第23話「スパルタと嫉妬」

 国を出て二日と少し経った。四時間後には砦につく。

 俺たちは砦へ交代に向かう兵二百と共にアダというデカいアルマジロみたいな騎乗動物に乗り移動している。


「魔術の理論は頭に叩き込んだな。では実践と行こうか」

「はい!師匠!」


 リーアとクファは絶賛魔術授業中だ。

 この二日、リーアが実際に魔術を見せながら座学をしていた。

 もちろん初歩的な物しか使わせていない。アダが驚いて進行が遅れてはいけないからな。


「クリオラ。クファの術具はどうだ」

「できてるよ。頭につける輪でよかったんだよな?」


 術具とは魔術を使うための触媒として利用可能なものを使いやすくしたものの総称だ。リーアが考えた。

 リーアの杖がその一つだ。


「ありがとうございます!」


 王様が頭につけていた物に寄せて作ってみた。王族らしく模様も凝った。それらしくなったのではなかろうか。

 帰ったら王様にも加工を頼まれるかもしれないと自負するほどの出来だ。


「父上や兄上と同じ冠…ようやく近づけた気がします」

「馬鹿をいうな。そういうことは魔術を扱えるようになってから言え」

「あはは…師匠の言う通りです」


 授業は結構スパルタだ。だけどクファは負けじとくらいついている。

 王様に啖呵を切った覚悟は本物みたいだ。


「えっと、まずは魔素存在を感じるところからですよね」


 クファは念を送るように両手の人差し指を王冠につけながら難しい顔をし始めた。


「まずは砂を出すだけでいい。成功すれば次だ」


 魔術はイメージの世界。この地に産まれたクファにとって一番イメージしやすいのは砂、リーアが土の魔術とカテゴライズしたものだ。


「魔素、魔素、魔素…うーん。やはり一筋縄ではいきませんね…難しい…」


 普通はできないよな。リーアには魔眼があったし日常的に俺の魔法によって生み出される魔力を見ていたからできたのであってクファにはその力がない。


「そうだな…クリオラ、魔法を見せてやってくれ。魔術より魔法の方が魔素の収束と変容がよく感じることができる。本当は魔導を見せたいのだが…あれは使えない」

「同感。じゃ、行くぞ。土属性の方がいいんだよな…じゃあ<土を生み出す魔法>っと」


 その名の通り土を出すだけ。俺が練習のため最初期に作った魔法だ。

 感じやすいようにクファの手の中に出した。


「こんな魔法もあるのですね…兄上たちは大規模な魔法ばかりだったので興味深いです」

「興味深いのは結構だが何かつかめたか?」

「すみません…何も…」


 あんまり威圧的になっちゃだめだよリーア…。


「そうか…。私は魔眼があるが…そういえばお前も魔素を感じたことがあるんだったな」

「まあ、あれを出したら否応にもな…」

「それもそうか…」


 魔導以外で魔素を感じる方法か……なんかあったっけな。


「あ、そういえば氷玉の実験した時いつもより強く感じたな」

「ああ、あの時か……」

「本当に申し訳ありませんでした」


 クファは何のことだと首をかしげている。

 俺がリーアをずぶ濡れにして、畑を壊滅に追いやった事件だ。あれは思い出すだけで気持ちが落ち込む…仲直りできてホントよかった。


「同じようにできるか?」

「そうだな。あの時は魔力多めに使ったもんな。魔素の流れもその分ってことか。ならこうして…」


 次は<土の玉を生成する魔法>だ。これなら硬さに集中させればこの狭い場所でも実験できる。

 魔力を一万ほど使ったころ、クファが何かに気づき口を開いた。


「…ひょっとしてこの色が変わっていくのが魔素ですか?」

「色?」


 俺は魔素を体感で感じることしかできない。”何かがそこにある”って感じだ。


「色…もしかしてクファは魔素を色で認識しているのか…?」


 リーアはじっとクファを見つめ始めた。魔眼でクファに何があるのか見ているんだ。


「…わからないな。お前は何かわかるか?」

「そういえばクファの事見たの歳と性別くらいだったな」

「なんの話ですか?」

「いやこっちの話だ」


 魔眼と鑑定についてはリーアと話し合った結果、他言無用をいうことに決まった。言い過ぎると自分のことを見られたくないと人が遠ざかって行ってしまう。王様にはバレてるけどリーアが釘を刺していたから大丈夫だろう。


