第四章 理想の先

1. 貞操メンタル戦国女

 仕事を早退させられた。


 死相が出ている、と言われた。


 見慣れた並木道を、自転車でノロノロと走っていく。仕事をしている方が気が休まる、と言ったが却下された。家に帰るとロリサキュバスが、と泣きを入れれば舌打ちされた。取るモノも取り合えずタイムカードを押された。素晴らしきかな横割り業務、社員一人の早退程度で影響の出る仕事などない。


 なんてホワイトな職場なのだろうか。


 あまりの有難さに涙がちょちょぎれる。


 駐輪場に自転車を放り込んで、階段をギシギシと上り、鍵を回して扉を開ける。


「帰ったあー」

「お帰りトウリ君早いね! 正常位にする? 後背位にする? それとも、背面座位?♡」

「ヒイイイイ――ッ! 貞操メンタル戦国女ァ――ッ!」

「諸説ある。新種の怪異みたいだねソレ。ハナからヤる気満々なのはどっちかって言うともはや未来の貞操観念な気もするけど。まあ冗談はさておきお風呂沸いてるよ。

 今夜は君の大好きな対面座位だからねっ!☆」

「飯の選択肢はどこだあ――ッ!」


 僕? と首を傾げるサエを全力で無視し、目の前に居るも構わずスッパになって風呂へ駆け込む。こちらから動かない限り本番はしないし服も脱がないという協定上、常に全裸で居る風呂場こそが究極の安全地帯である。なお有効時間は三十分と少し。一時間を超えるような場合は、合意とみなし突入が許可される。サエだけが一方的に有利過ぎる停戦協定だ。


 こんな極限の状況下でも、まだ貞操を保っている己に畏怖すら覚える。


 もうイロイロと手遅れだという異論は認めない。


「いやあ僕も驚きだよ。君がここまでイカレてるとは。子宮が疼くね」

「俺以上のイカレ女が何か言ってるよ。頼むから喋らないでくれ。陰茎が苛つく」

「言うてもう最近なんか君からたくさん求めてくれるじゃないか。あんなに僕の名前を何度も呼びながら、必死に愛してくれて……」

「言うなあああああ――ッ! 挿入どころか服すら脱いでない交尾ごっこに耽ってぶちまけまくってる俺の醜態なんて聞きとうない――ッ!」

「いっそ背徳過ぎて僕は大好きだけどね、愛し合ってるのに絶対一線超えられないインモラルカップルの情事みたいで。もうなんか胸一杯でこのままでもいいんじゃないかと思えるよ」

「ソレで若干欲求不満になって毎回十も二十も三十も続けられるこっちの身にもなれよ! なんで折れねえんだよなんで射精し続けられるんだよコイツは!?」

「はえー、すっごいセルフツッコミ。自分のナニと漫才してるよこの男」


 一回が割と長めの上に何度でも続けられる。お互いにだ。絶倫とかそういうレベルの問題ではない。確実にナニカが壊れている。地獄の責め苦に数えられてもおかしくない。


 そんな毎日で睡眠時間も削られ死相が出ているとまで言われ。疲労困憊なはずなのに何故だか仕事は精力的に捌いているのだ。心ばかりが破裂しそうなほど満たされていて、脳が無限にアドレナリンをドバり続けるのだ。寿命がゴリゴリ削れる音が聞こえる。


 それでも。


「出た、ぞ。風呂ありがとう」

「お疲れ。お昼まだだろう? 簡単にだけど作っておいたから、着替えたらお食べ」

「あいー……」


 こんな幸せな生活の中でなら、死んでも構わないか、などと。


 自然と、頬はだらしなく緩み続けている。






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