第10話 緑雨の聖女
三人目の聖女が現れた。
ベルデ公国の「緑雨の聖女」かんな。
彼女は、「泥濘の聖女」りこを討ち取り、二つ目の聖痕を手に入れた。
緑雨の聖女は、アルファレド神聖王国襲撃の際、彼女自身の聖魔法「回復」と、泥濘の聖女から奪った聖魔法「蘇生」を使いこなしてみせた。
かんなは、名実ともに、この聖女戦争の頂点に、もっとも近い位置にいる──。
めいは、王宮で与えられた私室で、布団を頭からかぶって丸まっていた。
かんなは、めいの親友だった。
子犬のようにめいに懐き、好意を示していた彼女が、今はめいとの殺し合いを望んでいる。
めいはその事実が受け入れられずにいた。
かんなはめいと同じだ。
この世界にいやおうなく召喚され、戦わされ、帰ることもままならない。
そんな状況ですがれるたった一つのものとはなんだろう。
(元の世界に帰ること、それだけのはずだ)
それはわかる。
でも、めいの知るかんななら、それだけでめいのことを殺そうなどと思うだろうか?
少なくとも、もっと迷うはずだ。
苦しそうにするはずだ。
(本当は、あたしのことを憎んでいた?)
違うと否定する気持ちと、それしかないと思ってしまう気持ちとがないまぜになって、めいをますます混乱させていた。
ベッドの上で、丸まっているめいのそばに、侍女のティナがやってきた。
「めい様。目が腫れていますよ。水の癒しをおかけします」
「見えてないくせに」
布団をかぶっているのだからみえるはずがない。
「わかりますよ」
「……」
優しく、敏く、思いやりに溢れたティナ。
この世界に来てからいつも姉のようにめいに寄り添ってくれていた。
でも、彼女もめいを召喚し、不幸のどん底へ陥れたこの国の一員なのだ。
めいは、体を反転してティナに背を向けた。
それでもティナは、体を乗り出して、布団の上から、めいの目に手をかざす。
布越しに、温かい光が届く。
「めい様は、本当に先々代の聖女様に似ています。あの方も、戦えないと泣いていらっしゃいました」
めいは、その人を思い浮かべて肩を震わせる。
「その人は、でも、戦って、勝ち抜いて……帰ったんだろう? どうやって戦ったんだ?」
「あの方が戦えるようになったのは、召喚からだいぶたってからでした。守りたいものができたから、戦えるようになったのだと、おっしゃっていました」
「守りたいもの……それは」
「この世界に、お好きな方ができたのだと、私は思っております」
「好きな人……あたしにはそんな人いない」
強いて言えば、それはかんなと母だった。
あちらの世界にいると思っていたから、この世界で戦い、どんな犠牲を払ってでも帰るつもりだった。
でも、戦うことがその会いたいかんなをも倒すことだとしたら?
(戦えるわけない)
「ええ、めい様とその方は違いますもの。だから……こんなこと申し上げるのは、この国の民としては失格なのですが、私は、めい様は、無理に戦わなくてもよいと思っています」
「戦わせたくて先々代の話したんじゃないのかよ」
「ふふ。あまり考えていなくて。ただ、泣いていらっしゃったあの方とあまりに似ていたので、お話ししたくなってしまったんです」
「なんだそれ」
「めい様。めい様も、戦うのなら、大切な方の為だけに戦ってください。そうでないなら、戦わなくてもいい……この国の方針はご存じでしょう?」
「戦うのなら、守るためだけに」
「陛下は、最後まで聖女の召喚を渋っておられました。自国を守るのです。異世界の聖女様へご負担をかけるのは間違っています。陛下は、聖女様なしにこの国を守っていく心づもりでした。今この状況だから申し上げますが、この度の召喚は神殿が王に独断で強行したのです。陛下の想いは変わらないはずです。陛下にお話してみましょう。この国に来て頂く聖女様のご負担をせめて少しでも軽くしたいと、常々考えていらっしゃる方です」
めいは、王が聖女を国外へ出征させたがらないのは、国の利益のために、聖女という戦力を温存したいからだと思っていた。先日、めいを戦に出したがらなかったのだって、攻め込むことで増す、聖女が討ち取られるリスクを回避したいからだと思っていた。それが、本当に、聖女を戦わせたくなかったのだと知って驚く。驚くを通り越して衝撃だった。
