第25話 王都での開戦

 アルファレド神聖王国、王都サルタ。


 早朝、東門は各地からの商品を運ぶ商隊が数多く通過する。


 旅人用のローブに身を包んだかんなとグレアム、聖騎士二人は、行商の馬車で王都への侵入を果たした。ティナの手引きにより、侵入はたやすかった。


 行商の馬車は、東門からほど近い位置にある市場で、荷を下ろす。かんなたちもそこで馬車を降り、人々の活気あふれるその場所を後にした。


 すぐ近くの衛兵の詰め所へと向かう。


 主戦場は、王都の中央に位置する噴水広場だと決めていた。


「手駒を増やしながら」進むには、戦端はここで開くのが好ましい。




 衛兵の詰め所では、屈強な男が二人、眠そうな顔で入口に立っていた。


 かんなが近づくと、人の好さそうな顔をして、腰をかがめてくる。


「どうした、嬢ちゃん。落とし物か? ちなみに、宿探しや、観光の案内なら、あっちの商業ギルドが開くまで待った方が早いぞ」


(平和な人たち。なんの罪悪感も持たず、めいちゃんとめいちゃんのお母さんの日常を壊した人たち)


「忘れ物ではないですが、欲しいものがあるんです」


「へえ、なんだ? わかることなら教えてやるぞ」


 人の好さそうな顔で、何事もなく笑っていられる彼らに、虫唾が走る。かんなには、彼らに対する罪悪感などかけらもない。


「あなたたちの、命」


 かんなは顔をあげて、目深にかぶっていたフードを後ろに落とした。


 


