第四章 めい

第29話 かまってちゃんのめんどくさい奴

 めいは知っていた。


 そいつは、始めからめんどくさい奴のにおいがぷんぷんしていた。


 ちょっといい顔をするとずかずかと踏み込んできて、べったり依存するかまってちゃんのにおいだ。




「めいちゃんめいちゃん、こんにちは。偶然ですね」


(いや、おかしいだろ。何考えてるんだよ、こいつ)


 かんなと街中で偶然会うのは、今週で三回目だった。


 かんなの学校とは学区こそ一緒だったが、学校も違うし使う駅も違う。そんなに一緒になるはずがないのだ。


「どこ行くんですか。私も行先同じなので、一緒に行っていいですか?」


 周りの子たちの嫌そうな視線に気づかないんだろうか?


 かんながくると、雰囲気が殺伐とする。


「めいちゃん、めいちゃんと髪飾り、お揃いにしちゃいました。一緒に写真撮っていいですか?」 


 あれもこれもとめいの真似を繰り返す。


「素敵なもの見つけたんです」


 昼夜かまわず連絡してくる。


友達がいなかったというかんなは、人との距離感が間違っている。


「めい、あの子、気持ち悪いよね」


 思った通り、めいの取り巻きの少女たちの印象は最悪だった。




 始めに思っていた通り、かんながめんどくさい奴だとわかるのにさほど長くはかからなかった。


 めんどくさい奴だとわかっていたのに、あの時はつい友達になると言ってしまったのだ。


(あまりにも必死な表情で追いすがってきたからさ)


 必死な顔を見て少しほだされてしまったのだが、やはりすぐに後悔するはめになった。




 めいは、自分で言うのもなんだが人気がある。


 さばさばした男勝りの性格とかわいらしい容姿。女子高というのもあってたくさんのかわいい崇拝者がいる。


ちなみにめいのかわいらしい容姿にひかれてくる男ももちろんいるが、そういう男は、たいていその性格とのギャップに幻滅してすぐに去っていくから、あまり問題ない。


 そんな大勢の崇拝者を抱えるめいだから、時には、ライン越えしてくるめんどくさい輩にもつきまとわれる。


内心めんどくさく思っても、めいは女の子を邪険に扱うことはできない。


 めいは基本フェミニストなのだ。




 だから。


 めいがそんな子たちに一つだけ試すことがある。


「なあ、うちに遊びに来るか?」




 その日は、荒れるのがわかっていた。


 母が、一年に及ぶ神隠しの末、再び発見された日だったからだ。母に言わせると、この世界に戻って来た日で、別の世界で信じていた相手に裏切られて、全てに絶望した日だった。


 母は、自分が異世界にいたという妄想をずっと繰り返しているのだ。


(ひどい男に騙されて、妊娠させられて、その挙句に捨てられて追い出されただけだろ)


 めいには、自分にその男の血が混じっているんだと考えると吐き気がするぐらい気持ち悪かった。


 だから、自分が大嫌いだった。


 そんな父に似ている部分は、自分の人生からできる限り排除してきた。


 例えば人間性。だまして、捨てるなんて最低の人間にはならない。


 例えば外見。父の外見なんて知らないから、できる限り母に似るように、母に似た部分が強調されるような化粧や髪形にした。


──瞳の色も含めて。




 かんなを連れて小さなアパートに帰ると、母は、壊れ、散乱した物の中に埋もれるように座り込んでいた。家中のものを手当たり次第に投げて壊し、疲れ果てていたのだろう。呆然と壊れたものの中に座り込んでいた。


「ただいま、かあさん」


「誰?」


「今日は、友達を連れてきた」


「ああ、あなたなのね。顔をよく見せて。私を迎えに来てくれたのね」


 めいの話なんて聞こえていない。そしてまたいつもの妄言が始まった。


(よくなってきてるのに、この日はいつもこうだ)


 めいの頬を押さえ、目に指を突っ込んで、瞳をなでるように、カラーコンタクトを無理やり外す。


 もう慣れっこなので抵抗はしない。


「素敵な瞳ね」


 めいは、そう言われる度に、この目をつぶしたくなる。




「こんにちは、めいちゃんのお母さん。私、めいちゃんの友達の、水瀬栞奈(みなせかんな)っていいます。よろしくお願いします」


 そんなめいの心情を知ってか知らずか、かんなは、そんなめいの家の異常な様子に全く動じずに挨拶をしてきた。


「めいの、お友達?」


 母の顔に、急速に正気が戻ってきた。


「まあ、よく来てくれたわね。うれしいわ」


 ほんの少しだけ、母親の顔になる。


「あの世界のお話をしてあげるわね」


 ……ほんの少しだけだった。


「はい、楽しみです。あ、でも、ケーキ買ってきたんです。一緒に食べたいんで、座れるように少し片づけていいですか?」


 


「じゃ、魔力はあるのに魔法が使えない人がいるんですか?」


「そうなのよ。不思議だったわ」


(なんでこんなに楽しそうなんだ? 普通、間の悪い時にお邪魔しちゃいましたっ、とか言って逃げ帰るだろう⁉) 


 かんなは逃げなかった。


 足の踏み場のなかった家をほんの少しだけ片付けると、なんでもないことのように、座ってお茶をし始める。


 かんなはその日、ケーキを食べて会話をした後、ちらかった家を一緒に片づけて帰っていった。




 その後、かんなは頻繁にめいの家を訪れるようになった。


 話を聞いてもらえると、人は精神的に落ち着きを取り戻すのだと言う。


 めいの母が、穏やかに日々を過ごすのは、間違いなくかんなのおかげだった。




「あの、ずっと言いたかったんですけど、めいちゃん、どうして目のこと、隠すんですか?」


「だって、あんな色! ……変だろ」


吐き捨てるように言おうとしたのに、思ったより語尾がしぼんでしまった。めいがそう言うと、かんなは不思議そうな顔をする。


「この前、少しだけ見ました。素敵でした」


「そうよね、素敵よね。そんなかんなちゃんに、じゃーん、見せてあげます。秘蔵の、めいの赤ちゃんショット」


「え? 赤ちゃんめいちゃん?」


「もちろん、瞳はブルーグリーンよ」


「恥ずかしいから見せんなっ」


 赤ん坊の頃の写真をかんなに見せようとする母親から慌ててアルバムを取り上げる。


「めいちゃんの目、見たい」


 キラキラした目で見つめられて、いつもはカラーコンタクトで隠している瞳をかんなにだけは見せてしまった。


「ブルーグリーン」


 うっとりと見つめるかんなの目の方がきれいだった。




 依存体質のかまってちゃんだって?


(依存してるのは、どっちだよ)


 いつからか、めいの中でかんなの存在は変わってしまっていた。


 めいの行く先々に現れて、めいと同じものを揃えて同じことをしたがるかんなは、主人に懐いてくる犬みたいでかわいい。


 自分だけを見てほしいと猛烈にアピールするかんなには、逆にめい以外を見てほしくなかった。


 褒めてほしくて、めいのために人の迷惑を考えずに行動してしまうところは困りものだが、だからこそめいが見張っててやらないといけないと思った。


 本当にどっちが依存しているのかわからない。




 かんなにもっとそのことを言ってやればよかったと思う。


 でも、言わなくてよかったとも思う。




 あの頃のめいは、母の言う別の世界のことなんてこれっぽっちも信じていなかった。


 信じるかんなは馬鹿だと思ってた。


 今でもそう思ってる。


 


 かんなは、母の言うことなんて信じちゃいけなかった。


 信じて、この世界に来るなんて、ほんとに大馬鹿だ。



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