第15話 葬送

 めいは、そのままずるずると床に座り込んだ。

 いつの間にか、神殿に集まった市民たちは、全て床に倒れ伏していた。

 グレアムは、かんなのそばにひざまずく。

「ふふ。これで武器の準備はできました。めいちゃんは強いから、武器は絶対必要ですもんね」

「武器の……準備」

「そうです。準備万端です。だから、これから、殺し合いおもいでづくりはじめましょう?」

 かんなはにこりと微笑むと、両手で髪をかきあげるように首の聖痕に手を添えた。

 めいたちのいる空間に、鳴り響く不協和音。ぎちぎちと空間から引きはがされるエーテル。

 めいは首を振る。それが何の前兆かなんてわかりすぎるほどわかっていた。けれど、かんなのしようとしていることを信じたくなかった。

「めい様! 逃げないのであれば、戦うしかありません! エーテルを集めてください」

 めいはソーマのその言葉に首を振り続ける。

 

 ──かんなは、やさしくて、いつも私のことを一番に考えてくれる大好きな親友で。

 

 かんなは、空間から引きはがしたエーテルを、自らの体を触媒として体内の魔力と結び付け燃焼させる。めいの視線の先で、かんなは楽しげに、めいを見下ろしていた。

「緑雨の聖女を止めなくては!」

 ソーマは、かんなに魔法を打ち込む。けれど、それは、グレアムに難なく弾かれる。

 

 ──かんなは、私と母さんの事情を知っても離れていかなかった唯一の友人で。いつも私のそばにいてくれて。

 

 緑雨の聖女の首の聖痕は、泥濘の聖女から奪った、聖魔法「蘇生」。

 その首に集められたエーテルが、これから起きるそれを予感ではなく、事実として示していた。

「かんな。やだっ。私は戦いたくないっ」

 首を振り続けるめいを、かんなは、うっとりと、憐れむように見下ろす。

「ほんとに、ばかなめいちゃん」


 ≪≪蘇生≫≫


 そして、その魔法は完成した。

 両手をかかげるかんなを中心に、涅色の泥のような闇が発せられ、周囲の死体へとまとわりつく。

 神殿を埋め尽くす死体が、涅色の闇に導かれるように緩慢な動作で起き上がって、めいの方へと近づいてくる。

「めい様!」

 それでも、かんなと戦うことが受け入れられなかった。

「しっかりしてください! 説得は失敗しました! 彼女はあなたを殺そうとしているんですよ!」

 めいは、首を振る。

 

 パシッ──。

 その時、頬に痛みが走った。

 めいのフードの襟をつかんで、めいの瞳をのぞき込むのは、眼鏡の奥の青い瞳だった。

 くやしげに頬を歪ませてめいを見つめるソーマの表情に、初めて気づいた。

「周りを、生ける屍にされた市民たちを見てください。──マーサに、人殺しをさせるつもりですか‼」

 めいは、はっと顔をあげる。

 彼らは、何の罪もない市民だった。ただ、今日、聖女の回復の御業にすがりたくてここに足を運んだ、それだけの人たちだった。体に不調を抱えて人よりも大変な生活を強いられて、それでも明るく毎日を過ごしてきた、きっとそんな人たちだった。そして、そんな彼らを支えるために、誰よりも寄り添い力になってきた、家族たちだった。

 そして、そんな彼らの一番前にいたのが──。

(マーサ)

「天へ送って差し上げてください。めい様の聖なる光で。彼らに安らぎを与えてやってください」

 ソーマは、顔を苦しげに歪ませて、一番近くに来た生ける屍を雷で弾き飛ばした。ソーマも、殺したくないのだ。

(これは、あたしのせいだ。あたしが迷ったから)

 めいは、胸の聖痕の前で両手を組んだ。

 甲高い不協和音が鳴り響く。

 空間から、残り少ないエーテルを引きちぎる。

 強引に。容赦なく。

 今まで感じたこともないくらいの耳障りな音が脳裏に響く。

(エーテルが足りない)