 では失礼して…



クファ LV4


体力 79/79

魔力量 210/210


攻 12  魔攻 32

防 10  魔防 10


特殊

魔眼<識色>



「持ってるな。クファは多分俺たちとは違う世界が見えてるのかもしれない」


 詳しくは本人に聞かないとわからない…いや、何が違うのか本人にしかわからないから聞きようがないな。


「やはりか…では、今見えたものを魔素と仮定して魔術を使ってみろ」

「え、あ、はい。わかりました」


 俺たちの話を呑み込めないのは仕方ないとして…これで魔術が使えるようになるはずだ。


「色が変わるのが魔素から魔術に変わるってことなら……」

「魔素の操作は触媒を通さなければできない。クリオラが使ったのは魔法だ。私たちは触媒がなければ使えない」

「わかりました」


 しばらくして冠の方へ何かが集っていくのを感じた。第一段階は成功だ。


「あとは砂を出すことをイメージして…はい!……あっわわわ!!!」

「成功だな。だがイメージした魔術に対して使う魔力の量が多すぎる。魔素が変換されるより魔力を消費する速度の方が早い。覚えておけ」


 クファは手のひらに少し出すつもりだったみたいだけどとんでもない量の砂が噴き出てきた。

 見事に焦り散らかしている。


「わ、わかりました!で、ですがこれどうやって止め――」


 砂の噴水が止まると同時にクファの意識も途切れ、俺の膝の上に倒れこんだ。

 

 魔力量 0/210


 魔力切れだ。リーアも最初のころ調子に乗りすぎて何回も引き起こした。ちょっと休めば自然と回復する。俺ほどではないけど。


「この感じ懐かしいな」

「……そうだな」


 リーアは何故かムスッとしている。弟子の成功を祝わうところだぞここは…。

 クファのことを見てるのはいいとして。もしかしてこんな簡単に魔術を覚えられたことにすねているのか…?

 と、そこで俺はあることに気づいた。よく観察してみると視線の先は俺の膝だった。


「なんだ?嫉妬か?」

「知らん」

「お互い様だ」


 心配しなくても今は貸しているだけで本来の所有者はリーアだけだ。


「お互い様だというならあとで地面に座ってもらうからな」

「…仕方ないかあ……」


 初めての嫉妬…嬉しい。

 なんて考えていると大きい方の杖で小突かれた。イタイ…結構頑丈なんだぞその杖……。


 それから三十分ほど経ってクファが目覚めた。魔力が半分回復したら目が覚める。

 魔力は消費すれば消費するだけわずかに最大量が増加することがわかっている。。

 加えて、魔力切れを起こした時はいつもより少し多く増加するというのがリーアの研究で分かったことだ。

 だけどデメリットが一つだけ……。


「気持ち悪い……」


 酷く酔ってしまうことだ。”魔力酔い”と名を付けた。


「起きたな。ではもう一度やれ。魔力は使えば使うほど最大量が増加する。魔素の制御も忘れるな。さあ、やれ」

「わかりましたあ……」


 スパルタにもほどがある…潰れないかな?クファ…心配になってきた。

 でもこれは生死にかかわることだ。甘いことは言ってられないか。今向かってるの戦場だし。


「到着の一時間前には休ませてあげろよ?」


 当たり前だがクファはさっきより早く魔力切れを起こした。

 そして次はリーアの方へ倒れていく。


 二度目は許さん。

 

 寸でのところで肩を掴み生成したクッションに頭を乗せた。

 危ない危ない。

 はっ、とリーアの顔を見るとニヤニヤと笑っていた。


「嫉妬か?」

「うるせえ」


 そのあとも二時間ほど繰り返し休みを入れてあげることになった。


 ……リーアはその間俺の膝を枕にして寝ころびながら指示を出していた。



 あと少しで兵が待つ砦。


 戦場だ。

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