第18話「依頼」
前回までのあらすじ
壁から俺を覗いていた首が口を開いた。
どうしよう。え、やばい。誰?
「あの…あなた誰ですか?」
そりゃ君もそう思うよね…。
茶髪に青に近い碧の瞳の少年。
俺たちの先人が二人いると言っていた。多分この子はそのうちの一人だ。そしてここは王宮の二宮。この髪と目。
絶対王族じゃん。絶対王子じゃん。
クファ 男 16
鑑定じゃ対象の役職はわからない。
でも確実に王子だ。俺の対人センサーが轟音を鳴らしている。
「あの…」
リーアで慣れたし一対一、それも少年とならって思ったけど言葉が出ない。言葉を発せない口はただコイが餌を求めるように動いているだけだ。
それに手が震える。体がこわばっているのを感じる。
「話せないのですか?それとも声が…」
俺は小さく頷くことしかできない。
「そう…ですか。では、はいの場合は縦に、いいえの場合は横に振ってくれますか?」
早く出ていってください……なんて言えないよな。
そんで王子っぽいし、ないとは思うけど相手しなかったら国外追放だーとか言われたら困る。
それにそうなったらリーアが落ち込む。まだ町の方見てないし。
はあ、わかったよ…。
「それでは、えっと…お客さんですか?盗人ではないですよね?」
んなわけあるか。
「へー、その格好からして高貴な身なり…ですが他国から使者が来るなんて話はなかった。てことは旅人ですね」
なんか全部ひとりで解決してら。高貴な身ではないけどそう思われてた方が後々特か。嘘だってバレることないし。でも他国か…この辺にはないって言ってたから大分遠いところにあるんだろうな。
「ですが、見たところ武器を持ってませんね。もしかして魔法使いですか?」
そうです。ちょっと違うけどそこまで言う必要ないな。
「そうなんですね!では魔法の話を――…話せないんでしたね」
少年は眉を落として苦笑いを浮かべた。
すまん。魔法好きなんだな。魔法使いか?…でもステータスに魔法の表記がない。リーアと同じで憧れているって感じか。
「父上も兄上も魔法の話はしてくれませんので…つい聞いてしまいました」
可哀そうになってきた。あとでリーアに頼もう。魔法じゃなくて魔術だけど人に教えるってのは新しいひらめきに繋がることがある。なんでもかんでも話すはずだ…いやなんでもかんでもはダメだな。話す内容相談しておくか。
「殿下~!どこに~?」
遠くから女性の声が聞こえてきた。世話係の人か?てかやっぱり王族じゃねえか。
「ああ、剣術の稽古に向かう途中だったのを忘れていました。私はもう行きますね」
そういって部屋の入り口から消えた。
と思ったら戻ってきた。
「私はクファと言います!またお会いしましょう!」
そしてまた消えた。走る足音が聞こえるから今度こそ戻ってこないだろう。
「やっといなくなった…」
「少しは話してやればよかったじゃないか」
「うわあ!!」
俺が呟いた瞬間、後ろからリーアの声が聞こえた。クッションに寝転がって様子を見ていたみたいだ。全く気付かなかった。
「いるなら助けてくれよ…つかいつ戻ってきたんだよ」
「忘れ物をして戻ってきたんだ。そしたら誰かと話しているのが見えてな、姿消しの魔術を使って忍び込んだ。久しぶりにあたふたしているお前を見れて楽しかったよ」
「いつのまに姿隠しの魔術なんて確立させたんだよ…」
リーアはいたずらに笑い、俺の肩を叩く。全く人の気も知らないで…。
「今後一人で話す機会も増えるだろう。アレと話す練習をするといい」
王子のことをアレ呼ばわり…そうでなくとも。
「人のことアレっていうのはやめなさい」
「う、すまん」
俺もそうだけどリーアも人と接したことは多くない。
それにリーアは長年虐待まがいな事を受けてきた。ちゃんとしたコミュニケーションを経験してきていない。できるだけ柔らかく接することを心がけさせないと。
「で?忘れものって?」
「紙と鉛筆」
「だめだろ」
「やはりか…」
この時代はまだ石板を使っている。絨毯を作る技術があるんだったら布とか皮とか書くものはあるんだろうけど俺たちが使っているのは真っ白な紙だ。流石に目立ちすぎる。
「そもそも許されると思ってなかっただろ」
「それはそうなんだが…」
