第4話 謁見
アルファレド神聖王国の王都サルタ。
城壁に囲まれた都市のほぼ中央に、その王宮は建てられていた。大きな窓とステンドグラスに彩られた石造りの建物は、その重厚さで他を圧する。
王宮の中央にある玉座の間では、この国の貴族たちが立ち並び、めいを待っていた。
豪華なシャンデリアの向こう、天井のフレスコ画にかかれた何人もの聖女の画は、まるでめいをあざ笑うかのようだ。床には、中央にメダリオンをあしらった、精緻な柄が織り込まれた赤い絨毯が敷き詰められている。めいは、その絨毯を踏みしめ、彼らの前を通って、玉座にいる王の下へ向かう。
めいは、ソーマに習った通りに王の前まで進み出るとひざまずいた。
「面をあげよ」
静かな抑揚のある、厳かと言うにふさわしい声だった。
王の言葉にめいは顔を上げる。
大きな錫杖を持ち、煌びやかな衣装を身にまとった壮年の男が、壇上の玉座よりめいを見下ろしていた。
ブルーグリーンの瞳が、めいを見下ろす。
感情のないその瞳に、めいは祭服で隠れた手を握りしめた。
「白光の聖女よ。此度の戦、大儀であった。そなたのおかげでクリステラ王国の侵攻を食い止めることができた。そなたのおかげで士気は上がり、我が軍の兵の損耗はわずかであった。そなたの多大な功績をたたえ、光花勲章を授ける。常に身に付けよ。その他の褒賞は追ってつかわす」
「ありがたき幸せにございます」
この国では、聖女を一人失墜させる度に勲章を授けられるという。
今回は、泥濘の聖女を戦で三回も退けたことを評価されたのだという。
(まだ倒していないのに呼ばれるってことは、さっさと倒せってせっついてるのか?)
めいは、失礼に当たるのかもしれないが気にせず、王の顔をじっと見つめた。
目じりの皺と、目の下のくぼみがわずかに年齢を感じさせるが、まだ四十代といったところだろう。鮮やかなはずのブルーグリーンの瞳が、光を失ったように見えることだけが、印象的だった。
めいは、自らの瞳を意識せずにはいられない。
「僭越ながら、この場で、白光の聖女より、陛下へお願いを申し上げることをお赦しください」
王の隣に立つ宰相が前に出ようとしたが、王はそれを手で制した。
(そうだよな。表向きだけでも崇めている聖女様の発言を遮ったりしないよな)
視界の端でソーマがあわあわと挙動不審になっているのを見る余裕すらある。
だって、めいには失うものなんてほとんど残っていない。
「申してみよ」
「はい。このような勲章を賜ることは大変光栄であります。私は陛下の恩に報いるため、クリステラの聖女りこを一刻も早く倒したいと考えています。──陛下、クリステラ王国への侵攻を、この聖女にお命じください」
王が、わずかに目を細めたのをめいは見逃さなかった。
「聖女、そなたの心意気は買おう。しかし、他国への侵攻は認めない。これは国是であり変えられるものではない」
「しかしっ」
「それを覆すのは、余が死んだときだろう」
めいの言葉はかぶせるように遮られた。
(これ以上言えば、陛下の死を望むことになってしまう)
めいは唇をかんだ。それ以上の反論は封じられてしまった。
「お答えありがとうございました」
「聖女の発言は、なかったこととする。民に漏れることがなきよう取り計らえ。違うことがあれば、この場にいる者たちに責を問う」
「はっ」
王は、宰相にそう伝えると、その場を後にした。
「めい様。ひやひやしました。皆の前であんなことをおっしゃるなんて」
「失敗した。馬鹿だった。みんなの前で隣国へ派兵しろって言って断られたんだ。この先の隣国への派兵の可能性をゼロにしちまったっ」
王宮の聖女のために用意された一室で、めいは机をたたいた。
(なんであんなところで言っちまったんだっ)
もともと向こう見ずな所はあった。
物怖じせずにどんな場でも堂々と意見をいうことができるのはめいの長所だ。
でも今回は失敗だった。
(皆の前で言うべきではなかった)
答えは一緒だったかもしれないけれど、クリステラへの派生の可能性はゼロにはならなかったはずだ。
「めい様。心配なさらないでください。私だけはっ」
「ソーマ様、めい様もお疲れでしょうから、その辺にいたしませんか?」
声をかけたのは、めい付きの侍女のティナだった。
ティナは、三十代半ばだろうか。灰色の瞳に赤茶の髪をした優しい顔立ちの女性だ。侍女を取りまとめる立場の存在だというが、今回はめいの側付きを買って出てくれたという。
聖女が力を制御できないうちは周りを傷つけることもあるという。彼女は、癒しの魔法を使うことができたので、そういったところも理由なのかもしれない。この国では魔法を使うことができる人は極少数しかおらず、そういった意味では、攻撃魔法を使えるソーマや癒しの魔法を使えるティナは貴重な存在だった。ちなみに神官となるのに魔法の能力は関係ないらしい。
「そうですね。では、めい様、しばらく王宮で過ごすことになりますが、鍛錬は続けた方がよいです。明日の午後は、魔法の訓練をいたしましょう。迎えに伺います」
そう告げて去っていくソーマを見送り、ティナが扉を閉めた。
王宮のこの部屋に戻ってくるのは、この世界に召喚された時以来二か月ぶりだった。めいは、ソーマが去るとソファにぐったりと体を預けた。ティナがお茶を準備し、めいの前に差し出す。
「めい様。目が赤くなってらっしゃいます。差し支えなければ、癒しの魔法をおかけしても?」
「頼む」
「はい」
ティナはめいのそばにひざまずくと、その手をめいの目の上にそっとかざした。この侍女は、めいに寄り添うように側にいてくれる。
めいの目がよく赤くなるのは、単純にコンタクトレンズのせいだ。この世界に来るとき、着の身着のまま、何も持たずに召喚されてしまったからだ。代わりはないので外すことはできない。目に温かさを感じる内に、めいの目の痛みが減った。きっと目の赤さも解消されたのだろう。
「ありがとう」
「めい様。王より賜った勲章は、形だけのものではありません。ご不快かもしれませんが、魔法をお使いになる際には必ずお付けください。あの勲章には、守護と魔法強化の効果もあります」
魔力の消費も抑えられますので、とティナは小さく言葉を重ねた。
ティナは、ときに王への逆心ととられかねないめいの言葉も許容してくれるし、めいの思いを理解してくれている。信用しすぎるつもりはないが、その目的なら疑う余地もないだろう。
「わかった。もう寝るから、行っていいよ」
「わかりました」
長距離の移動で疲れた体は、ベッドに倒れ込むや、すぐに睡眠を欲した。
疲れ切って眠るのは好きだった。
あの夢を見ないですむのだから。
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