後日談

1. デート(二回目)

 とある秋口の日、ショッピングモールに併設された映画館の片隅で。


 ソファーに座り込んだまま、動かない男女があった。


 俺とサエである。


 子連れでワイワイと賑やかな休日の昼下がり、平穏極まりない喧噪もどこか遠く。中空を見つめたまま放心する傍目にもヤバいカップルの姿はしかし誰の目にも止まらず、各々の人生を謳歌する主人公たちの背景と成り果てていた。


 それを、良いことに。


「わんぷり映画、ヤバかったな……」

「ああ、ヤバかったね……」


 ド底辺の汚物アラサーが二人。


 女児アニメ映画の感想会と洒落込んでいた。


「大福、かっこよかったな……」

「うん、かっこよかったね……」


 小並感。


 どこからか聞こえてきた女児とお母さんの「大福かっこよかったー……」「ねー、かっこよかったねー……」という会話と内容がモロ被りしている。


 仕方がないのだ。三十路目前だろうが、社会に心が擦り切れようが、ネットの泥濘に魂を汚されていようが、いつまでも男の子で女の子な純粋な輝きは残っているのだ。


 例え、吐き気を催す闇の底に、沈んで埋もれた砂粒ほどの光だとしても。


 なお当のヨゴレ系アラサー共は、そんな母娘の会話に混ざりたい衝動を必死に抑えていた。何、キッズアニメ映画の帰り道ではよくあることだ。慣れたものである。


 しかし今は、何とも幸いなことに、そんな無念も惜しげなくぶつけられる。


 生涯の伴侶が、隣に居たりする。


「……トウリ君聞いたかい? あの声が聞こえた瞬間「「「まさか……」」」ってキッズたちが一斉にハモってたの」

「その中の一人が大きなお友達オレだよ……。でも中の人がヤツだとは思わんかった、久々にあんな凛々しく可愛い声聞いたから全然分からなかったぞ」

「ねえー、僕もクレジットで目ぇ見開いちゃったよ。まさかホモ和のカキタレとは……」

「やめろ神聖なプリキュアに汚ねえモノ混ぜるな。神への冒涜ぞ」

「でも君も同じこと思っただろう?」

「それはそう」


 風評被害に次ぐ風評被害。


 ホモと淫夢に底は無く、故にすべてを受け容れる。


 二人並んでギリギリと歯ぎしりする、ネットスラムの呪われた遺子たち。


 お願いだから、早く悪夢を終わらせてくれ。


 あんまりにも憐れじゃあないか。


「それはそうと兎組さ、アレ映画限定のスポット参戦ってこと無いよな……?」

「あるんじゃない……? 本編はニコ様がなんか意味深だし。というか、メタなこと言うとこれネタに書いてる頃はもう結論出てると思うよ(二ヶ月後)」

「本当にメタだな。でもきっと既に別のネタで大変なことになってると思うぞ。年明けから常にトップアニメ走り続けてるわんぷり舐めんな(なりました)」

「いやあ、このレベルの作品を一年通しで、しかも映画まで見れるとか。この世界もまだまだ捨てたもんじゃないね、柄にもなく未来への希望なんて湧いてくるよ」

「逆に、プリキュアが終わる時が俺たちの終わりだけどな……」


 ニチアサ女児アニメに生かされている。


 憐れなオタクの末裔がここにいる。


「まあともあれ、サエと一ヶ月越しの初デートやり直しができて良かったわ。いやあ楽しかった楽しかった」


 ぐいと両腕を伸ばし、固まった肩と背中をほぐしていれば、隣でサエがくすりと笑う。


「こちらこそ。……あの時見れなくて、何だかんだずっと引きずってたからねえ」

「思えば最悪に過ぎたな。アレはアレで楽しかったんだけどさ」

「あのまま映画館に乗り込むわけにも行かないだろう……」


 なお今回リベンジと相成ったのは、お互いにイロイロ遠慮なく発散できるようになって、ようやく節操のないぶっ壊れシモ事情から解放されたためである。


 一々言いはすまいが、なんとなくと、お互い微妙な表情で目を逸らす。