好奇心には負けたってことか。
「姿消しを使ったとしても見破られない保証はないからな。資料に残すなら覚えて書くしかない」
「わかった…」
リーアはさっきとは違い、肩を落として部屋を出ていった。
しかたない。俺らが使ってる道具は何千年も先を行っている物が多い。
できるだけこの時代に合わせようとしてるけどまだ王子が言った通り高貴な身なりにしか見えていない。多分王子だけじゃなくて王様とか他の人たちもそう思っているはずだ。
「考えて雑にするって難しいんだよなあ」
とまあ、結論を出しているものを考えるのは時間の無駄だ。
今は服のことだけを考えよう。
辺りが暗くなってきたころリーアが戻ってきた。いろいろと調べ終わったみたいだ。
戻って早々周りを確認し俺に紙をせびった。
「中々興味深かった。ここまで大きな建物を初めて見たというのもあったがな」
鉛筆を走らせるスピードがいつになく早い。そうとう頭に叩き込んでたみたいだ。忘れないように躍起になってる。
今話しかけるのは邪魔になるな。手が止まってから話を聞こう。
いつも通りの空間になって大分心が落ち着いた。正直また誰か来るかもと被服に集中できないくらいに緊張していたからな。
これは慣れるのにかなり時間がかかりそうだ。
「先ほどの少年はまた来たのか?」
「いや来てない。王子様だし忙しいんじゃないか?さっきも通りがかっただけみたいだし」
「そうか。ここはかなり広いからな。ざっと見積もってもあの村と同じくらいはある」
村と同じ大きさの建物って…あの村はかなり小さいもんだったけどさ。さすが王宮ってとこかね。
「もしかしたら明日同じ時間に来るかもしれないな。…部屋から出るなよ?」
「わかってるよ…」
貴重な練習相手だしな。受け入れよう。
俺はリーアのコミュニケーションについて考えているけどリーアは俺のコミュニケーションについて考えてる……まあベクトルは違うから間違いは起こらないか。
「……誰か来る。大方書き終えたから入れておいてくれ」
「この短時間でよくここまで書いたな」
リーアから紙束を受け取ってインベントリに入れる。
インベントリもいろいろ改造した。初めはリーアの研究資料ってだけ表示されてたけど、それだけじゃ足りなくなって今ではパソコンのエクスプローラーみたいにファイルに分けて保存している。リーア専用だ。
スキルごと渡せればいいんだけどそれは禁止事項らしい。できなかった。
新しく”王宮”のファイルを作っているときに足音の主が部屋の入り口に立った。
キグディさんだ。
「お食事の時間です。陛下がお待ちになる前にご準備を」
「わかった。行くぞ先生」
その設定まだ続けるんだ。ま、いいけど。俺たちはキグディさんについて部屋を出た。
「この国はどんなものを食べるんだろう」
「わからない。でも市場を見た限り食材は豊富にありそうだな」
味に関してはわからない。
リーアが作るときはできるだけ調味料を使わないようにさせてるけど…王様の前でおいしくないとか言わないだろうな…。
目的地は玉座の間からかなり近いところにあった。岩を削って磨き上げたような長方形の長いテーブルに木製の背もたれ付きの椅子が食事の場だ。
王様はまだ来ていない。コップだけは置いてあるけど食器はまだだ。あとから運ばれてくる感じか。
「いいにおいがするな」
「本日は手間をかけよと陛下がおっしゃいましたので特別な日に出すものをご用意させていただきました」
特別な日ってそんな大層な…。
めんどくさいこと頼まれるのは確定したな。
勧められた椅子に座ってすぐに王様が顔を見せた。後ろに一人の男性を連れている。王様は座ったが、男はその隣に立ったままだ。
しばらくして次々と料理が運ばれてきた。
皿は金属製か?加工技術は進歩してるんだな。その上には肉、果物、野菜そしてパンが乗せられている。
パンってこの時代でも作られてたのか。そして飲み物…妙に泡立ってるぞ。なんだこれ。
「では頂こう。存分に楽しむといい」
王様はあの泡立った飲み物を一飲みし、食事が始まった。あの男のは――…あれ、いない。ただの付き人だったのか?先に下がったみたいだ。
「うむ、これは美味いな」
