異世界魔術旅行~生ける屍と呼ばれていた俺は異世界に転移して生贄少女と共に世界を旅することにした~

凛月

プロローグ

 俺は生ける屍だと言われたことがある。

 完全に精神が死んでいるということではない。これは単なる比喩だ。

 現実社会で生きる人たちからすればそう見えるというだけ。

 俺、幸田健司はアラサー無職の引きこもりだ。


 親もいる。

 友達も少ないがいる。

 飯は何も言わずとも出してくれる。

 娯楽を咎める人もいない。

 だけどそれ以外は何もない。

 職は当たりまえのことながら外に出る勇気も親しい人以外と喋る勇気もない。

 何もない生活を繰り返した結果こうなってしまった。

 朝起きて飯を食って寝る。

 夕方に起きて飯を食って風呂に入る。

 気が向けばPCの前に座り、ゲームをする。

 ああ、友人とはそこで話す。一緒にゲームをしたりくだらない話を聞いたりするんだ。

 俺が体験したことのない仕事の話や女の話をただ相槌をうって聞いているだけ。


「お前は働いてないもんな」

「お前の生活が羨ましいよ」

「俺もそんな生活してみたいわ」

「仕事辞めて見っかな~」

「親のすねかじりて~」


 なんて言われることもある。

 でも俺はそれが苦じゃなかった。そう思える友人だから。

 こんな俺でも見据えないでいてくれる友人達だから。

 一番つらいときにそばにいてくれたのもあいつらだ。

 それは家族も同じ。

 家のことも手伝わない俺を咎めたりはしない。

 こうなる以前の俺と同じように接してくれている。


 だから俺は今の生活に。

 無気力な生活に。

 ただ時間を浪費する生活を享受してしまっているんだ。




 ”精神障害”



 大人になってそう診断された。

 症状は全て軽いものだ。

 だけど、それまでの人生を振り返ってみると絶望するしかなかった。

 知らないほうがよかった。そう思うくらいには充実していたんだ。

 原因も些細なものだ。特段注視すべきではないモノ。

 だけど壊れてしまった。

 そして壊れてしまったものはそう簡単には治らない。


 だからこうなるまでそう時間はかからなかった。

 何を間違ったのか。それはわかっている。

 なぜこうなったのか。それもわかる。

 なぜ前に足を踏み出せないのか。それもわかっている。

 それでも俺は歩んできた道の端に座り込むことをやめられない。


 人生がやり直せるのなら、と考えたこともある。

 だけど今の俺が時間を遡ったところで自分の力では到底どうにもできないはずだ。


 じゃあ、どうすればいいか?わかっていればこんな俺はもういない。


 一人になって自問自答していたら気づけば朝になっている。


 今日もそうだ。

 俺はベットに潜り明日を待つ。

 そういえば眠りが深くなるようにって睡眠導入剤を処方されてたんだっけ。

 明日はもしかしたら何か変わるかもしれない。

 そう思って錠剤をのみ明日に向かった――




「ぱっぱかぱーん!!こんにちわ!!」


 気づけば真っ暗な世界にいた。

 人が一人立っている。光源もないのにどうやって見えてるんだろう。

 ああ、夢か。初めて飲んだから変わった夢でも見てるんだ。


「夢じゃないよ?」


 夢だよ。手術した時もこんな夢を見た。その時は爺さんとあと二人だったっけ


「うーん。それは夢だけど、これは夢じゃないよ」


 嘘つけ。前のみたいに詳細はメールで送るとかわけわかんないこと言うんだろ?

 たしか…君は異世界転生に選ばれた!とかそんな変な夢だった気がする。

 我ながら変な夢を見たもんだ。


「いやいや、何それ。そんなこと言わないよ。でもそうだなあ…うん、夢だと思ってくれても構わないよ。だから君がこれからどうしたいか聞かせてくれよ」


 どうもこうもない。同じような生活をずっと変わらず死ぬまで続けるだけだ。


「夢なんだから夢見たっていいじゃないか」


 …夢か。何も思いつかないよ。そういうところまで来ちゃってるみたいだ。


「そっか。でも今の生活に満足してないんでしょ?じゃないと君は僕と出会えてない。僕は願いを叶える神様だからね。君にはなにか願いたいことがあるはずだ」


 そうだな…外に出たい。こんな真っ暗な部屋じゃなくて自然に触れあいたい。


「うんうん、それで?ほかには何かある?」


 丈夫な体が欲しい。病気もケガもしたくない。食事も風呂もしなくていい体がほしい。


「そうだね。ほかには?」


 …


「いいじゃないか、これは夢なんだ。言うだけただってもんでしょ?」


 …たい…。


「ん?」


 生きたい!


「…」


 生きたいんだよ…こんな死人みたいな生活でも。死にたくない…。

 もっと世界を見てみたい。

 もっといろんなことをしたい。

 夢の中ではいくらでも言えるさ…でも、でも現実はそううまくいかない。

 そう思ったって自分ではどうにもできないんだよ…。

 甘えだってそう世間はいうけどさ。仕方ないじゃないかできないんだから。

 医者にあれこれ言われても結局行動に起こせないなら意味がない。

 もし、もしできるのなら真っ当に生きたい。


「そうかい。そうだね。うん、君の願いはしかと受け取った。君には僕の世界を一つあげよう。その世界で自由に生きるといい。君の要望通りの肉体を再構築して創り替えてあげる」


 はは、そりゃいいや。


「ああ、それから僕の権能の一部を使えるようにしてあげよう。これは素直に気持ちを言ってくれたオマケね」


 わかった。じゃあメールで送っといてくれ。忘れないように見とくからさ。


「だから夢じゃ…まあいいや。起きたら全部わかることだしね」


 ああ、起きたらまたあの俺に戻るだけだ。


「そう悲観しないでよ。…そうだなあ、もし本当に死にたくなったら電源が落ちるように死ねるスキルを与えておくよ。これを使えば正真正銘の終わりだからね」


 生きたいって…いや、それがあれば死も怖くないかもな。


「使われないことを願うよ。僕が願ってどうすんだって話だけどね!」


 ははは。


「今後は一切、僕と繋がることはできない。自分の力で歩んで、自分の力で生きて」


 ああ。


「それじゃ。ばいばい。がんばって」




 神とやらがいなくなってすぐ目が覚めた。

 木々がざわめく音が聞こえる。近くで水が流れる音も鳥のさえずる音も。


「まぶし…」


 頭の上では太陽が輝いている。快晴だ。


「夢か」


 夢から覚めたわけじゃない。

 別の夢に切り替わっただけだ。

 でも、心地いい。きっと明日は目覚めがいいだろう。

 また寝転がり、瞼を閉じた――

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