第8話 襲撃

 めいとソーマが、外を見渡せる城壁の上へと駆けつけた時には、共同墓地から、多数の生ける屍が城門へと押し寄せていた。

 共同墓地に埋葬される遺体は、国境原野と違いまだ新しい。遺体の腐臭がめいのいる場所まで届く。

 城壁にはいくつかの投石機が準備され、矢を構える人々が立ち並んでいた。彼らの顔は一様に青ざめている。

(りこめっ。最悪な魔法使いやがって)

 国境原野で生ける屍と戦うのとは、明らかに違う。自分の親族の遺体が、敵となって現れるのだ。兵たちの士気も明らかに低い。

 何よりもめいが、彼らを親兄弟かもしれない生ける屍たちと戦わせたくなかった。

 りこの姿はまだ見えないため状況は把握できていないが、城門にせまる生ける屍については迷っている暇はない。

(聖女の光で焼き尽くされたのなら、あいつらは安らかに眠れるんだろうか?)

「でも、少なくとも、自分の子どもや孫となんて戦いたくないよな」

「めい様?」

「やるぞ、ソーマ」

 めいは両手を胸の前で組んだ。

 周囲の空間からエーテルを引き寄せる。

 響き渡るお決まりの不協和音だが、今回は、ぎしぎしと軋むような感じすらする。

(集まりが悪い)

 きっとりこが先に魔法を使ったため、エーテルが希薄になっているのだろう。

 魔力の方は十分だ。

 ソーマが眉をしかめたまま、めいの様子を注視している。きっと前回、魔力が足りないのを隠して無理をしようとしたのを気にしてくれているんだろう。

 めいは、ソーマを安心させるようにほほ笑むと、魔法を落とす位置を定めた。

 エーテルが少ないため、残念ながら、さほど大きな威力にはならないが、城壁を守るためにはちょうどいいだろう。

≪≪聖なる光≫≫

 かき集めたエーテルは、めいの体を触媒とし体内の魔力に火をつける。

 胸の聖痕で構築された聖魔法は、白光となって大地へ突き刺さる。

 城壁へ向かっていた死者の列は、めいの放つ光によって、薙ぎ払われ、その軌跡上にいたものは、跡形もなく消え去った。

(まだ三分の一ぐらいか?)

「めい様? 魔力は?」

「大丈夫。この威力ならあと何発かはいける」

 ソーマが眉をしかめる。

「しかしっ」

「大丈夫だ」

 前回無理したので、よほど信用を無くしてしまったらしい。

(過保護すぎだろ……でも、心配されるのは、悪くないかもな)

 めいは、そんなことを考えながら、生ける屍に向かい、続けて聖なる光を放った。


 その後、何発か聖なる光を打つことで、生ける屍の姿が大方片付いた。城門がわずかに開けられ、騎兵が斥候と残党狩りの為、街の外に出ていく。

 城門近くは、外に出ていく兵たちと、城門の中に避難した郊外に住む住人たちとでごった返していた。

「泥濘の聖女が見当たりません。この場で報告を待ちましょう」

「ああ」

 ソーマは、いったん状況を確認してまいります、とその場を離れた。

 めいは、どっと疲れが出て、用意された椅子に座り込んだ。

 めいは今日クリステラ王国の聖女りこを倒すつもりだった。

 聖なる光はまだ何発かは打てる。

 この城壁から見える場所にいるならば、そこに打ち込んで倒す心づもりだ。

(集中しろ。あたしは今日、りこを、失墜させる──あたしは今日、)


「めいちゃん」

 その時、だしぬけに耳元に懐かしい声がして、心臓が跳ね上がった。

 するはずのない声だった。

 でも、夢の中で何度も繰り返し聞いたその声を、めいが聞き間違えるはずはなかった。

 その声の主の笑う姿が鮮明に脳裏に蘇る。

(ありえない、きっと幻聴だ)

 振り返りたい思いにとらわれたけれど、すぐにそれがどれほどありえない事かを考えて、空しさに目をつぶる。

(そんなわけないのに)

 けれど、めいのすぐ横で、その声は続く。

「会いたかったです、めいちゃん。追いかけて来ちゃいました」

 その声は、記憶にある通り、めいを慕い、懐き、ずっとそばにいることを誓った親友のものだった。

(幻でもいい)

 確かめずにはいられなくて、めいは、がたんと椅子を倒して立ち上がった。

 めいのすぐ脇にいたのは、フードを目深にかぶり、マントで全身を覆い隠した旅装束の人物の姿だった。

 背中で両手を組み、前かがみでめいの耳元にささやきかけていた人物は、とん、と軽やかに一歩下がって距離を取ると、フードに手をかけた。

 めいはその姿を食い入るように見つめる。

 フードからさらさらと黒髪が零れ落ちる。

 二か月ぶりに見る姿は、めいの記憶にある通りだった。

 

「かんな」

 

 長い黒髪が美しい少女だった。

 輝くばかりの笑みは美しく、その口元は、いつもめいへの好意を語っていた。

 それなのに。


「会いたかったです、めいちゃん。でも、ごめんなさい。死んでくれますか?」


 艶やかに舞う黒髪に彩られたかんなの無邪気な笑み。

 

 ──その口から零れ落ちる言葉は、どこまでも残酷だった。

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