第3話 聖女戦争

「めい様、今日の聖魔法も素晴らしかったです。聖なる光は最強の聖魔法と言われていますが、めい様のお力は格別です! あの白光の強さと量は、過去に文献で見たものの想像を超えていましたっ」

 神官のソーマは、戦場から王都へと戻る馬車の中ではしゃぎっぱなしだった。

 となりに黙って控える侍女のティナとは大違いだ。ティナは、めいの機嫌の悪さを感じ取って黙って控えている。

(うるさい)

 馬車で二日の距離にある王都までは、まだ距離がある。

 めいは、窓から外の景色を見ながら、ソーマがハイテンションで話し続けるのを半分聞き流した。


 めいとソーマは、戦いのあと王都への帰還を命じられた。

 めいが隣国クリステラ王国の泥濘の聖女りこに重傷を負わせたため、しばらく戦は休戦となると、王が判断したのだ。この世界では魔法を使えるものは大変希少で、特にクリステラには、あの傷を治せるような癒しの魔法の使い手はいないらしい。

 王都で褒美を取らせ、聖女をねぎらうための帰還だというが、めいは素直に喜べなかった。一刻でも早く他の聖女を倒して元の世界に帰りたかったからだ。

 クリステラ王国に乗り込んででも、さっさとりこを倒してしまいたかった。聖女が重傷を負っているのなら、なおさら今がチャンスだった。

 ソーマにそれを訴えたが、アルファレド神聖王国は、他国侵略をよしとしないのが国是だという。

 守るために戦う、それが王の考え方だと。

 それは、平和を愛する者にとってや国民にとっては、悪くないのだと思う。

 しかし、めいにとっては、最悪だった。

 この世界に現れる全ての聖女を倒さないと、元の世界には帰れないのだから。




 この世界には、聖女が現れる。

 大陸の各国が召喚陣を用いて召喚の儀式を行うと、めいの元いた世界の少女たちが召喚され、聖女となる。

 召喚された少女たちは戦い、殺し合い、聖痕を奪い合う。聖痕を集め、帰還のための力を集めた聖女だけが再び元の世界に帰ることができるのだ。聖痕は、奪うと相手の力も取り込める。最初に二つ目の聖痕を持った者がこの戦いで有利になるのは自明だった。

(くそみたいなシステムだ)

 それぞれの国が、それぞれの思惑で聖女を呼び出す。けれど、根本はこんなシステムがあるからだ。目の前に武器があったら、どんな人間でも使いたくなってしまうものだ。第三十四次というばかげた数を繰り返しているこの戦がそれを証明している。

 現在、活動している聖女はめいとりこの二人だけだが、時を置かず他の聖女も召喚されるという。第三十四次聖女戦争はもう始まっている。各国とも、それに乗り遅れまいと聖女召喚の準備を進めているのだという。


「めい様、怒ってらっしゃいますか?」

 ソーマがいつの間にかはしゃぐのをやめて、子犬のような表情でめいの方をうかがっていた。いつの間にか、声に力がなくなり、様子もしゅんとうなだれている。

 めいは、その様子に別れた親友の様子を重ねてしまって、思わず苦笑した。

 別にこの男が悪いわけじゃない。

「めい様が、元の世界にお戻りになるために戦っていらっしゃることは存じています。この国の勝手な都合で召喚し、めい様にこの国を守っていただきながら、めい様が元の世界に帰る手助けができないなんて……本当に申し訳ありません」

 国の方針で逆らえないんだろう。

 めいを召喚したアルファレド神聖王国は、決して悪い国ではない。聖女召喚も進んで行った訳ではなく、隣国に攻め込まれて、国を守るためにやむなく行ったのだと聞いている。

 召喚された時に、めいは言われた。

 やむを得ない時しか、戦う必要はない。聖女には戦うために力になってほしいが、けして聖女だけを矢面に立たせるつもりはなく、この国の兵も共に戦う。共に戦ってくれるめいにはできうる限りの待遇を約束する。

 異世界に呼びつけられた不安におびえる少女の心に寄り添う提案だった。

「もういい。お前のせいじゃない。あたしも悪かった」

 めいが戦いたいと訴えるならば、それはあの国王に向かってだ。

 めいは不安におびえ、守ってほしいと甘えるようなか弱い少女ではないのだから、それをわかってもらわないといけない。

「あの、めい様」

 窓の外を眺めていると、忘れた頃に、ソーマが声をかけて来た。

「もしめい様が聖女を倒すために一人ででも戦いに赴くというのなら、私だけは必ずお供いたします」

 意外な発言にめいは目を丸くした。

「無理すんなよ」

「いえ、私はめい様を呼び出した召喚者です。どんな時も最後までめい様のお側にいます。その覚悟でめい様の召喚の儀を行いました」

 ソーマは決意に満ちた表情でめいの目を見る。

 視界の端で、ソーマの震える手が目に入った。

 王国で、王の方針に逆らう発言をするのは、どれだけのことなのだろう。

 眼鏡の奥の青い目に、先ほどのような不快感はもう感じなかった。

「じゃあ、お前だけでも、あたしが帰るまで付き合えよ」

「はい。めい様が最後の一人になるまでお供いたします。魔力も足りなくなったら言ってくださいね。私たちには特別なつながりがあります。魔力供給も召喚者の役目ですから」

「まだ大丈夫だ」

「めい様の魔力は驚くほど潤沢なようですからね。でも、困ったら遠慮せずにすぐに言ってくださいね」

「ああ」

 めいは、この異世界で、初めての味方を見つけた気分だった。



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