終章 マッチングアプリで出会った相手が

1. 一人だと重かったり、偏ったりするから

「結婚したらさ。なんかもう、人生クリアしたみたいな気分なんだが」

「僕との婚後を終活エンドコンテンツ扱いとは良い度胸だね。ぶち殺すよ?」

「ゲームのストーリークリア後が楽しかった試しがないからなあ……」

「さすがに言い過ぎだろ。否定材料が無いけど」


 本編終えたらスパッと閉じられる。自己満足は十分で、マゾいやり込みなど気が向いた時にやればいい。それがどれほど楽で気楽で楽しいことかは、セキロとAC6に教わっている。


「まあ俺たちの人生もそんな感じで行こうぜ、ってことで」

「最低の初心表明だね。でもまあ、僕も君とはそんな感じで一緒に居たいかな」


 という酷い流れにて、ウェディングドレスに身を包んだサエと唇を重ねた。


 新郎新婦含め出席者三人。こんな体たらくにも涙を流しながら小さく拍手を贈ってくれる、サエのお母さんだけを招いた、とても小ぢんまりとした門出である。






        ◇






 式後、準備から後片付けまで、人手が無いばかりに自前で駆けずり回っていた疲労がアラサー夫婦の体内で爆発した。帰宅後はロクに会話も無いまま、風呂を済まし、ベッドに崩れ落ち、こめかみに弾丸を叩き込むが勢いで意識を吹き飛ばした、その翌日のことである。


「今更なんだけど、トウリ君のご家族は呼ばなくて良かったのかい?」

「あー、いいよ。仲悪いんだわ」

「うん、まあ、それは前に聞いたんだけどさ」


 ふむう、と腕を組んで首を傾げる我が愛しの妻、サエは、何やら腑に落ちぬといった様子で目を眇める。デスクチェアに腰掛ける俺の膝の上で、こちらの胸に背中を預けたまま、何かを言いかけては止める。今日び中々見ない歯切れの悪さに、ポリポリと頬を掻きながら、


「別に、挨拶したいってんなら連れて行くぞ? 一緒に居たくないし極力関わりたくないってだけで、絶縁してるわけでもないから」

「ああいや、そういうわけでもなくてね。その、何ていうか、僕と君しかいない状況が……」


 うーん、とまた唸り始めてしまったサエに、鼻から短く息を吐いて、髪の中へ顔をうずめる。甘ったるくて柔らかな良い匂い、脳髄を直撃する特濃のフェロモンに、やはり女物のシャンプーが違うのかと、風呂で試しに舐めてむせ返った文字通り苦い思い出が蘇る。サエには湯船の中から虫でも見るような目を向けられた。


 ともあれ匂いだけ嗅いでいると落ち着かないのに、こうしてサエが居るとやたらにメンタルヒーリングが発生するのは解明すればノーベル平和賞も夢ではないのではと、IQ溶かしながら夢見心地に微睡んでいれば、ようやくサエが口を開いた。


「式中にさ。その、母のことで、何か気になったことは無いかい?」

「んー? ああ、めっちゃ品定めされてたなあ凄い視線で。内心クソビビってたけど、まあ大事な娘を任せる一人親ならそんなもんだろうなあって」

「アレ君を狙ってたんだよ」

「ぶっふぉお」


 ゲッホゲホと明後日の方向へむせ返る俺を尻目に、やっぱり気付いてなかったかとサエは腹の底からの溜め息を落とす。肩で息して呼吸を整え、口元を拭い、


「牽制じゃなくて野獣の眼光かよ! 言われてみればそうだわって何でだよ娘婿だぞ!?」

「僕の趣味というか性癖は母由来だって話したよね。つまり君はドストライクなんだよ」

「納得しか出来ねえ理由だなオイ! ……お母さん、いくつ?」

「そろそろ五十半ばだよ」

「よし」

「オイ」


 後ろ手に首を絞められる。グギギと変な音を鳴らしながら「あっあっあっ逝きそ逝きそ……、ちょっと逝く……っ」「ちょっと逝ってんじゃないよ」との汚い掛け合いは阿吽の呼吸にて、やわっこい小さな手が離れてから、頭の中で言葉をこねくり回す。


「あのさ。仮に、その、万が一? 親子丼ルートが開放されるとしたら、条件は?」

「僕が許したらいいよ。一生許さないけど」

「肝に銘じます。ハイ」

「全く……。僕以外の女にロクに興味持たないのは信用してるけど、それはそれとして守備範囲広過ぎるのだけが心配なんだよなあ。だから言いたくなかったんだ……」

「サエのお母さんから家に招かれて、何の警戒も無しにご馳走になって、睡眠薬盛られて昏レ後に寝取られダブルピースキメてる俺の姿が見えたから、言ってくれてありがとう」

「そういうところだぞ君は本当に」


 言うて俺に受け素質植え付けたのはサエであり、まだ見ぬメス性質が眠っているのだから容易い末路であろう。いっそ早めに女装プレイでも手を出した方が良いだろうか、などと地獄みたいな思考は、さておいて。