(聖女を、戦わせなくてもいいだなんて)
けしてそんな理由だとは思っていなかった。
「王様は、どうして、そんなふうに考えてるんだ?」
ティナは口をつぐむ。
「ここからは、推測になりますので、私の口からは」
理由は聞けなかったけれど、めいは心の底が少しだけあたたかくなった。
「ティナ、だとしたら、私は戦いたくない。私が守りたかったのは、かんなだから」
「緑雨の聖女様とのご関係をお伺いしても?」
「親友、だったんだ。家族みたいに親しかった。この世界に召喚された時も、一緒にいた。あたしが目の前で消えて、すごく心配しただろうって思ってた。──あたしは、元の世界に母さんとあいつがいるから、何をしてでも帰んなきゃって、ずっと思ってた」
布団の上から、ティナが背をなでてくれる。
「あいつ、あたしと同じ気持ちだと思ってたのに。なんで、いきなり、殺すなんて言い出すんだ」
かんなは、あの時、常軌を逸していたとしか思えないような発言を繰り返していた。
『魔力がなくなってしまって、仕方なく
「まるで、薬でもやってるみたいだった」
その姿は、泥濘の聖女りことも重なった。
「おかしかった。りこもそうだ。変だった。だんだん変になっていった」
(あいつらとあたしとの違いってなんだ。あいつらがやっていて、あたしだけがやっていないこと──)
めいは、布団を跳ね上げた。
「なあ、ティナ。魔力供給って、何なんだ? 今まで感じたことがない感覚だった。体中がおかしくなるような。……そもそも、あれは、絶対必要なのか? 魔力供給は、魔力を使いすぎた時だけの非常措置なんだろ」
「……」
「答えて。ティナ」
飛び起きためいがじっと見据えると、ティナは観念したように口を開いた。
「めい様。このことは、聖女の在り方の根幹に関わることなので、書物等にも記されておりませんし、公に語られることはありません。私がこれからお話しすることは、私が先々代の聖女様にお仕えし、二度の聖女戦争を見て『推測』したことです」
ティナは、めいの目を見つめる。
「めい様は、非常に多くの魔力をお持ちのようですから、お気づきでないかもしれませんが、こちらの世界に渡って来た聖女には、魔力生成器官が、おそらくないのです」
「え?」
よくわからなかった。
RPGゲームのように、一晩寝れば、魔力は回復するものだと思っていたからだ。
「魔力生成器官は、人が誰でも持っているものです。魔力を作り出す能力に差はあれども、常に動いており、使った魔力は、数日で回復させることができます。けれど、私が見聞きしてきた聖女様たちは、魔力を回復させることはできませんでした。聖魔法で使う魔力を補うには、召喚者から魔力供給を受けるしかないのです」
「あれ、おかしくなるぐらい、気持ちが……よかった。あんなのをずっと繰り返さなきゃいけないってことか?」
「……」
ティナは推測と言っていた。でもそれがピタリとはまる。
魔力供給が元の世界で言う、薬のようなものだとしたら。依存や中毒を引き起こすようなものだとしたら。
そして、恐ろしいのは、めいもいつかはそうなるということだ。いくら魔力が多いと言っても、生成されなければ枯渇するのだから。
(ひょっとしたら……母さんも)
脳裏には、母の姿が浮かんだ。
「なあ、あたしが魔力供給を受けたのは、一度きりだ。だから、そんなにおかしくなってない。もしかして、魔力供給を断ちさえすれば、元に戻れるのか?」
(かんなをあの召喚者から引き離せば……)
その時、部屋をノックする音が響いた。
「ティナ様、陛下がお呼びです」
ティナは、あわてて立ち上がる。
「めい様。いずれも、私の推測にすぎません。このことを誰かに話すことは危険です。詳しいことはまた今夜にでも」
「わかった」
けれど、その夜、その続きをめいがティナと話すことはできなくなった。その夜からめいの侍女が、新しく代わったからだった。
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