらしい。

 旅立ちの準備は…うんあんまり進んでない。

 学術的な本は出てくるのに生活に必要なものはてんで出てこない。

 だから今は時間の停止するインベントリに調理済みの食べ物をためている。

 それ以外はあれから特に変わっていない。

 俺は被服、リーアは研究だ。

 被服の技術はそこそこ上がってきた。

 レベルの概念が追加されてから少しして<被服LV1>というのが権能に追加されていた。

 今はLV2。どうやらこの世界のレベルは上がれば技術が上がるわけじゃなくて、どこまで成長したか指標みたいだ。


 で、リーアの研究だけど…。


「研究進んだ?」


 どうやら数日前から行き詰っているようで手が止まって考えることが増えた。


「ああ、魔法がどういう仕組みで発動しているかの理論は大体出来上がった…だが魔法使いでもない私がどうしたら使えるようになるかはまだ…」


 リーアの研究の最終目標は誰にでも魔法が使えるようにすること。

 俺も手伝っている(魔法を使うだけ)けど、それもなくなっていっている。


「はい、ココア」

「ありがとう」


 考え事には甘い物。リーアも甘いものが好きだしな。


「で?その理論ってなんだ?聞いてもわからないと思うけど聞かせてくれ。人に説明することで何か思い浮かぶかもしれないぞ」

「そうだな。ではこれを見ろ」


 リーアは机に重ねられた大量の紙の束から数枚取り出し俺の前に置いた。


「まず、この眼で視認した空気中に存在する物質…名を魔素とした。この魔素を収縮し変化させることで魔法は発動する……間違っているかもしれないがな」


 リーアは自信なさげに自嘲するように笑う。


「魔力の数値が変動するはその魔素を操ることで消費されていると仮定した」


 自分の中で生成したものを扱うってわけじゃないんだな。魔素ってのがあるんだな。この世界。


「なるほどな。で、その魔素を変化させて魔法として使ってるってことか?」

「いや、どうやらそうではないらしい。お前の話を聞いてその説も浮かんだが私の眼で見たところそれは間違いだと気づいた」


 真実の眼――リーアの魔眼はまた強くなった。俺の魔法を見続けたせいか人間だけでなく魔素の流れも見えるようになったらしい。


「魔法を発動する前、発動位置に収縮された魔素が空間に作用していることがわかった」

「空間に?」

「ああ、私の眼でも観測が難しいほどの歪み…いや亀裂と言った方がいいか」


 リーアは一枚の紙を前に出して指をさした。

 亀裂…空間に?…これ魔導を使ったときと同じなんじゃ――


「そこから漏れ出す何かを魔素が形作り、魔法として発動する…かもしれない。ということがこれまでの研究で分かったことだ」

「……その亀裂なんだけどさ。デカいのにちょっと覚えがある」

「なんだと!?ではこれはなんだ!!?それはどこにある!!」


 今まで静かに説明していたリーアが亀裂部分が書かれた紙を俺の目の前に出し、机に乗り出すほどに興奮した。

 かわいくはあるけどこのままじゃ話しにくい。名残惜しくも席に座らせた。


「リーアがここに来る前の…話だ。空に亀裂がはしったの村から見えたか?」

「それは…わからない。私は直接視ることはできない場所にいたからな。だが空に亀裂…魔法と同じような現象か?それも普通の人間でも見えるほどの…」

「ああ、大きさは…わからない。でもとんでもなく大きかったことだけはわかる」


 空間の亀裂だ。遠近感なんて仕事をしない。多分それが”ある”という事しか認識できていなかったと思う。でも俺にでも視認できるほど大きい物だった。


「それが何故できたかのかお前はわかるのか?」

「ああ、俺が出したからな。魔導って言うんだけど……魔法の上位互換って言ったところかな。魔法みたいに自在に操れるものじゃはなかったけど」


 あれを制御できるのは神様くらいしかいないんじゃないか?もしかしたら俺にもできるかもしれないけど練習できる代物じゃない。


「魔導…魔法の上位互換……」


