6. (察し)

「おはよう。トウリ君」

「……おはよう、サエ」


 むくりと起き上がって頭を掻く。一体いつ眠っていたのか、夢すら見た覚えがない。かつてないほどの大熟睡、異様なほどにクリアな寝覚めに、世界が生まれ変わったかのよう。


「仮にも女が隣に居るのに、そこまでぐっすり寝られるとさすがに落ち込むよ」

「……大人になってから、他人が居る場所で眠れたことなんかねえよ」


 サエが固まった。驚いているのはこっちの方だ。何とは無しに、掛け布団を持ち上げて鼻を埋める。ミルクと蜂蜜を混ぜたような、嗅ぎ慣れない甘い匂い。コレのせいで眠れなかったのだ、あのメスガキこんちくしょうめと思っていたはずだ。


 すなわち消去法において、爆睡の原因は一つしか残らない。


「サエお前寝てる間になんかしてないだろうな。何されても起きなかった自信あるぞ」

「言い草だねえ! 僕だってトウリ君の寝顔眺めてた辺りから記憶が無いんだけど!? そっちこそ朝っぱらから下半身そんなにして何を考えてるのかなあ!?」

「これはただの生理現象……自分で言っててなんて説得力の無い言い訳だ……」

「フハハどうやら勝負あったねえトウリ君! ところで僕の腰下がおねしょの如くしけってるんだけど、コレ謝ったら許してくれるかい?」

「もう二度とこの布団で寝れないねえ……」


 サエが静かに膝を抱えて俯いたが冗談である。この部屋の至る所から、香しく甘ったるい匂いを感じる時点で手遅れだった。生ロリ抱き枕を隣に置いて未知の化学反応を発生させなければ、今後一切俺に安眠はない。


 さてどうしたもんかと腕を組んで首を捻る。求婚、は良いにしても即日同棲とはいかんだろう。というかこんな流れでいいのか。もうちょい準備というか情緒というか。そもそも断られる可能性を全く考慮してないのヤバいな俺。などと冴えた頭でしょうもないことを考えていれば、胡坐をかいた膝をちょいちょいと突かれた。視線を下げれば、胸元ぱかぱかの四つん這いになったサエが、不安気な上目遣いを向けて、ぺたんと女の子座りに腰を下ろす。


「お前ホントそういうあざといのやめろよな。ちょっとイッただろうが」

「ちょっとイッてんじゃないよ。えっと、そういうんじゃなくてさ」


 目を背け、もじもじと両手の指を絡ませる仕草はやっぱわざとやってんのかなあと、しかしどうにもそういう雰囲気ではなさそうなのでしきりにオギオギする下っ腹を抑えつつ、


「勘違いじゃなければ、なんだけど。君は随分と、僕に好意を抱いてくれてるというか」

「まあ今すぐ求婚しようか悩んでるくらいには」

「君いつも僕のことばかり言うけどそういうところだからね!? 大概酷いからね!?」


 頬を赤らめ眉を立てこちらに向かって指差す姿は演技でもなんでもなくただのマジらしく、んだコイツクッソ可愛いな今すぐ犯したろうかと目を細めれば小さな肩が跳ねた。俯き項垂れ両手で股間を抑え息を荒げる、あまりにもあんまりな姿に、逆に冷静さを取り戻していれば、


「……何でここまでして襲い掛かってこないのさ。そろそろ不安超えて怖いんだけど」

「実は、三十まで童貞なら魔法使いになれるという逸話に興味が」

「ぶち犯すよ?」

「いや体格差的に無理が……待て待て待て力強い! こんなところで火事場使うな!」


 下らん争いに二人して息を荒げつつ、考える。結論など分かり切っているサエのことがマジで好きだからだ。俺のサエに対する好意は、安易にエロへ持ち込める領域をとうに突破している。性欲と共に愛欲まで捨てかねない、という恐れも相変わらずのまま。


 だが、サエが納得しないのも既に存じている。コレは単なる、価値観の違いだ。


 だから。


「何か、言い辛いことあるだろ。俺の勘違いなら、謝るけど」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る