「大丈夫だよ。サエを悲しませると思ったら、どう足掻いてもチンコ勃たないから」

「……君って、本当にイカレてるよね。分かったよ、信用する」


 こちらを見上げて目を眇めるサエが、しきりに尻をぐりぐり押し付けてくるが。彼女を本気で泣かせてしまう未来を想像すれば、心も身体も一気に萎え果てていく。


 過程が不幸なのは構わない。結果が幸福でなければ、絵とか関係なく抜けないのだ。


 純愛厨、ここに極まれり。


「愛する嫁さんとの未来だからな。精々、全霊賭して守っていくよ」

「……全く。君は本当に、全く」


 赤ら顔でぶつぶつ口を尖らせながら、サエはPCデスクを蹴って椅子をクルクル回す。この世の何よりも大切なものが、今自分の腕の中にある証を噛み締めながら、心地よい揺らぎに身を任せる。決して、この温かさを忘れまいと。


 さて。


 何やら切り替えたサエが、椅子を止め、パソコンへと改めて向かい。


 画面を指差し、こちらを見上げて。


「というわけで、母の描写は全て削りたまえ。この作品には君と僕だけいればいい」

「あんな濃いキャラを丸々!? 式中の話も!?」

「全部だ! 僕の脳内でたまーに出てくるぐらいにしなさい!」

「いやだあーあんな面白いアラフィフ捨てとうない! あれだけで二巻目書けるぞ!?」

「一巻完結で良いんだよその分僕の描写を盛れ! 下手にアレをフォーカスしたら「こっちがヒロインでいいんじゃね……?」とか言われるだろうが!」

「自覚あんのかよ! せめて、せめてエピローグでだけ……!」

「却下! 続編へのヒキだと思われるだろ!?」


 さっきまでの、ちょっと汚くも純ラブな空気はどこへやら。


 画面内に展開されたワードファイルへ向かって、ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めるアラサー夫婦の醜態が、ここにある。


「そもそも君から言い出したんだろうが! 「本当に自創作で理想切り離ししてないのか、サエとの話書いて試してみたい」って! だったら僕にも内容に口出しする権利あるだろ!?」

「それとこれとは話が別ですぅ! 作品として投下する以上はより面白さを求めるのが創作者のサガだろうが!」

「僕の切り離しに母の要素が混じるみたいで嫌なんだよ! 言わせるな恥ずかしい!」

「大丈夫だって! ちょっとお母さん書いたくらいで俺のサエ像が薄まるわけ――」

「……オイ。トウリ君、コレは何だい?」

「いや、あの、ちゃうんすよ。ただその、極めて可能性の低い未来として? サエもお母さんもまとめてちゃんと幸せにできた結末を? 想定したら?」

「どうやら君が誰のモノなのか、まだ理解わからせる必要があるみたいだねえ……!」

「待て待て待てマジで待って! 今ぶっこ抜かれたら満足して筆止まる、止まっちゃう!」

「……僕で童貞捨てたくせに」

「ぐっは」

「微エロシーン書いてる時、我慢できなくて結局書き上げるまでに十回以上したくせに」

「ごっは」

「あーあーあーいいもんねー。それじゃあ僕これから二着目の結婚衣装着てくるから」

「やめてくれソレマジで本能的に手が出るから! 「式の後に着れる衣装も欲しい」って言ったら店員さんめちゃくちゃ察しつつもガチで仕上げてきたアレ股間に刺さり過ぎるから!」

「精々タマが破裂するまで絞り尽くしてあげるよトウリ君……!」


 そして、願わくば。


 こんなに賑やかで、幸せで、楽しい日々が。


 いつまでも、ずっと、永遠にだって続いていくように。


 ――否。


 二人で、ずっと、続けて行けますように。






        ◇






 ちゃんと純愛したいケダモノと、さっさと凌辱されたいケダモノ


 不毛にして下劣の極みに他ならない二人の全霊を賭したせめぎ合いは、傍から見ればイチャついているようにしか見えず、事実ただイチャついているだけのものでしかなく。


 そんな俺の僕の醜態をありのまま、死ぬほどの後悔が押し寄せてくる前にただの勢い任せに、こうして文章に書き散らしてネットの海へ投げ捨てる。






 掲題。






「「マッチングアプリで出会った相手が」」






「理想の偏愛ヤンデレ女だった」

「理想の重愛メンヘラ男だった」











―終―






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