第一章 白光の聖女
第1話 泥濘の聖女
国境原野。
それは、めいのいるアルファレド神聖王国とクリステラ王国との境に位置する、どの国にも属さない何もない原野だ。過去の大戦で荒れ果て、生き物の住まなくなったそこは、いつからか、聖女戦争の
第三十四次聖女戦争と呼ばれるこの戦がはじまった頃から、めいたちは国境原野から数時間の砦に常駐していた。
めいが駆けつけた時、国境を守る兵たちは、クリステラ王国の聖女の聖魔法に苦戦しながらもどうにか国境を守り抜いていた。
国境に築かれた城壁の上に立ち、めいは、原野を見下ろす。
敵の前線に立つ、異形の蠢く影。
アルファレド軍の兵は、前線で、泥をまとったような異形の人型の生き物と戦っている。
異形は痛みを感じないのか、腕を落としても足を落としても歩みを止めない。倒しても倒しても立ち上がり、向かってくる。ただ、細かく切り落とすことで、その戦闘力を少しずつ奪っているようだった。肉塊になり果てて、初めてその動きを止めるのだ。
異形のクリステラ軍の向こうには、少数の生身の兵と黒茶のローブをまとった人物が二人立っている。
アルファレド軍の善戦で、異形が少しずつ数を減らしていく中、黒茶のローブをまとった片方の人物が、首に手をあてた。
空間のきしむ音が、戦場に響き渡る。
≪≪
ローブをまとった少女のフードが外れ、短い黒髪が舞った。
あどけない顔。めいと同い年くらいの少女だ。
ひどい不協和音と共に、
(どんだけ力使ってんだ)
彼女は、闇の中で、どこか恍惚とした危うい表情をしていた。
泥濘の聖女りこ。
隣国クリステラ王国で召喚された聖女。
聖魔法「蘇生」を用いて、死者を生ける
過去の大戦で多くの犠牲者を出した国境原野は、土に埋もれた死者が数多く眠る。やがて、りこの闇に引き寄せられるように、地面から土にまみれた死者が這い上がる。
「はっ、あい変わらず胸糞の悪い魔法だ」
りことの戦いは、めいがこの世界に来てから、三度目となる。
いつも、戦場でおどおどと怯えている少女だった。背後の黒ローブの男に、引きずられるように戦場に駆り出され、無理矢理に魔法を使わされていた。同情するつもりはないが、その様は哀れさを誘った。
けれど、今回はなんとなく違った。
恍惚とした表情は、今までの戦闘では見なかったものだ。
「めい様」
ソーマの声で、めいは我に返る。
「ああ」
善戦していたアルファレド神聖王国の軍も、さらに数を増やした
(そろそろ、決着をつけなきゃな)
めいは、両手を組み、祈りを捧げる。
先ほどの、パフォーマンスとは違う。本気の聖魔法だ。
めいは、空間にただようエーテルを引き寄せる。同時に、軋むような不協和音があたりに響き渡る。
(まるで、この世界を殺してるみたいだ)
常々思っていた。
この音は、まるで世界の断末魔のようだと。
めいは、引き寄せたエーテルを糧に、自分の中の魔力を燃やす。
燃やすための手順は、めいの体の中心に刻み付けられた聖痕が知っている。
そして、聖女の体は、魔法をこの世界に顕現させる、最強の触媒だった。
ソーマに言わせると、聖女の体は、魔力とエーテルの燃焼を、ありえないほどに促進させる。すなわち、最小の魔力とエーテルで、魔法の生成をすることができるのだ。
めいは、引きちぎるように空間のエーテルが奪う。
そして。
めいの体を触媒とし、胸の聖痕により聖魔法は構築される。
≪≪聖なる光≫≫
天から、死者の大地へ白光が降りる。
目を開けていられないような閃光が、薙ぐように、暴力的に原野を焼き尽くす。
白光の中で消えゆく死者を、めいは祈りながら見送った。
めいの持つこの光の本質は、祝福などではない。その圧倒的な破壊力にあった。