 リーアはペンを取り、新しい紙に何かを書き始めた。


「その魔導とやらを使ったとき魔力はどう変化した?」

「いや…その…」

「見ていなかったのか…」

「ごめん…」


 あの時は止めるのに必死だったからな…小心者の俺にそんな余裕ないよ。


「気にするな。だったらもう一度使えばいい」

「それはやめておいた方がいいと思う。あれは軽い気持ちで出しちゃだめだ」

「そこをどうか!ちょっとだけでいいから!ほんの先っちょだけでいいんだ!」


 その物言いはどうかと思うが…。だけどこれだけ頭を下げられちゃな…心が揺らいでしまう。

 ……ま、いっか。リーアのためだし。

 火は確実にダメだろ?風も多分攻撃力的な意味で危なそうだし…。

 やるなら水か土か。


「わかった。じゃあ外出るか」

「感謝する!!」


 こんな興奮したリーア見るのはチルパ見せた時くらいだ。

 研究好きなんだな

 外はまだ寒い。防寒具をしっかり着用して外に出た。……もこもこのリーアカワイイ。


「さて、今回は水魔導を試そうと思うんだけど…」


 もしかしたらあの亀裂から大量の水が出てくるかもしれない。

 そしたらまた畑がおじゃんになる。

 家に水が入らないように魔法で覆っておくことにしよう。


「よし。いつでもいいぞ!」

「ははは」


 興奮して鼻から白い息が出てる。汽車さながらの勢いだ。


「行くぞ」


 ステータスを開き空を見上げて一点に集中する。


 <水魔導>


「空に魔素が収束していっている…それも大量に……」


 リーアの眼にはすでに何かが見えているみたいだ。

 流石の魔眼と言ったところか。


「ま、魔力の減りはどうだ?」


 …集中したいんだけどなあ。

 でもリーアの言うことを無下にすることはできない。

 ステータスの魔力を見て――


「…すでに五千万減ってる…」

「ごせっ!?な、なるほど」


 俺の魔力総量は八千万。

 それの六割ちょっとが持ってかれた。

 それだけじゃない、今も百万の位で増減を繰り返している。


 発動から八秒ほど経って、空が割れ火魔導の時と同じように別の世界への穴が開いた。


「海…か?」


 轟々と燃え盛る火魔導の世界とは違い、この世界は見渡す限りの海らしきものが広がっていた。

 奥に氷の大地が見える。


 数秒後、穴の淵から水が少しずつ垂れてきていることに気づいた。


「止めるぞ!」


 これはおそらく亀裂から大量の水が流れだすような魔導だ。

 その勢いが一瞬で陸地を海に変える物だとしたらまずい。


「ふぅ……どうだ?何かわかったか?」


 後ろを振り向くとリーアはすでに閉じた亀裂の方を見て口を開いてた。

 足元にはペンと紙が落ちている。


「大丈夫か?」

「あ、ああ。少し…酔ってしまった…」


 どうやら大量の魔素の波を眼で見続けたせいだろう。リーアはその場に座り込んだ。


「背負おうか?このままここにいちゃ風引くし」

「頼む」


 声に元気はないけど口元はゆるでいる。何かわかったみたいだ。

 家に入ったら暖かいココアでも飲ませて落ち着かせよう。


 厚着の下にある最近急激に育ち始めた柔らかな感触に浸りながら俺は家に向かった。


「スケベ」

「すみません」


 疲れてるんだから眼使うなよ…。


 酔いが落ち着いてリーアはペンを取り何かを書き始めた。

 その目は輝いて口には笑みがこぼれている。

 魔導。使ってよかったかもしれない。でもしばらくの間はまた封印だ。


「よし。わかった…が…」


 ご機嫌だった表情が落ち着いている。


「どうした?」

「魔法の亀裂の先…それはおそらく魔導で見た世界だ。そしてそれは魔素を使うことで開かれる」

「じゃあ魔法って魔導を制御して発動しているってことか?」

「いや、それなら制御している分魔法の方が魔力の変化が大きくなるはずだ。。魔導使用による膨大な魔力の消費、そして眩暈がするような魔素の収縮…。私の見立てでは魔導と魔法は規模の違いだけなのではないかと考えている」

