2. パチパチ弾けて脳みそ幸せだぜ
「ぶっちゃけさ、もうトウリ君が我慢する理由無いでしょ」
「あるんだよ。あった、はずなんだよ。なんかもう、頭がダメになってて、ソレが何だったのか思い出せなくなってんだよ……」
「拗らせメンヘラの脳はボロボロ。あっ、ラージャン捕まえたから連れてくね」
「ナイスゥ、足止めしとくわ。ところでコレ赤玉殴った方がいいんだっけ」
「弱点殴っても変わらないって聞いた気がするなあ。ホイ到着。殴れ殴れー」
「瞬間火力に気絶と至れり尽くせりな。ボコボコにしてやんよー」
コンボの連打にエフェクトとダメージ表記が躍る。サエの提案で数年ぶりに掘り出してきたが、複雑なコンボルートは頭が忘れても指が覚えている。ゲーマーの生態極まれり。
「しっかしコレ、マジでタフなー。火力も高いわで放り投げた記憶が蘇るんだけど」
「僕もそう思うよ。でもさ、完走せずにほったらかすのも負けた気分にならないかい?」
「同意はするけどなあ。コレに関しては投げるのが正解だったって今でも思うぞ」
とりあえず、キツい。時間的にも、精神的にも。苦行めいた作業で心を擦り減らすくらいならば、そんなゲームはやめてしまえと思う。本来、楽しくて遊ぶものなのだから。
でも。
「サエさん。この体勢のが、キツくないっすか」
「んー? 僕は楽だけどねえ」
「そりゃあ全部俺が支えてるんだからな……っ!」
ベッドに腰掛ける俺に、向き合って膝に乗るサエ。
真正面から密着し、互いの首と背中に回した腕の先で、ゲーム機をホールド。
俗に言う、対面座位である。
「なんだい、僕が重いとでも言う気かい?」
「羽のように軽いよ。そうじゃなくて、吐息と声がですねえ……!」
「ふぅ~っ♡」
「オォンッッッ♡♡♡ だからマジやめろ死ぬ死ぬ死ぬ!」
「ゲーム的に? 性感的に?」
「どっちもだよこんちくしょおおお! あああゴミカスうううううう――ッ!」
「はいザコー。こんな小さい女の子に煽られて逝っちゃうお兄さん情けなーい」
「このメスガキ……ッ! さてはこのために誘いやがったな……!」
ケラケラと愉快そうに笑うサエの背中の向こう、惨めに搬送される自キャラのプリケツを眺めながら肩を落とす。まあ、さすがにブランクあり過ぎでエンドコンテンツは無理があるだろう。敗因の九割方はこの姿勢のせいだが。
それよりも、だ。
先だってから気になっていた、ある問いが、ようやく頭に浮かんでくる。
「あのさあ、サエ」
「なんだいトウリ君。つよつよな僕がこれから君の仇を――」
「なんかさ、言い辛いことあるだろ」
ピクリと、サエの身体が震えた。
僅かに動きを止めたキャラ、その隙に大振りの一撃が叩き込まれ、立て続く連撃の後にダウンする。搬送されるサエのキャラが、俺の隣に転がされ、ゆっくりと立ち上がる。
「無いよ。何にも」
「嘘つけ。何も無い間じゃないだろ」
「……無いんだよ。何にも」
ゲーム機を放り出したサエが、もぞもぞと身をよじり、俺の胸に顔をうずめる。赤子のように小さく身体を丸めて、動かなくなる。
「それだよ。いくら何でも、無意味にベタベタし過ぎだろ」
「……うん。そうだね。白状するよ。
怖いんだ。今この時間が幸せ過ぎて、急に、無くなっちゃうんじゃないかって」
僅かに、震えを含んだ声に、ゲーム機を放り出す。
小さな背中に、ゆっくりと手を添える。
「僕、弱っちいからさ。ダメなんだ。トウリ君といると、どんどん弱くなってく。こうしてくっついて、君を感じてないと、不安で堪らないんだ」
「別に、お互い様だろ。俺だって、サエとこうしてる時が、一番安心する」
「へへへ。ありがとう、トウリ君。やっぱり君は、優しいね」
ようやく顔を上げたサエの笑みに、安堵を覚える。自分は、こんなにも弱いものだったかと、思い知らされる。サエの存在に、救われ過ぎている。
だから。
「トウリ君。しよ?」
差し出された唇に、己の唇を重ねる。
深く、深く感じる、サエの体温。彼女がここに居るという証。
その、中に。
「大好きだよ、トウリ君」
「ああ。俺も大好きだ。サエ」
確かに見つけていた、彼女が、嘘を吐いている気配を。
ぬるま湯のように溶けていく日々では、真意を見出せないまま。
時間ばかりが、無為に過ぎていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます