第19話 どれほど熾烈で残酷で凄惨でも

 そして、一か月。


 かんなは、異界へと召喚された。




 複雑な模様の光の環が足元に現れ、その強烈な光は、唐突にその明るさを失った。


 目が慣れると、そこは、石造りの十メートル四方の台座の上だった。


 周囲には、中世の貴族のものと思しききらびやかな衣服を着た人々が台座を囲むように立ち、制服姿のかんなを見つめていた。


 手が震える。心臓がばくばくいう。


(とうとう、来ました)


 めいの母にもらった魔力供給石の位置を確かめる。


「お迎えできたことを光栄に思っております。ようこそ、ベルデ公国へ。聖女さま。私は聖騎士のグレアムと申します。聖女様をお招きした召喚師でもあります」


 かんなのそばに歩み寄ってきたのは、中世の騎士のような格好をした青年だった。繊細な刺しゅうを施した白いジャケットに、白いズボン。体の片側にだけ、青いマントをまとわせている。短く刈った群青の髪に赤い瞳。精悍な容貌は人目をひく。


 グレアムは片膝をつき、かんなの手をとり頭を垂れる。


『召喚者を、信じてはいけないわ』


 かんなの母の言葉が脳裏に警鐘を鳴らす。


(落ち着いて。最初が肝心だから。舐められないように)


 かんなは、めいに教わった自分が一番きれいに見える笑みを浮かべた。


 見上げる男の目が、熱に浮かされ、崇拝をたたえているように見えようと関係なかった。


 かんなはこの世界の人間なんて誰も信じない。利用するだけだ。




 かんなには、その場でこの世界に召喚された理由が告げられる。隣り合う二か国で既に聖女が召喚されており、その抑止力としてかんなを召喚したというものだ。


(きっとどっちかがめいちゃんです)


 すぐに隣国の様子を聞きたかったがぐっとこらえる。かんなが元の世界に帰る方法はあるというが、他の聖女を倒さなければ帰れないということは伝えてこないので、かんなも知らないふりをする。


 決められた段取りをなぞるかのように、軍務大臣だと名乗る男が、この国や聖女の在り方、聖女が持つ聖魔法の話をする。そして、かんなの持つ聖魔法が、召喚者であり聖騎士でもあるグレアムによって告げられた。召喚者は聖女の魔法を見ることができるのだ。


「かんな様の聖魔法は……『回復』です」


 回復。それがかんなの持つ魔法だった。


 周りから落胆のため息が漏れる。かんなもぎゅっと唇をかむ。


 召喚された聖女に授けられる聖魔法のうち、それは最弱の魔法だった。過去、その魔法で聖女戦争を勝ち抜いた者はいない。めいの母から得た知識だ。


(聖なる光か魅了がよかったけれど、問題ありません)


 自分の運のなさを嘆くことはしない。ちゃんと、こうなった場合も想定してきた。


 落胆した様子を隠さない貴族たちに対し、聖騎士グレアムだけは、そのような態度を全く示すことはなかった。かんなに恭しく話しかける。


「ご心配には及びません。私をはじめ、聖騎士団が聖女様をお守りいたします。私が聖女様の盾となりましょう。何も心配されることはありません」


 不安げに見える異世界から召喚されたばかりの聖女に対して、彼の申し出は、騎士道精神に満ち溢れた立派なものだった。


 かんなは、切なげにほほ笑んでみせた。


(でも、私には盾なんて不要なんです)


「ありがとうございます。とても心強いです。でも、この国の皆さんは心配ですよね。皆さんのお話だと、聖女は強い力を示して抑止力にならないといけないんですから」


 期待に応えられないと申し訳なさそうな顔をするかんなに、落胆して見せた貴族たちは、ややばつの悪そうな顔をした。


「いったいどうしたら皆様のお役に立てるのでしょう……そうだ、いいことを思いつきました」


 かんなは今気づいたというように、両手を胸の前であわせた。


「抑止力なんて言わずに、その相手の聖女を倒しちゃえばいいんです」


 ざわりと場が乱れる。


 かんなは、弱い聖魔法しか得られなかったときのことも、召喚される前から考えていた。


「私が召喚されたという噂が出回る前に先手必勝です。その聖女とやらを倒しに行きましょう!」


「しかし、聖女様。戦いは、ときに熾烈なものとなります」


 眉をしかめる騎士に、かんなは無言で近づいた。


 じっと見上げると、グレアムの赤茶の瞳が戸惑ったような色を浮かべる。きっとこの騎士は、聖女を守るという己が務めを果たすべく、信念に基づいて行動しているのだろう。


(でも、そういうの正直──めんどくさいです)


 かんなは、グレアムの腰から剣を抜き取った。


(私に盾なんて必要ないんです──私に必要なのは、剣だけ)


 聖魔法の使い方は、この世界に来た時からわかっていた。


 恐れはない。


 だから。


  ──その剣で、自分の腹を突き刺した。


 


 まるでそこに体中の熱が、集まったかのようだった。


 痛みに耐えるために、かんなはぎりっと唇をかんだ。


「聖女様っ、一体何をっ。医者をっ」


 グレアムは、かんなの手から剣を奪い床に投げ捨て、かんなの体を支えようと腕を伸ばした。かんなはその手を振り払う。


歪みそうになる顔を、必死に笑みで覆い隠す。制服の白いシャツが血で染まり、押さえた手の隙間から血がぽたぽたと床に垂れていく。


 誰もが、異様なものを見る目でかんなを見ていた。


 かんなは目を閉じ、自分自身を抱きしめた。


 その手を体に滑らせながら、自らの魔法の源を探る。


 ここだ。ここに聖痕がある。


 太ももにある聖痕に手を重ねると、そこから魔法を引き出していく。


 


 ≪≪回復≫≫


 


 空気中の何かを引きはがす不協和音の後に、淡い緑色の光がかんなの体を包む。傷は瞬く間にふさがっていく。


 かんなは、にっこりとほほ笑んだ。


「聖女の魔法ってすごいですね、完璧に治っちゃいました!」


 呆然とかんなの様子を見る周りに対し、血だらけの手を掲げて見せた。


「どれほど熾烈で、残酷で、凄惨でも、大丈夫ですよ。私が治しますから」


 そして、かんなは、聖騎士の精鋭部隊とともに、りこのいるクリステラ王国への潜入を決行した。


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