 足りないエーテルは、自分の魔力で補う。それをするのは初めてなのに、息をするようにその方法がわかった。

 天井のステンドグラスが割れて天から白光が落ちる。

 ひとすじ。

「ごめんなさい」

 またひとすじ。

「ごめんなさい」

 そのたびに生ける屍は、一体ずつ、跡形もなく、焼き尽くされ昇華されていく。

 めいの頬にも一筋の涙が伝う。

 それは、まるで光の葬送だった。

 そして、最後の一人。

「マーサ。ごめん」

 白光は、少女の姿を、焼き尽くした。


 パチパチ。

 生ける屍が全て消え去ったその場所に、場違いな拍手がひびく。

「めいちゃん、すごいです。かっこいいです。でもでも、一番素敵なのは、めいちゃんの泣き顔です。すごくかわいくて、大好きなんです。私が泣かせてるんですよね。もう、最高の思い出ですっ」

 これは、いったい誰なのだろうか。

 自分の快楽のために、人を殺す、この彼女は誰なのだろうか。

 もう、めいの知っているかんなではないのかもしれない。

 壊れてしまったのかもしれない。

 でも。

(あたしも大概だな)

「なに笑ってるんです?」

「かんな、あたしはあんたと戦えない、そう思ってた。でも、勘違いだった。だって、戦うのと、殺すのって違うだろ?」

 めいは、泣きながら覚悟を決めた。

「あたしたちは、もう聖女になっちまったんだ。友達が悪いことしたら、お説教して説得して諭すけど、聖女の場合、きっと戦って、叩きのめしてわからせるしかないんだよ」


 ──かんなを叩きのめして、連れていく。


「あたしは、かんなをあきらめないよ。だから、戦う。戦って、叩きのめして、連れていく。かんなを魔力を使えないようにして、ずっとあたしのそばに置く。もう、魔力供給なんてさせない」

「何ばかなこと言ってるんですか? そんなことしたら、私もめいちゃんも、帰れないじゃないですか?」

「いいよ」

(それが、あたしの覚悟だ)

 めいは、笑った。

 笑って言えた。

 かんなのために、元の世界を捨てる覚悟を。

 かんなの顔が一瞬くしゃりと歪んだような気がしたのは気のせいだろうか。

「ソーマ、魔力供給を」

「グレアム! 魔力を」

 めいはもう、迷わない。

「めい様、直接聖痕に触れます」

「ああ」

 見下ろすソーマに、めいはうなずく。めいの聖痕は、胸の中心にある。本当なら、誰かに触らせるような場所じゃない。でも、この男なら許せると思った。

 ソーマの手が、ローブをかき分けてめいの聖痕に直接触れる。触れた途端に、熱がめいの体に潜り込んでくる。

「感覚を減衰させています。大丈夫ですか?」

 くらくらとするが、以前のようなおかしくなりそうな感覚はなかった。

「ああ」

 ソーマの魔力が流れ込んでくる。自分の中で受け止めきれなくて、あふれそうだった。

「受け入れてください。めい様。うまくやります。私を信じて」

「うん。ソーマ。お前を信じる」

 そう言葉に出すと、ソーマの魔力が、めいの体の中に浸透していくのがわかった。

「そうです。めい様。お上手です」

 ソーマの眼鏡の奥の青い瞳が、めいを見下ろしていた。

 力が抜けためいの体は、いつの間にかソーマの腕の中にあった。

 そして。

 真剣な表情で見下ろすソーマの口元が、次の瞬間、


 ──弧を描いた。

 

 どくん。


 心臓が大きく脈打つ。

 次の瞬間に、圧倒的な快楽が流れ込んでくる。

「が、は、ああああ……」

 波のように、めいの意識を押し流していく。

「やっと堕ちましたね。これで聖女は、私のものです」

「ソ……マ……」

「安心してください、めい様。ちゃんとしつけて差しあげますから」


 ──そしてめいの意識は暗転した。

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