第14話 血染めの聖女
かんなは、ソーマの魔法で体を動かせないグレアムに近づくと、その腕に手を添えた。
グレアムは、ふれられた腕に力をこめる。その腕が、めきめきとありえない力でソーマの捕縛を引きちぎる。ソーマは眉をひそめた。
縛り上げられた利き手が、血にまみれ、引きちぎられた。
ごとりと、剣を構えた腕が床に落ちた。
「あら大変」
体の自由を取り戻したグレアムは、床に落ちた腕を拾うと、引きちぎられた場所へと添える。
≪≪回復≫≫
かんなの声が紡がれるや、急速にその腕は元の状態を取り戻した。
グレアムがめいに対し、回復した腕で剣を振るう。
「めい様っ」
ソーマがめいの前に立ち、杖をかざして魔術の盾を作った。
「かんなっ」
「よく考えると、わざわざアルファレドまでいく手間が省けて助かりました。準備はまだあんまりできていないですけど、仕方ないですね。──グレアム」
かんなは再び元の調子を取り戻してそう言うと、前方を指さした。
その方向には、何もない。ただの、壁だ。
(いや、違う。壁の向こうには……)
「さあ、はじめましょう」
グレアムが、壁に向かい剣を振りかざした。剣が振りぬかれると、通路の壁が壊され、大きな穴が開く。その先は、先ほどまでめいたちがいた、神殿のホールだった。その奥には、今日三回目の回復の技を受けるべく集まった人々が大勢いた。
「何を……」
「だって、めいちゃんと戦うには、私にも武器が必要でしょ?」
かんなは、にこやかに彼らの方を振り仰ぐ。
めいは、困惑した表情を浮かべた人々の中に、松葉杖で立っている少女の姿を見つけた。足が不自由な宿屋の娘、マーサがこの場にいるのは、ごく自然なことだった。マーサもめいの姿に気がついて目を丸くする。
かんなは、聖騎士グレアムを連れて、神殿のホールへと軽やかに足を踏み入れる。人々は、異様な状況を感じ取っても、まだ状況を読めずにいた。
かんなはホールの中央へ軽やかに歩み出る。
「聖女様」
にこやかなかんなに、人々は不安を消し去り、尊敬の念をこめて仰ぎ見る。
(何をするつもりだ)
「グレアム」
ホールの中央でかんなは、大きく、天高く両手を広げた。
ステンドグラスで彩られた天井から光が落ち、天を仰ぎ見るかんなの頬を、鮮やかな光が彩った。
そして、彼女は自らをその
「殺して」
──聖女の顔で、悪魔の言葉を、自らの聖騎士に告げた。
「ここにいる人、みーんな、殺しちゃってください」
聖騎士にためらいはなかった。
一番そばにいた男の首に赤い線が走り、男の頭部は、ごとりと滑るように床に転がった。その首から噴水のように吹き出す血が、かんなの頬に、ローブに、跳ねた絵の具のような染みを残す。
「きゃあああーーーっ」
人々が悲鳴をあげ、出口へと殺到する。
かんなはその様子をうっとりと、まるでそれが心を奪われた芸術作品であるかのように見つめると、抱きしめた自らの体を震わせた。
「グレアム。きれいに殺してください。私、あんまり血は好きじゃないんです」
聖騎士グレアムは、黙々と人を切りつけていた手を止めると、大剣を手放し、腰からレイピアを抜き放った。
騎士はただ忠実に聖女の言葉に従い、逃げる人々の背を追い、逃げ惑う人々の心臓をレイピアで容赦なく突き刺し続けた。
妻をかばう夫を。
夫に取りすがる妻を。
子の命乞いをする母を。
母にすがりつく子を。
彼がレイピアを振るう度に、人々は、声を発しない屍となっていく。
めいは、その中に、一度群衆に紛れて見失ったマーサの姿を見つけてはっとした。足の不自由な彼女は、人々に踏まれ、ぶつかられ、ぼろぼろになって床に倒れこんでいた。片方の三つ編みはほどけ、恐怖におびえた目が聖騎士の手に持ったレイピアを見つめていた。
「マーサっ」
思わず駆け寄ろうとして、ソーマに腕をつかまれる。
「めい様、約束です。引きましょう。もう無理です。緑雨の聖女はもう話が通じない」
「放せ! マーサがっ」
「駄目です!」
ソーマに羽交い絞めにされて動けないめいの目の前で、グレアムは、レイピアをマーサに向けた。
(やめろ)
グレアムは、レイピアの切っ先を下げた。
床に置物のように倒れた少女の胸元に狙いを定めて。
マーサは、めいに気づいたのか、こちらに顔を向ける。
恐怖におびえた顔が助けを求めるようにめいの方を見つめた。
(やめろ)
なんでもないことのように、聖騎士は、軽く手首を返す。
「やめろーーっ」
めいの体から白光がほとばしる。
聖騎士は、それにちらりと目をやると、体をひいた。
軽く体の向きを変える。ただ、それだけだった。
めいの白光はなんなくかわされ、壁に穴を開ける。
そして。
──さくり。
聖騎士の右手が動く。
その先を見たくなかった。
めいのよく知る少女の胸にうまった、剣の先を。
聖騎士のレイピアは引き抜かれ、少女の瞳からは急速に光が失われ、その体は床に倒れ伏した。
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