第33話 神殿の地下

めいとかんなはその日、グレアムを取り戻すため、アルファレドの神殿の地下に忍び込んでいた。


「へへ、めいちゃん」


「なんでお前はそんなにうれしそうなんだ?」


「え、だって誰もいない暗い空間に二人きりですよ? 二人きりって、本当に久しぶりなんですよ? こんなシチュエーション、どきどきする以外の選択肢ないじゃないですか」


「こんな所でどきどきできるお前の神経が信じられない」


「もう、めいちゃんってばシャイなんだから」


「絶対違う」


 めいの声は不機嫌にならざるを得ない。というのも、ここはアルファレド神聖王国の神殿の地下、遺体安置所だったからだ。


 先日の激しい戦闘の末、残った遺体はここに安置されている。残った、という言葉の理由は、大部分がめいの聖なる光によって焼きつくされ、形も残らなかったからだ。


 神殿はある意味治外法権で王の管理下を離れている。それを憂慮した何世代か前の王が隠し通路を作ったらしい。簡単に忍び込めたのはその通路を使ったからだった。迷路のような通路をティナに案内してもらい、めいたちはこの遺体安置所にたどり着いた。


 ちなみにティナは王に頼まれた仕事があるとかで、いったんめいたちの元を離れている。あとで合流する予定だ。


「これかなー、うーん、違う」


 人っ子一人いない薄暗い安置所の遺体の間を歩きながら、かんなはかけられた布をめくって時々のぞきこんでいる。


 ひどい悪臭が漂うその場所で、めいもひとつずつ遺体にかけられた布をめくった。


 なんでもないふりをしているけれど、本当は、布をめくるたびに吐き気がこみあげる。


(でも、目を逸らすべきじゃない。あたしは向き合わなきゃ。あたしが殺した人たちなんだから)


「めいちゃん、顔が真っ青です。……私が浮かれて考えなしでした。ごめんなさい。めいちゃんがそういう人だって知ってたのに」


 とん、と背中を支えられると体が軽くなる。かんなが魔法を使ったに違いない。


「めいちゃん、間違えないでください。この人たちは私が殺したんです。めいちゃんじゃありません」


「でも、あたしのためにかんなが殺したんだから、あたしも同罪だ」


 そんなふうに割り切れたりしない。


「お前の罪なら、あたしも一緒に背負うよ」


「うっ、めいちゃんったら、何回私を落とせば気が済むんですかっ、もう、もうっ」


 かんなはそういうと、めいの体をぎゅうっと思い切り抱きしめた。


「こうなったら、手っ取り早く済ませましょう!」


 かんなはそう言うと、手を口元にあてて大声をあげる。


「グレアーム! 返事してくださーい。答えないと置いてっちゃいますよー」


「お前、何言ってるんだ?」


 遺体に向かって何を言っているのかとめいは訝しげに首を傾げる。


 と、安置所の一角で何かが動き出す。


「え?」


 もぞもぞ動いている布のそばまで行くと、かんなが布をめくる。


「見つけました。なんかうれしそうに動いてるから、これがグレアムです」


「うれしそう???」


 その物体を形容するのを諦めて、めいは片手でこめかみを押える。理解の範疇を越えているが、まあ、あまり気にしないことにする。気にしたら負けだ。


「まあ、いい。さっさと生き返らせ……」


「それは困りますね」


≪≪雷の閃光≫≫


バリバリという轟音と共に、黄色い雷光がめいたちに向かってまっすぐに伸びる。


「めいちゃん!」


 かんながめいをかばい床に転がる。そのまますぐに立ち上がるとめいをかばうように前に立った。


「このくそ神官。いきなり何するんですかっ」


「聖騎士グレアムの遺体を張っていれば、緑雨の聖女には会えると踏んでいましたが、まさかめい様にまでお会いできるとは。緑雨の聖女が新しい聖魔法に覚醒したというのは本当だったのですね。回復しか持たぬ身がここまで上り詰めたのは、全てめい様のためだったとか。よいご友人をお持ちですね、めい様」


