第27話 裏切者
ソーマを殺す。
かんなが決めたこの戦いでの一番の優先順位は、それだった。
けれど、想像以上にめいの聖なる光は強力で、かんなの生ける屍など、まるで歯が立たなかった。
ソーマを倒せるのは、聖騎士グレアムだけだ。
かんながめいを引き付け、その隙にグレアムをソーマにぶつける。
ソーマの周りには、アルファレド神殿の精鋭の騎士たちがおり、さすがのグレアムも少してこずっているようだった。グレアムの大剣の一打を、数人がかりで受け止めている。
(遅いです。まだですか⁉)
かんなは、ちらりと王城の方に視線を向ける。余裕の表情を浮かべながらも、かんなは内心かなり焦っていた。
めいは再び受けた洗脳により、かんなを傷つけることにためらいがなくなったようだった。光を宿さなくなったうつろな目は、かんなのことを見ているようで見ていない。
(あの神官っ。めいちゃんに洗脳なんかかけて! 殺してやりますっ)
めいの聖なる光をぎりぎりで避けて回復を繰り返す。しかし、時間稼ぎには限界がある。グレアムから受けとった魔力も底を尽きかけていた。
かんなは、めいがソーマとグレアムの戦いに介入することを避けるために手段を選ばなかった。子どももだしに使ったのは、効果的だった。
「かんなは私が殺す」
次の白光はよけきれず、とうとうかんなの左腕を炭化寸前まで焼けこげさせた。
倒れ込み、回復をかけるが、魔力が底を尽きかけて治りが遅い。
(まだ、来ないのですか?)
視線の先でソーマと戦うグレアムを見る。ソーマと一緒にいた騎士たちは全て倒れていたが、ソーマはまだ倒れていない。
「殺す」
めいの震える手が、胸の聖痕の前で組まれる。
めいには、いつか殺されるつもりだ。
でも、それは今ではない。
洗脳により正気を失ってではなく、自分の意思でかんなを憎みぬいて殺してほしい。
かんなは唇をかむ。
「そこまでだ。勝負はついた。双方、収めよ」
厳かな声が、その場に響く。命令することになれた、人に聞かせる声を持つ者だった。
(やっとですね)
金の髪に、ブルーグリーンの瞳。
(……同じ、色)
初めて会う人物だが、すぐにわかった。
彼こそが、アルファレドの国王だ。
「陛……下」
めいは、不思議そうに国王の顔を見つめた。
間に合ったのだ。
「グレアム……、あなたもやめなさい」
傷つき、倒れたかんなには小さな声しか出せなったが、グレアムは大剣を構えた手を下ろした。ソーマを倒すチャンスはこの先まだあるはずだ。歯がゆいが今は仕方ない。
国王の背後には、ティナの姿もある。ほっとしたように肩を下ろすティナに、かんなはほほ笑みかけた。
あらかじめ、ティナには王を連れ出すよう依頼しておいたのだ。国王はソーマと同じく精神魔法の使い手だという。めいが洗脳に犯されていたとしても、国王ほどの使い手ならば解くことが可能だという。
そして、もう一つ、彼にはここに来てもらった理由がある──。
「白光の聖女、矛を収めよ。戦意無き者に、アルファレドは刃を向けない」
「……裏切者は、殺さなきゃ……いけない」
国王は眉をひそめ、首を縦に振らないめいの手首をつかんだ。
「聖女よ。勲章はどこへやった」
「それ……は」
「めい様、聖騎士をお倒し下さい!」
離れた場所からのソーマの声に、めいははっと顔を上げる。
(王の命令に従わないというの⁉)
「ソーマ」
「聖女よ! やめろ」
王はめいの手首をつかんだまま、めいの額に手を伸ばしたが、めいは、王に力をぶつけて振り払った。王はうめき声をあげて数メートル先の地面にたたきつけられた。
「陛下! めい様、おやめください!」
めいはかけよるティナにも同様に力をぶつけ、退けた。ざざっと地面を滑る音と共にティナも地面に倒れこむ。
「めい様、聖騎士に聖なる光を!」
離れた場所では、めいに攻撃を求めて叫ぶソーマと、地面に剣を下ろしたグレアムが相対する。
かんなは地面に倒れ込んだまま、めいを見上げる。
(めいちゃん、だめ)
ソーマの声で、めいの瞳から、見る間に意志の色が失われていく。
≪≪聖なる光≫≫
空間を軋ませる不協和音と共に、白光が聖騎士を襲う。
よけて、とも、逃げなさいとも言う暇はなかった。
聖騎士の大剣を持った右腕が……消失した。グレアムはバランスを崩して地面に倒れ伏す。
ソーマの顔が、嘲笑の形に歪む。
「めい様、さあ、多くの同胞をその刃にかけた騎士を殺すのです」
≪≪聖なる光≫≫
グレアムの右足が消失する。
「まだです、めい様」
≪≪聖なる光≫≫
グレアム左腕が消失する。
「めい様」
「やめてっ」
かんなの叫びは、白光と轟音にかき消される。
≪≪聖なる光≫≫
グレアムの、右半身が消失する。
かんなはぎりっと音がするほどに唇をかむ。かみしめた唇から血の味がする。
すでにグレアムの体は、残っている部分の方が少なかった。
けれど。
グレアムの「残り」は、まだ活動をやめなかった。
うごめくそれは、人の範疇を越えていた。
「ああ、そういうことでしたか」
ソーマは、倒れたままのかんなに侮蔑の表情を向ける。
「高潔な人柄だと名高い聖騎士グレアムが、一般人の虐殺に手を貸すとは、おかしいと思いました」
とても残念です、と大仰に胸に手を当てる。
「ベルデ公国の召喚者、聖騎士団長グレアムは、『既に死んでいた』のですね。緑雨の聖女の傀儡となり果てて」
ソーマは、その手に光を宿す。
≪≪雷の閃光≫
雷に打たれ、その肉塊は動かなくなった。
「めい様、緑雨の聖女は、親友だと信じていたあなたを裏切りました。それどころか、数々の非人道的なふるまいは、聖女と呼ぶに値しません」
ソーマは、めいのそばへと一歩一歩近づいてきた。
かんなは起き上がれなかった。魔力はとうに切れており、体のけがは治せていない。
「裏切者……緑雨の聖女……殺さなくちゃ」
めいはうつろな瞳のまま、胸の聖痕の前で両手を組む。
(ここまで、ですか)
かんなが味方と頼んだ者たちは、全て地に倒れ伏していた。
かんなはふっと力をぬくと、めいの方を見てほほ笑む。
「ふふっ、めいちゃんと殺し合いができて楽しかったです。ねえ、めいちゃん。めいちゃんのお母さんに、二人で帰るって約束しちゃったんです。約束は守らなきゃいけません。だから、絶対、私をめいちゃんのお母さんの所に連れて帰ってくださいね」
めいの行く末を見届けられないのは、心残りだった。でも、きっと大丈夫だと信じることにする。
(多分、王様がめいちゃんを助けてくれるはず。だって、めいちゃんは……)
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