「料理人に腕をかけさせたのでな。口にあったのならよかった」
王様は優しくリーアのことを見ている。まるで娘を見るかのような父の目だ。
というか毒見もせずに口を――…いや、リーアなら運ばれてきた時点で見抜いてるか。
「食べんのか?」
今はそれどころじゃなし、俺は食べなくても腹は空かない。
「そうか」
「気になっていたのだが…どうやって会話をしているのだ」
そりゃそうか。普通ならわからないもんな。
「心を読んでいる」
リーアはまっすぐに王様を見つめ言い放った。口を料理で汚しながら…。
口を拭ってあげながら王様の返答を待つ。
「そうか、ならば初めて会った時から我の考えは筒抜けであったか」
半ば諦めるように王様は呟いた。
「であるならば。我が願いたいことを承知でこの場に来たと解釈してもよいな?」
「それでいい。先生はお人好しだからな。このような事態を見過ごしはしない」
「そうか。それは心強い」
俺の人間像どうなってんだよ。そんなご立派な意思は持ち合わせてないぞ。
「ではもうその話はしなくてもよいな」
「いや、貴様の口から話すのが礼儀というものだ」
礼儀はリーアが一番なってないと思うけどな…。
まあ頼み事を自分の口から話すってのは大切なことだ。俺が言えたことじゃないけど。
「そうだな、では話そう。…この国は数年前から大規模なモンスターの侵攻を受けておる。今は砦を築き魔法使いを筆頭に何とか均衡はとれているものの、いつそれが崩れるかわからないのが現状だ」
モンスターの侵攻――それはリーアに聞いた通りだ。魔法使いが対応しているのも知ってる。というか年の概念あるじゃん。あの村だけ文明どうなってたんだよ。なんか闇を感じるな……。あとマルティノス、お前は本当にろくでなしだ。
「始まって数年だ。年を重ねるにつれこの国は豊かさを失っておる。侵攻前は盛んだった漁業も今では海に近づくことさえ許されない。この料理に使われている塩も貴重なものだ」
料理に罠張ってたのか…。貴重な塩使ってやってるんだからなって。しかしリーアはこの話聞いても全く止まる気配ない…。わかってたけど食い意地すごいな。
豊かさを失っていると言っても全然町は栄えてたけどな…。数年前はあれ以上に栄えていたのか?
「今から三月ほど前、この侵攻の出所が全て同じ位置なのではないかという進言を受け、その場所に兵を派遣した。砦より東に一週間ほど進んだ森の中だ。モンスター避けの香、身を隠すための魔道具。迷宮から手に入れた武具の数々。兵も迷宮探索を主とする強者ばかり…だが帰ってきたのは血まみれで息絶え絶えの若い兵一人だ…」
全滅か。モンスターがどれほどの数いるかわからないけど兵がいくら強かろうと結局数の暴力にはかなわない。
「若い兵が言うには森と海の境目、もとは海村だった場所に女が一人住み着いていたそうだ。危険だと注意に向かった兵はどこからともなく現れたモンスターに喰われ、それを皮切りに無数のモンスターが襲ってきたらしい。若い兵はまだ伝えなければいけないことがあったようだが事半ばで息を引き取った」
大量のモンスターの先に女が一人?そいつが元凶とみて間違いはない…でも目的がわからない。
兵士は何らかの忠告のために生かされた。って考えるのが普通か…。若い兵は何を伝えようとしてたんだ…?
……その女の目的が俺のように静かに暮らすことじゃないとしたら――
「人死にを快楽とした怪物――…」
「ああ、それが我らが出した結論。だがそれを解決するすべがなかった。そなたらが現れる前までは…」
リーアは結論を出した後、すぐに食べるのを再開した。
王様は真面目な話をしているっていうのに…。王様は全く気にしてないけどさ。
自分のを食べ終わって俺のを見てきたから皿を寄せてやった。
「この国の王として頼みたい。その力をもってあの怪物を討伐してはくれまいか」
王様は頭を下げそのまま止まった。答えを待ってるんだ。
まあ、話を聞く前から決まってんだけどさ。俺ら二人なら楽に片が付くだろうし。
な、リーア?
「いいぞ。その件私が片付けてやろう」
そうだな…え?今”私が”って言った?
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