「ソーマ、お前は地下牢に閉じ込められていたはずじゃ……」


 王とティナからソーマは捕らえ幽閉したという話を聞いていたのだ。それなのに、全てを知っているようなソーマの言葉には違和感しか感じられない。


 ソーマは眼鏡の奥の瞳を見下すように細めると、背後の暗がりに視線をやった。


 めいはソーマの背後の人影に目を見開く。


「ティナ?」


 ぶつぶつと何かを小さくつぶやいているティナは、めいの方を見ようともしない。


「全て彼女に聞きましたよ」


「ティナに何をしたっ」


「彼女に仕掛けていた洗脳を強化しただけですよ。ティナには洗脳がかけてあったのです」


「え?」


「緑雨の聖女をアルファレドに連れ出し、その後は、状況を逐一報告してくれました」


 混乱が脳裏を駆け巡る。


 ティナは、めいにとってこの異世界でめいに寄り添ってくれた大切な存在だった。母とめいとをつなぐ大切な存在だった。


(違ってたのか? そう思っていたのに、ティナの言葉は、あたしに近づくための偽りだったのか)


「いつから……」


「さあ?」


 ソーマはあざけるような笑みを浮かべるだけで答えない。


≪≪聖なる光≫≫


 突如、かんなはめいとソーマの会話に割り込むように聖魔法を放った。


 ソーマは、それを難なく避ける。


「ちっ、外しました。めいちゃん、私は正直ティナが裏切っていようといまいと、どうでもいいです。あとでティナに聞けばいいことです。ただ、こんな人を洗脳するような外道の言うことを聞いちゃダメです。めいちゃんが惑わされる必要ありません」


「そう……そうだな。ティナに聞けばいい。それに、洗脳なんて行為、それ自体が許せない」


「そうです。問題なのは、こいつがめいちゃんに洗脳なんてひどいことをした事実です。もう死体は必要ないけどこいつは殺してやります。めいちゃんにひどいことをした害悪を、めいちゃんと同じ世界にのさばらせておくわけにはいきません。その身をもって罪をつぐなわせてやります」


 何だか話がずれているようだが、かんなにとってはそれでいいのだろう。


 めいはソーマに向き合う。そこで、ソーマがめいの顔を呆然と見つめているのに気づいた。


「ソーマ?」


 ソーマはかんなの方を見ていない。めいを見て言葉を失っているようだった。


「……めい様、その瞳の色は」


 めいは、ずっとつけていたカラーコンタクトレンズが破れてしまっていたのを思い出す。先日王に見せるために外したときだ。


 白光で照らされたのだろう。めいの瞳は今、鮮やかなブルーグリーンだった。王と同じ色の。


「お前に応える必要はない」


 しかし、ソーマは語らずとも悟ったようだった。


「はは、そうか。そうだったのですね。先代の聖女戦争の勝者である聖女と、王太子と。はは、私は切り捨てられるはずだ」


 いきなり笑い出すソーマの意図が分からず、めいは眉をひそめた。


 ソーマのあざけりは自らに向けられているようだった。ソーマは片手を顔に当ててひとしきり笑うと、指の隙間からめいの瞳を見据える。


「不思議そうな顔をされていますね。めい様。──ああ、本当に、持つ者は持たぬ者の気持ちなどわからない。でも、もうどうでもいいことです。あなたはここで死ぬのですから」