 こほん、とサエのわざとらしい咳払いに、気を取り直して。


「……でも、やっぱりいいものだね。こんな風に開けっ広げな感想ぶつけ合えるのも」

「嫁なんて作るなら、一緒に女児アニメ映画見に行ける相手って決めてたからな。ここまでの奴が現れるとは思わなかったけど」

「ブーメランぶっ刺さってるよトウリ君。僕も言えたもんじゃないけどさ」


 さて、とサエは立ち上がり、日傘の先で床を軽く突く。


 くるりとこちらを振り返る。僅かに赤らんだ顔、潤んだように揺れる黒い瞳には、何ともだらしなく緩み切ったツラの、太眉ユニクロのアラサー男が映っていて。


「こんなとこに居座っても何だからね。お昼がてら、感想会の続きと行こうか」

「そうすっかあ。寿司とかどうよ」

「いいねえ、魚とか面倒で料理しないもんね」


 立ち上がって、隣に並んで。


 当たり前のように、手を繋いで。


「でもこの前のサバ味噌めっちゃ美味かったぞ。また食いたい」

「結構手間なんだよ? アレ作るの。まあ、トウリ君手伝ってくれるからいいけどね」

「休日くらいは当番制にするか? 飯なんてテキトーに余裕がある時に、気が向いた方が作ればいいと思ってたけど。レパートリー増やさないとなあ」

「トウリ君、カレーと炒め物しか作らないもんねえ。アレはアレでおいしいんだけどさ」

「塩コショウとすき焼きのたれは神」

「実際その通りなのが何とも言えないねえ……」


 そんな、何てことのない、些細な毎日をだらだらと語らいながら。


 変わり映えの無い日常の中を、二人で歩いて行く。






        ◇






「回ってるんだけど」

「最近気付いたんだよ。三千円で美味いモノ食うより、同じ値段で安いモノを雑に食べる方が満足度高いって」

「分かるけどもさ。サイゼに続いてくら寿司かよ、僕のこと安い女だと思ってない?」

「んじゃあ隣の一食二千円のおしゃれイタリアンとどっちがいい?」

「……くら寿司でいいかな。ぎゃあぎゃあ騒ぎやすいし」

「だろ? ってかそもそも今回サエの奢りだぞ、アレ以来遊びに出てなかったんだから」

「どうせ共有財布で払うのに? それとも僕の財布から出せばいいの?」

「まあ任せるわ。ほらほら、どんどん取っていこうぜ」

「はいはい。でも最近の回転寿司ってすごいよね、当たり前に肉とか揚げ物とかスイーツとか回って……ちょっと待ってトウリ君。ワサビ盛り過ぎじゃない? 醤油と二対一くらいになってないかいソレ」

「ぶっちゃけ、ワサビと醤油が食いたくて寿司屋に来てるフシはある」

「魚と酢飯に謝れ。……こらこらトウリ君、ブリを容赦なくワサビ醤油に浸けるんじゃあないよ何のためにショウガが乗ってると。待て待てネギトロに直接ワサビを盛るなって薬味じゃないんだから。ちょっとお稲荷さん広げて何をってワサビを包むな重ねてワサビ醤油に泳がすなしゃぶしゃぶじゃないんだから! アナゴはやめなってそこに置いてあるタレはなんだと思ってるんだい!? ねえ嘘でしょ焼肉も!? もはや寿司ですらないんだから醤油に浸けることすらおかしいんだって! 豚肉にワサビゴシゴシしないで!」

「うるさいですね……」

「ねえええもうミルフィーユはダメだって色々な所から怒られるってえええええ! あーっ! あーっお客様! 困りますお客様! あーっ! あああーお客様! あーっ!」

「オウエッ! ゲホッゴホッ!」

「そら見たことか辛味過剰で気管支がおまんこに――」

「……あー、たまらねえぜ」

「もうワサビと醤油だけ舐めてろよ」


 案の定、騒ぎ過ぎてまた店を追い出されかけたことは一々言うまい。






 なお、後日サエが作ってくれたワサビ寿司はとてもおいしかった。


 軍艦にワサビだけが乗っているヤツである。






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