第5話 魔力供給


 翌日の午後、迎えにきたソーマと、王宮の外れにある魔法の訓練場へ向かう。

 めいはいつもの通り純白の司祭服に袖を通した。

 訓練など、動きやすい服がいいだろうと思うのだが、聖女の姿は見るだけで周りの士気を高めるものなのだそうだ。ご利益なんてないのに、そんな風に刷り込まれたこの国の人々が可哀そうにすら思えてくる。

 今後は、それに昨日王に賜った勲章が追加になるらしい。戦の時だけでいいだろうと思っていたら「魔法を使うときはいつもです」とティナに言われて無理矢理つけられてしまった。きっとこれも人々の士気を高める、というほうの役割もあるのだろう。


「今後の戦いに備えて、聖魔法のレベルを上げる必要があります。新しい聖痕を手に入れると魔法の覚醒により新たな魔法を得ることができますが、個々の魔法のレベルを上げるには、日々の鍛錬に勝るものはありません」

「あー。あたしがりこの『蘇生』を奪えば『蘇生』だけじゃなくて、覚醒して『光の兵士』が使えるようになるって話だろ」

「はい。しかし『聖なる光』や『蘇生』自体のレベルを上げるためにすべきことは、鍛錬のみです!」

 ソーマに褒められた魔法の強度や精度は、まさにこのソーマのスパルタ訓練の賜物だった。

 魔法の訓練場は、めいの感覚で野球グランドぐらいの広さがある。四方を、魔法耐性のある壁で囲まれており、他への被害を防ぐような作りになっている。

 めいは、召喚されてからしばらくの間は王宮で過ごしていた。この訓練場での訓練も初めてではない。国境近くの砦でも訓練を続けていたため、訓練自体も手慣れたものだ。

 めいは、胸の前で手を組み、ソーマと共に訓練に精を出すのだった。


「めい様、素晴らしいです。だいぶ魔法の精度が上がっています」

 ソーマは相変わらず、魔法のことになると子供のように目をきらきらと輝かせてくる。

 周りの者たちを巻き込まないように、めいは特に魔法の位置精度の向上に力を入れていた。白光を思い通りの場所に落とす訓練では、だいぶ精度が上がってきた。地面を裂くような縦横のクレバスは、ほぼ狙った通りの位置にある。

 めいが殺すべきは、りこだけだ。

(あいつに恨みがあるわけじゃないし、あいつが悪いことをしたわけじゃないけど)

 めいは、そこで考えるのをやめて、湧き上がりそうになる罪悪感を振り払った。

「それにしても、めい様のお力は素晴らしいです。魔力量も底をつきそうにありませんね」

「かもな」

 本当は一日の訓練で手いっぱいだ。

 特に今日のように、広範囲の魔法を連発すると、魔力が減った影響なのかふらふらとする。ただ、そんな弱みを見せたくはなくてめいは強がって見せた。

(まあ、寝れば回復するけどさ)

 それに、王宮付近は国境原野と違い空気中のエーテルが十分にあるのか、魔法を使うのが格段に楽だった。

 

 訓練も一区切りして撤収しようとした時、背後に複数の人の気配がして、めいとソーマは後ろを振り向いた。

 訓練場の周囲の回廊に、王とその側近たちの姿があった。

「陛下がいらっしゃったみたいですね。めい様の訓練の様子をご覧になりにいらっしゃったのでしょう。陛下の前ですから、魔法をお見せしましょう。もしかしたら、めい様の魔法を見て派兵を検討してくださるかもしれません」

(少しくらくらするけど、多分、まだいける)

「わかった」

 めいは胸の前で手を組み、聖痕に意識を集中した。

 空気中のエーテルをかき集め、胸の聖痕で自分の中の魔力を燃やす。

 空間が軋み、不協和音があたりを包む。

 けれどその音は、途中で途切れた。

(エーテルは十分だけど、魔力が足りない⁉)

 めいは、初めての事態に混乱した。

 過剰すぎるエーテルの前で、体中の魔力が搾り取られていく。

「めい様! 失礼します」

 ソーマがめいに駆け寄って、めいの組んだ両手の下、胸の聖痕の位置に手を添えた。

「なっ」

(む、むむ胸っ)

 しかし、そんなことを考えられたのはほんのわずかな間だった。

 ソーマが当てた手から流れこんでくる魔力に、一瞬で意識が奪われたのだ。

 めいの聖痕を中心に流れ込むそれは、暴力的なまでに甘美だった。

 体中の隅々まで、今までに感じたの事のない衝撃が走った。

 それがめいの中にあった魔力と同じものだとは思えなかった。

 甘い、神話に語られるアムリタのようで。

 切なく、うずき、焦がれ、まるで体中が恋に溺れているかのように呼応する。

(欲しい。それが欲しい)

 崩れ落ちそうになる体をソーマが抱きとめる。触れられた手が熱い。

 ソーマと目が合う。

 眼鏡の奥の青い瞳は、優しく、めいの方を見ていた。

「あつい……ソ……マ。もっ……と」

「めい様、どうしてほしいですか? はっきりとおっしゃってください」

 その時視界の端で、めいが身に付けていた勲章が揺れた。正確には、勲章の中央にあるブルーグリーンの宝玉が、めいの視線を奪った。

 めいは、組んでいた手を解いて、その宝玉を握り締めた。

「大丈夫だ。離れろ」

 めいは、片手でソーマの胸を押しのけ、抱きしめられていたソーマの腕の中から抜け出した。

 宝玉を握り締めると、熱と甘い何かでおかしくなりかけていた体が、驚くほど落ち着きを取り戻す。

 ソーマは、そんなめいの様子を見ると、よかった、と小さくつぶやきそのまま崩れ落ちた。

「え? どうした? ソーマ⁉」

「神官ソーマを医師の元へ連れていけ」

 気が付くと、すぐ近くに王が来ていた。

 王の側近が倒れたソーマを担架に乗せ運んでいく。

「魔力供給は初めてだったのか?」

 めいは慌ててソーマを追おうとしたが、王から話しかけられて立ち止まらざるをえなかった。

「はい。初めて、でした」

「今後、訓練で魔法を使うことを禁じる」

「なっ、そんなことではっ戦えません」

「守りに徹し、戦いは最低限でよい」

「でも」

「めい様」

 ティナに名を呼ばれ、王の護衛騎士が剣の柄に手をかけたのに気づく。

「聖女と召喚者には、しばらくの間、静養を命じる」

 めいは、ぎりっと口の内側をかむ。

 去っていく王を見送るめいの口の中には、苦い鉄の味だけがいつまでも残った。


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