≪≪雷の閃光≫≫


≪≪聖なる光≫≫


 ソーマの雷をかんなの白光が打ち消す。白光の余波がソーマの肩先を焼く。


「うるさいです。このくそ神官。死ぬのはお前のほうです」


「ティナ、癒せ」


 ソーマの肩の傷にティナが水の癒しをかける。


 かんなが聖なる光を使ったのはこれで二度目だった。かんなの魔法の精度は恐ろしい勢いで上がっている。けれど──。


「魔法が使えるということは、魔力供給が行われたという事。陛下の仕業ですね。陛下が裏切り、緑雨の魔女についた。理由はめい様、あなたか」


 本当にばかばかしい、とソーマは吐き捨てるようにつぶやく。


「魔力の切れた緑雨の聖女ならば簡単に殺せると思ったのですが、予想外でした。ですがもう、さほど魔力は残っていないのでしょう。めい様の聖なる光と、まるで威力が違います」


 ソーマの言う通りだった。めいの放つ聖なる光とは、強さや破壊力が明らかに異なっていた。


 かんなは目を細める。


「かんな」


「心配いりません、めいちゃん。あんな奴すぐに殺してやります。それを持って先に逃げていてください」


 視線の先でグレアムの遺体を指す。


 かんなが一歩も退くつもりがないのを見て、めいは唇をかむ。


「わかった」


 戦えないめいは明らかにお荷物だ。今できることは、かんなの邪魔にならないこと。今後のためにグレアムを確保すること。


 それ──聖騎士グレアムだったものを布に包んでめいは拾い上げる。めいでも抱えられるほどの大きさで助かった。


「ティナ。めい様を殺しなさい」


 ティナは体をびくりと振るわせその瞳に光を宿したように見えたが、すぐに瞳から光を失った。


(ティナ……)


 めいは振り切るように顔を背けると、来るときに使った隠し通路に向かって走る。けれど、めいが通路に到着する寸前、背後から雷光が走り抜け、隠し通路の扉を破壊する。


「めいちゃんっ」


「大丈夫だっ」


 他の通路を探して振り向くめいは、剣を構えたティナと向き合う。


「めいちゃ、≪≪聖なる……」


「だめだっ。かんな!」


 聖なる光を受けたら、ティナは焼き尽くされて形すら残らない。


 ≪≪……蘇生≫≫


 涅色の闇と共に遺体にかけられた布が盛り上がり、その下から現れた生ける屍がティナに襲い掛かる。


かんなの判断に、めいはほっと息をつく。ティナは強かったけれど、生ける屍は足止めの役割をしっかりと果たしている。


 その隙に、めいは他の出口を探す。


 ソーマと向き合うかんなの背後に出口がある。かんなが正面で守っているため、そこなら再び出口をつぶされる心配はない。


(かんなと一緒にあの扉から逃げる!)


 めいは、かんなの背後の扉に向かって走った。かんなと一瞬目が合う。多分一緒に逃げようという意図は伝わったはずだ。


 かんなの顔は真っ青だった。天からの白光は、先ほどより明らかに威力が弱まっている。


(かんなは無理してる。早く逃げないと)


≪≪回復反転≫≫


 めいが扉近くまで来た時、かんなの魔法がソーマの半身を包む。体が記憶している最悪の状態──めいに白光を落とされた時のけがが、ソーマの体に蘇る。過去に味わった最も激しい痛みが蘇り、ソーマは地面に倒れのたうった。


「ぐわーーーっ、おのれっおのれっ。ティナっ来い!」


 ソーマが自分を癒すためにティナをそばに呼んだ。


 かんなはとどめを刺そうとしたが、ティナを巻きこみそうになり、攻撃をやめて舌打ちする。


「ちっ。倒せないのは残念ですが、今は逃げましょう、めいちゃん」


「わかった」


 布を抱え直して駆け出しかけためいはちらりと背後を見る。


 すぐ後ろにかんながついてくる。


 その奥で地面に倒れたソーマは、こちらをじっと見つめている。


(ティナが、いない?)


 めいが違和感に気づくのと、ソーマの口の端が、にっと笑みを形作るのとはほぼ同時だった。


 いやな予感が全身を走り抜ける。めいは、そのまま視線を上げて──中空に、剣を構えて飛び上がったティナの姿を見つけた。


 ティナの剣の先にいるのは──。


「かんなっ」


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