「さあ、始めましょう。──グレアム、殺して?」




 かんなの連れてきた聖騎士は、グレアムを含めてたったの三人だけだった。


 グレアムの剣がかんなと会話していた衛兵の胸を貫くと、他の二人の聖騎士も、側にいた衛兵の胸を同様に貫いた。


 引き抜かれた剣から飛び散る血のりがかんなの頬を濡らす。


 かんなは自らの首の聖痕に手を触れた。


 ≪≪蘇生≫≫ 


 空間を軋ませる不協和音と共に、その聖魔法は構築された。


 涅色の泥のような闇が、グレアムが倒した兵にまとわりつく。


 彼らは生ける屍となって起き上がった。


「生ける屍だっ! 敵の聖女か⁉」


 先日生ける屍の襲撃を受けただけあって、アルファレドの兵たちの対応は早かった。突如現れた敵に対し、即座に剣を構え応戦する。


「生ける屍は、動きが鈍い! 確実に手足を落として、動きを止めろ」


 グレアムたちと共に、詰め所の中庭までへ入ると、指揮官らしきものからそのような声があがる。


「うーん」


 かんなは、指を唇に当てる。


「惜しいです。半分正解で半分間違いです」


 先ほど生ける屍になったばかりの者が、素早く駆け抜け、剣を構えた兵士の心臓を突き刺し、一瞬で絶命させる。その姿に、先日城外で見た生ける屍たちの鈍重さはない。


「なっ」


「教えてあげます。生ける屍の能力は、遺体の新しさと、生前の能力に比例するんです」


 ≪≪蘇生≫≫ 


 歌うように魔法を使うと、新たな死体が、生ける屍としてゆらりと起き上がった。


「あ、これは内緒の方がよかったかもしれませんね」


 新たな死体が六体出来あがり、次の瞬間には、血しぶきと共に死体の数が倍になる。


「でも、聞いてた人はみんな死んじゃいましたから、内緒のままってことでいいですよね」


 かんなはこうして「手駒を増やしながら」当初の予定通り、噴水広場へと向かった。


「めいちゃーん、早くでてきてくださーい。そうしないと、たくさん、人が死んじゃいますよー?」




 かんなは、着々と味方──生ける屍を増やしながら、噴水広場へと向かった。


 城へ近づくにつれ、応戦する兵たちは衛兵から正規の騎士に替わり、皮肉なことに、かんなの戦力を加速度的に増やしていった。


 かんなは生ける屍を連れたまま、ゆっくりと大通りを歩き、王都の中央に位置する噴水広場へと向かった。一般人の姿はいつのまにか全く見えなくなっていた。


 広場が見えてきたとき、かんなのすぐそばに立っていた兵の頭に矢が刺さり、兵がばたりと倒れた。兵はすぐに起き上がるが、次々に飛来した矢で倒れる数が上回る。


 かんなが見上げると、町の屋根や、建物の上階から矢を構えている弓兵の姿が数多くあった


「うーん、考えましたね。でも、面倒です」 


 倒れ、起き上がる兵の中央でかんなは悩ましげに首をかしげる。


 その脇でグレアムは、何事もないかのように、かんなの元まで飛来する矢を剣で薙ぎ払っている。


 なおも歩を進めると、噴水広場の入り口には騎士団の弓兵が隊列を組んで構えていた。


 弓兵が一斉に矢を射かけてくる。生ける屍たちに針鼠のように無数の矢がつき立つ。


「グレアム。魔力を」


 かんなの声に、矢を薙ぎ払っていたグレアムが動きを止める。弓兵に背を向けて、かんなに向き合った。


 グレアムの、何も映さない赤い瞳がかんなを見下ろした。


「馬鹿ですね、お前も」


 グレアムは、かんなが示した首元の聖痕に顔をうずめた。かんなの背が折れるほどに抱き込むのは、飛来する矢から守るためで、それ以上の理由なんてないのだ。


 馬鹿なのはかんなも一緒だ。ぎゅっと手の中に、めいの母にもらった宝玉を握りしめる。グレアムの口づけた場所からすさまじい快楽が襲ってくるが、宝玉がそれを徐々に弱めていく。


 抱きしめられた体に時折感じる衝撃は、グレアムがその背に敵兵からの矢を受けているからだろう。


 体が魔力で満たされる。


 かんなは、ふうっと大きく息を吐くとグレアムの頬に手を添えて「回復」を唱えた。


 緑の光がグレアムとかんなを包む。グレアムの背から、何本もの突き刺さった矢が地に落ちていく。


回復したグレアムは、かんなに背を向けると、再びかんなに飛来する矢を薙ぎ払った。


 一方、かんなの周囲の生ける屍たちは無数の矢で針鼠のように縫い付けられ、満足に身動きがとれない状態になっていた。


 立っている兵は、グレアムを含めた数えるほどになっている。


 噴水広場の入り口で隊列を組む弓兵の後ろでは、騎士たちが今にもこちらに攻勢をかける構えだ。


「痛かったでしょう? グレアム。彼らにも、痛みを思い出してもらわないと不公平よね」


 かんなは両手を広げ、空気中のエーテルを自分の身に集めた。


 空間が軋む音が周囲に鳴り響く。


 かんなは体を抱きしめると、その手を太ももの聖痕まで滑らせた。




≪≪回復反転≫≫


 


 かんなの体から発生した緑の光が広場一帯に、そして、建物の上部にいた弓兵までも届く。


 回復反転──回復の逆魔法。回復が、体が記憶している正常な状態に近づける魔法であるならば、回復反転は、体が記憶している最悪の状態に近づける魔法だ。


 かんなは自身が持つ「回復」に加え、泥濘の聖女りこを倒し「蘇生」を得た。その際に覚醒した聖魔法だ。過去「回復」の聖女が聖女戦争を勝ち抜いたことがなかったため、かんなが覚醒して得られる魔法については謎とされていた。


「がっ、はっ」


 ある者は血を吐き倒れ、ある者は体の一部が不自然な方向に曲がる。建物の上部にいた弓兵は地上へと落下する。無傷でいられたのは経験の浅い新兵のみだ。周囲に突如起きた阿鼻叫喚の様子に、彼らは理由もわからず怯えることしかできなかった。


 死せる屍たちが自ら体の矢を引き抜き、倒れ伏した騎士たちの体を剣で貫く。


 一帯に死が満ちる。


≪≪蘇生≫≫ 


 涅色の泥のような闇がかんなを中心に、周囲を覆う。


「めいちゃーん、早く来ないと、みんな、死んじゃいますよー」




≪≪聖なる光≫≫




 その時だった。


 噴水広場の一角。


 死せる屍が満ちた場所に、白光が降りた。


「めいちゃん、待ってました」


 かんなの視線の先には、純白の司祭服を身にまとっためいと神官ソーマの姿があった。



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