「どっちも実は同じってことか。じゃあなんで分かれてんだろ」


 魔導も魔法もああいう世界から恩恵を受けて発動する物…と仮定すると亀裂が生じる現象にも説明がつく。


「規模が違いすぎるから分けた――…というのは安直だな。魔導とやらを創り出したのが願いを叶える神であるなら真意は分からずじまいという事か……」


 魔導と魔法がわかれているのは最初からだもんな。俺が付けたわけじゃない。


「だが訳もわからぬ存在の手のひらの上で転がされるのは癪だ」


 訳も分からんって…この世界想像した神様だぞ。…いやそもそも神様なんて概念ない説あるな。


「魔導は魔を導き、魔法は魔に法っとる…いや魔導に法っとると言い換えたほうがいいな。魔法の名の由来はこう考えるとしよう」

「なるほどわかりやすい」


 規模がどうのこうの言うだけよりこっちのがカッコいいな。中二心がくすぐられる。


「まあ、そんなこと考えたところで……」

「魔法使い以外が魔法を使う方法がわからないってことか」

「そうだ」


 魔導直接視てもわからないか…。

 不確定だけど理論はできてる…だったら――


「俺の世界の物語からなにか引っ張り出せないか試すか」


 この世界は向こうの世界だフィクションとされているもので出来ている。

 ならその知識も何かの役に立つかもしれない。


「行き詰ってしまったしな。それを聞くのも悪くない」


 悪くないって…。まあでも休憩のつもりで聞いてくれればいいか。


「魔法に関してはここの世界と同じようなせって――じゃなくて理論で物語ができることが多い」

「魔法がないにしては知識が豊かだな。お前が偏って詳しいのもそのせいか」

「この時代よりも何もかもが進んでるからな。知識がある分想像力も豊かだ」


 魔法を科学と置き換えたり、完全に新しいものを魔法としたり色んな物語がある。

 それが小説やアニメの世界だ。


「で、まずは魔法ってのがどう解釈されてるかって言うと――」


 それから数時間、紙にいろいろ書いてリーアにあれこれ説明を続けた。

 ちょくちょくリーアから質問がとんできたけどあんまり対応できなかった。

 このこ頭良すぎなんですけど。知ったかの俺じゃ理解してないところが多すぎる。

 そして数ある設定を話ているうちに一つの仮説が生まれた。


 魔法使いは体内にある何らかの器官が魔素を操る機能を持っていて、異界への扉(亀裂)を開けるにはそれが必要である事。

 そこからもたらされるモノを魔力という力で変容させ、魔法として行使しているという事。


「これなら魔導を使ったときに起こった五千万という魔力の減少とその亀裂を維持するために継続して魔力が消費されているのにも納得がいく。魔法はそれとは違い開ける亀裂も小さいため消費が少なく、主には変容させるために魔力は使われる。効果に応じて消費量が違い……威力、精度によっても消費量は変化する……」

「けどその仮説が正しければそもそも器官が無ければ魔法が使えない――…」

「だああぁ……」


 リーアは机に突っ伏し弱弱しい声をあげた。

 ただまあゼロからここまで持ってくなんて物凄いことだ。魔導を使ったことで見えたこともあった。少しは力になれた……でも最終目標には届かなかったか……。

 しばらくしてリーアはハッとしたように顔をあげた。何かひらめいたみたいだ。よし!何でも言ってくれ!