使者を焼き尽くす白光が収まると、アルファレド軍の兵が、雄たけびをあげる。
めいは、りこと、目が合ったような気がした。その顔に浮かぶのは、おびえ、だろうか。
(でも、あたしは同情なんかしない)
めいが自分に言い聞かせた、その時だった。りこが、ふらふらと隣にいた男のローブにとりすがった。
「……私は……戦える。……ちょうだいよ。……もっと戦うから。……に魔力をちょうだい」
よほど大きな声で叫んでいるのだろう。めいの所までその声が聞こえた。ひざをつき、すがるように男の服を必死に握り締める。負けそうになってパニックを起こしているのかもしれない。
「いきなり何してやがる、あいつ」
めいが目を細めると、ローブの男は、りこののどを片手でつかみ上げた。
「なっ」
一瞬首を絞めているのかと思ったが、そうではなかった。
「泥濘の聖女の聖痕は首にあると聞きました。魔力供給です。めい様、次の攻撃が来る前に仕留めましょう。聖魔法を」
「ああ」
ソーマの言葉に、めいは再び両手を組み、空気中からエーテルをかき集める。大きな魔法を使った直後で、ひどく集まりが悪い。
前方では、男に首を離されたりこも、ふらつきながら両手を首にあてていた。
エーテルの奪い合いだ。
空間の軋む音、不協和音があたりに響き渡る。耳を押さえてうずくまる兵士たちもいる。 けれどやめるわけには行かない。
そして。
軍配はめいに上がった。
≪≪聖なる光≫≫
天からの白光が、りこたちの立つ丘を焼いた。
「ぎゃあああああああああ」
丘の上から、声が届く。
断末魔化に思えたが、光が消えた後も二人の姿はあった。
「ちっ、外した」
「片腕、ですね」
「私の、わたしの、うでがああああ」
ローブの男が、叫びながらもだえ苦しむりこをひきずるように連れていく。生ける屍たちの後ろにいた、クリステラ王国の生身の兵も、そのまま彼らを追うように、下がっていった。
りこは多分、死んでいない。
「倒せなかった。悪い」
どこかほっとしている自分がいることに気づいて、腹が立つ。
(くそっ、同情なんかしないって決めたろっ)
「いいえ。またの機会もあります。聖魔法の強さではめい様の方が圧倒しています。次は必ず泥濘の聖女を失墜させることができるでしょう……でも、もう、めい様の力をおそれて進軍してこないかもしれませんね。これで戦わなくて済む方がめい様もご安心でしょう」
「おいっ」
めいは思わずカッとなってソーマに力をぶつけた。ソーマは尻もちをつくが、理由がわからないというように、きょとんとめいのことを見上げた。
その様子にさらに腹が立つ。めいはソーマを見下ろして、感情を制御することもできずにどなりつける。
「ふざけたこと抜かすなよっ。お前たちがあたしを呼んだんだろっ。戦わせるために呼んだのに、戦いたくねえなんていうんじゃねえっ」
「申し訳……ありません」
「ちっ」
めいは踵を返すと城壁に背を向けた。
人のいない城壁の隙間へと身を寄せると、めいはそのままずるずると座り込んだ。
「ちくしょうっ」
震える手を見下ろして、めいは、呼吸を整える。
「あたしは帰る。絶対に帰るんだ」
自分に言い聞かせるように、深く息を吸う。
「この世界の聖女を全て殺して、元の世界に帰るんだ」
めいは、震える手を胸に抱きしめた。
そこには、呪うべき聖痕が刻まれている。
「母さん、かんな。絶対帰るから」
黒く染まっていく自分の中に、たった一つだけ残ったきれいなもの。
それはこの想いだけ。
めいの中にはもう、きれいなものは、それだけしか残されていなかった。
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