第28話 聖女失墜
「目を覚ませ」
その時だった、めいの背後から、めいの組んだ両手に手を重ねる者がいる。
「へい……か?」
「洗脳は、相手の精神支配の魔力をその身に受けることで効果を発する。支配を解くには、魔力を放出すればいい。魔力を放出せよ」
「陛下。お待ちください。めい様に、まずは、緑雨の聖女を倒させてください」
「ソーマよ。言ったはずだ。戦う意思のない者にアルファレドは刃を向けぬと。それに、私はそなたに聖女の洗脳を許してはいない」
「めい様は、洗脳なしに聖女を殺せませんでした。私は国益を優先させたまで」
「その責は後で問う。聖女よ、魔力を放出せよ」
ソーマは憎しみに満ちた目で王を見つめた。そして、王を見下したように笑う。
「陛下、少しお静かに」
≪≪捕縛≫≫
王の体が動きを止める。
「ソーマ!」
「そうですね、めい様。確かに陛下の言葉には従うべきでしょう。魔力がなくなって、犬のように私に魔力を乞うめい様も見てみたいですし」
ソーマは、めいの正面に立つと、その顎を持ち上げた。
「めい様、では、倒れた緑雨の聖女に向かって魔力を放出してください」
めいの体が、その言葉に体を震わせる。
「いや……だ」
「力を放出なさい」
「あ……あ……」
エーテルを引きちぎる不協和音が辺りに響き、めいは胸の聖痕に爪をたてた。
「さあ、めい様」
「いや、やあーーーーーっつ」
天から落ちるまばゆい白光が、ソーマとめいの頭上に落ちる。
「ぐあああああっっーっ」
ソーマの絶叫があたりに響く。その半身は焼けこげていた。一方で、めいの体には傷一つついていない。
「くそっ。くそっくそっ‼」
ソーマの瞳には憎しみの表情が浮かぶ。
「役立たずめっ。誰も殺せない聖女など必要ない。ははっ、そうだな。聖女戦争は、やり直せばいい。お前たち二人とも殺して、新しい聖女を召喚すればいい」
ソーマは、狂気に満ちた笑い声で、その手をめいの聖痕へと伸ばした。
≪≪雷の閃光≫≫
めいの胸に、穴が、開いた。
かんなには、何がおこったのかわからなかった。
「めいちゃん……?」
めいの胸から、まるで冗談のようにどくどくと血があふれ出していた。
動かない体を必死に引きずってめいのそばまではいよる。
(回復、回復しないと)
「緑雨の聖女、お前も、死ね」
ソーマの手に、再び光が宿る。
その時、ソーマの足元に肉塊の手がかかり、ソーマは倒れこんだ。
「このっ、死にぞこないがっ」
(回復、回復を!)
めいの胸にぽっかり空いた穴。流れ出す血。
≪≪回復≫≫
かんなの震える手からは、わずかな緑光しか出てこない。グレアムが倒れた今、もはや、かんなの魔力を回復するすべはなかった。
「めいちゃんっ、めいちゃんっ」
めいの口からはこぽりと肺から逆流した血がこぼれ落ちる。
回復の隙間から命が零れ落ちていく、その感覚。
それは、もう一人の聖女を殺したあの時の感覚と同じだった。
「めいちゃん、めいちゃんっ。違うの。これは間違いなの。死ぬのは、私なのに、どうして、どうしてっ」
「そ……な、こ……だと、おもっ……」
「めいちゃんっ」
めいの顔は死を間近に憔悴しきっていたが、瞳には、意思が宿っていた。
「泣……なよ」
めいが、腕をあげて、かんなの頬をなでた。
かんなの目からは、いつの間にかぼろぼろと涙がこぼれ、めいの顔を濡らしていた。
「そんなの、無理。めいちゃんは私の全てなのに。私が聖女を全部殺してめいちゃんに捧げるんです。先に死ぬなんて許しませんっ。めいちゃんが死んだら、この世界を全部壊して私も死んでやるんだからっ‼」
「おま……、そんな……から、ひとり……にでき……い。かあさ……をたのむ」
「いやですいやっ。お母さんのところに戻るのは、めいちゃんですっ」
めいは、困ったものを見るような、それでいて愛しいものを見るような優しげな笑みで、ふっとほほ笑む。
優しすぎて、胸が痛くなるような、そんなほほ笑みだった。
そして。
かんなの頬をなでていた手が、力を失い──地面に落ちた。
「や、めいちゃん、や、やーーっ」
その瞬間、それは始まった。
めいの体の中心にあった聖痕が、ずるずるとかんなの腕から這い上がってくる。
「やだやだやだ、こんなのいらないのよっ。戻って、もどってよ。めいちゃんは死んでないんだからっ」
腕に爪を立て引きはがそうとするが、それは容赦なくかんなの腕から肩へと回る。
りこの時の背筋が凍るような怖気とは違う。
温かくて、泣きたくなるぐらい優しくて。
ずるずると体を這うそれは、容赦なくかんなの肌を這い進み、侵食する。
そして、かんなの胸の中央にぴたりと収まった。
白光の聖女、失墜。
その瞬間、めいの死が確定した。
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