「そういえば触媒とか言う体外で作用させて魔法やら魔術を扱う話があったな」

「あー杖とか本とか指輪とか……宝石もそうだな。魔物とかダンジョン、迷宮からでる魔石を素材にしてる奴もあったか」


 でも今のところそれらしきものは見つかっていない。もしかしたら世界のどこかに存在してるかもしれないけど……。


「まて……。魔物がどんなものかは知らないが変わった現象を起こす生物が森にいるじゃないか……」

「あ――」


「シカだ!!!」

「シカ!!!!」


「今すぐ狩るぞ!!!!」


 俺たちは顔を見合わせ、急いで着替えて外に出た。


 シカ――この世界……この近辺に生息しているシカは角が鉱石らしきもので出来ている。だがよく見れば宝石と言えなくもない。

 外敵に見つかったらその角が強く発光させ目が見えなくなっているうちに姿を晦ます特性を持っている。

 発光する現象。それを魔法と仮定するなら触媒になるには十分なものだ。

 こんなことになるなら捌いた後残しておけば……全部ごみ処理の魔法で処理してしまった。


「いたぞ!あそこだ!」

「いえっさー!!」


 普通なら苦労するというシカも俺ならば一瞬で首を落とすことができる。

 でも今回は肉が目当てではないので角だけを切り取った。

 リーアは落ちた角を一目散に拾いに走る。こけるなよ……。


「あたりだ!魔素の流れが見える!!」


 今までで見たことのない笑顔だ。チルパの時よりも。

 まだ確定したわけじゃない。普通ならそう思う。

 だけど俺にはそれが見えている。


雪ジカの宝石ヅノ 良


”触媒利用可”



 そこから先は早かった。

 家に着くや否やリーアは服を脱ぐことなくペンを走らせ、また外に戻った。


「クリオラ!魔法は思い描くことで発動するんだったな!?」

「そうだけど…ちょっとは落ち着け」


 いつもは大人びているリーアだけど今はその面影が一ミリたりとも見えない。

 さながらテスト期間から解放された学生だ。


「最初は何を試すんだ?」

「風の魔法だ!空気の塊を木にぶつける!」

「気をつけろよー?」


 そういえば俺も最初はこんなだったっけ。

 憧れるしかなかった魔法が使える気持ちは痛いほどわかる。目の前で魔法を見続けたリーアは俺よりもその気持ちは大きいはずだ。


「では行くぞ!!」


 リーアは角を右手に取り目標の木に向けた。

 何の加工もされていない獲れたてほやほやの角だ。でもそんなのお構いなし。


 その時角に何かが集まるのが感じた。

 俺が氷を生成した時と同じ、魔導を使ったときと同じ感覚。

 魔素が集まっているんだ。

 角は薄く発光しはじめ、その先に目に見えるほどの風が集い始めた。


「…奇麗だ」


 そんな声がリーアのから漏れた。

 後ろから見ているから表情は見えないけど、多分いい顔をしている。見れないのが残念だ。

 魔力の収縮が終わったと同時に角を持ったリーアの右手が拳銃をうったように跳ね上がった。


「うわっ!!!!」


 集まっていた風の塊が目にも止まらない速さで目標の木に飛んで行く。

 直撃した木は根元から吹き飛んだ。


 反動でしりもちをついたリーアは角を両手でもち吹き飛んだ木の根元を見ていた。


「成功した…やった……」


 そう呟いて立ち上がったリーアは俺の方へ走り胸に飛び込んできた。

 勢いが強すぎてしりもちをついてしまった。

 胸と尻が痛い。


「成功だ!!できた…できたぞ!私でも…私でも魔法使いじゃない私でも魔法が使えた!!!」

「よか…よかったなああああ!!」


 自然と涙があふれてきた。

 仕方がない。うれし涙は流してなんぼだ。


「ありがとう。クリオラ。お前のおかげで私は夢を叶えられた」

「力になれたのならよかった。でもこれはリーアが頑張ったからだぞ」

「いいや。お前がいなかったら成就できなかった。これは二人の成果だ」


 リーアは俺の胸に顔を埋め強く抱きしめてきた。

 こういうのなんて言うんだっけ、女の子に信用されて感謝される……そうだ、男冥利に尽きるだ。どんとこい。いつまででも胸は貸してやる。


「……だがこれは魔法ではないな」

「え?どう考えても魔法だろ?」

「いや。私は魔法使いではない。それにこれはれっきとした新しい技術だ。そうだな…魔導は魔を導き、魔法は魔導に法っとる…では魔法を使うこの術を魔術と呼称するとしよう!」

「そりゃいいや」



 これが世界に魔術という概念が追加された初めての瞬間だ。




 のちにリーアはこう呼ばれることになる。


「始源の大魔術師」と――

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