7. 初体験

「僕が、君を愛してあげるよ」


 在り得ない言葉を。


 真正面から、ぶつけてきた。


「心の底から、愛してあげる。君が、僕を愛せているのか不安にならないように。僕が、君を愛しているのかなんて疑問にも思えないように。抱えきれないほど、受け止めきれないほどに伝えてあげる。好き。大好き。愛してるって。何度でも、何度でも、何度でも」


 恍惚と、甘ったるい吐息が、鼻にかかる。


 想いを吐き出すほどに色を深めてゆく黒の瞳に。


 茫然と、死んだように固まる己の姿が、飲み込まれていく。


「だって堪らないじゃないか。君が今まで、言葉で態度で行動で、あまつさえ自創作まで持ち出して、どれだけ僕にありったけの好意を叩きつけてきたか分かるかい? 良いんだよ分かってないんだろう分かってるさ。でも言わせてもらうけど本当に酷いんだよ君は。僕には与えるだけ与えて幸せ一杯にブクブク太らせて、自分は何も受け取ろうとしないんだもの。それが、どれだけ、僕を不安にさせてきたか分かるかい?」


 だから。


「コレは復讐だと思ってほしい。君が今まで、僕へ無条件に与えてきた愛情の、何倍も何十倍も何百倍でも与えてあげる。溺れさせてあげる。僕への好意を疑う君なんて、僕の腕の中で殺してあげる。君に、君の想いを、僕が理解わからせてあげる。

 君の全てを、僕が一人占めしてあげる」


 伸ばされた左手が、右の頬を捕らえる。


 赤く上気したサエの顔、心ここに在らずと虚ろに潤んだ瞳が迫り。


 唇を。


 重ねられた。


「――ッ!?」


 柔らかな感触。熱い吐息。腰が引けて立ち上がれなくなった時点で敗北が確定した。半開きの口内にぬめってザラつく生き物のようなナニカが侵入する。歯列をなぞり歯茎の裏を這い回る。得も言われぬ濃厚な甘露を無理矢理にしゃぶらされる、未知の恐怖に骨の髄まで犯されつつも、コレが何かを正しく悟る本能が顎を噛み締めることなど許さず。代わりにと押し出そうとした舌が絡め捕られた。成す術も無く引っ掻き回され蹂躙され、変に抵抗すると欲しがってるように思われるとは凌辱される側の言い分である。今の己は何の間違いも無くされる側でしかなかった。何が何だか分からず、ぐずぐずに溶けていく脳が「ん、はぁ……」などという息遣いに揺さぶられ頭蓋ごと弾き飛ばされ、


「ふっ、ぐ……ッ!」

「……射精した?」

「サエ、お前っ、何して……!」

「えへへ、大丈夫だよお。僕も一緒にイッたから……」


 何も大丈夫じゃねえ、などとツッコむ隙すら与えられなかった。間近に蕩けるサエの瞳が、互いの唇を伝う糸に細められ、勿体ないとでも言うかのように重ねて下唇をついばまれる。口の端を流れたナニカにも、僅かな逡巡すらなく舌が這わされる。


 抵抗の余地など完膚なきまでに舐め尽くされ、もはや放心するばかりの俺の膝へ、サエは脚を開いて跨ってくる。ぐしょりと湿った尻にぐちゃぐちゃの股間を押し潰されて腰が跳ねた。少し力を込めれば容易く跳ね除けられるだろう小さく軽い体躯は、色々なモノが抜け出た身体では押し返すこともままならず、死力を振り絞って持ち上げた右手はあろうことか柔らかな丸い尻を鷲掴んで「あんっ」と漏れた声に「ああ俺は今日ここで死ぬんだな」と覚悟が決まり、また眼前に迫る大きな瞳に全てを諦めた哀れな男の涙目レイプ目が映り込んで、


「トウリ君。僕のこと、好き?」

「……はあ? もう、何言ってんのお前?」

「いいから。僕のこと、まだ好きなまま?」


 情けないばかりの涙声にも聞く耳持たず、迫るサエに必死に蕩けた頭を働かせる。考えれば考えるほどに意味が分からない。俺が、サエを好きかなど。


 だって、サエは俺の『理想』で。


 楽しい日々をくれた、心の底から惚れた女で。


 この想いを失ってしまうのが、怖いくらいに。


「好き、だよ」

「……えへへ、よかったあ」


 にへら、と子供のような笑みが、心底の安堵を込めた息を漏らす。


 サエは、こちらの肩に手を置き、改めて向き合って。


「哺乳類のオスがね。性欲と一緒に愛欲を吐き捨てるのは、普通のこと。メスは出産までに時間がかかり過ぎるから、いつまでも一匹に執着していられない。自分の遺伝子を残し種を絶やさないためには次のメスを探すべきだという、それだけの極めて効率的な生物学上の仕組み。ただの賢者タイム。君はソレを強くし過ぎただけで、一般的な動物と何も変わらない」


 だからね。


「ぶつけ続けるしかないんだ。好きになったメスには、性欲を、容赦なく。とっくに種も根付いてる相手に、なお精も根も尽き果てるまで注ぎ込んで、それでも残るものがある。

 それを『人間』は――『愛情』と呼ぶんだよ」


 獣ではないから。


 ただの獣でいることを、良しとしないから。


「それを分かっているからこそ、本能に囚われまいとする。理想の女を前にしてもなお、噴き出す性欲を抑え込める。ただ心でもって、寄り添おうとする。

 ねえ、トウリ君。そんな君の愛情が、射精の一回や二回で消えるわけがないじゃないか」


 そんな、ことを。


 俺に、教えるためだけに。


「サエ、俺――」

「ああ、別に謝らなくていいからね。今君が何を考えたかぐらい簡単に分かるし。それはそれとして僕はもう辛抱堪らないんでこのまま続けさせてもらうよ」

「エエエェェ――ッ!?」

「いやもうマヂ無理……。トウリ君で致すの死ぬほど気持ちいい。大丈夫だよお、服は脱がないし本番まではしないから、君から襲い掛かってくれるまで我慢するから……ッ!」

「ちょ、ま、サエ、サエさん!? 力強いマジで動かな、火事だ! 火事よ――っ!」

「ぐへへへ、十五の生娘じゃあねえんだからよう」

「二十六年モノの生娘どうていなんですけど!? いやあああああ――ッ!」


 凄まじい力で小さく柔らかな身体にしがみつかれる。胸には薄いシャツ越しに僅かな膨らみの感触が、股間は体重そのままに内腿が押し付けられ「んっ、く……」という耳元の吐息に抵抗の余地はあっけなく崩れ去り、遂に前後左右上下と身体を揺すり始めたサエの唇が






 ――(以下略)――






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