6. 本当に求めていたモノ

「ああ、もしもしサエさん? 今週のガヴ見たか? 二号ライダーマジヤバくね?」

『……あのねカモリ君。僕がどれだけの覚悟で通話してると』

「初めて通話した時もそんなこと言われたなあ。あん時はブレイドだっけ?」

『スペードキング倒した時の話ね。アレも凄いけど、前半もカリスがクッソ熱いんだよねえ』

「『本当に強いのは人の心だ』ってな。俺泣いちゃったよ……」

『大人になってから見返すべき作品は本当に多い……』


 などと、下らない会話を繰り広げながら、心底に安堵していた。


 いつもと同じように、話せていることに。


 友達、として。


サエ・・

『……なんだい? トウリ・・・君』


 そうでは、無くなろうとした時の、響きを名前に込めて。


 言葉を、紡ぐ。


「話がしたい。俺たちの、これからのことで」

『分かった。受けて立つよ』


 ド底辺汚物の、性癖拗らせアラサー。


 純愛厨メンヘラと、凌辱厨ヤンデレ


 強者と、強者。


 覚悟を、決める。


「『楽に気楽に楽しく』ってさ。俺の、モットーなんだけど」

『オチが読めたから切るね』

「待て待て待て俺の人格込みでメタ読みすんな! ここから! ここから巻き返すから!」

『既に切った手札でもう一度戦おうとか、ホント君は救いようのない厨二病だよねえ。しかも理系脳の打算ありきでやってるから、なおタチが悪い』

「ハァー……ッ! ハァー……ッ!」


 戦う前からへし折れそうになる心を必死に繋ぎ止める。チャドー、フーリンカザン、そしてチャドーだ。実際はただの過呼吸である。


 過剰な酸素を送り込まれた肺が収縮してむせ返り、吐血にも似て噴出する唾液を拭って復帰する。何度折れようが立ち上がろう。それが己の強さがゆえに。


「サエが俺の人生に必要か、だったな。

 ――要らねえよ。少し考えれば分かることだった」


 スマホの向こう、息を呑むような音が聞こえた気がした。


 引き結んだ口の中で、歯を噛み締めた気がした。


 だが、続ける。


「認めてやる。否定の余地が無い。傲慢だったんだ。俺に、俺の背中を、人生を支えてくれる誰かなんて必要無かった。俺は一人で立てるから、立ち直れるから。こうしてまたサエの前に立てるくらいには強いから。一人でだって、生きていけるから」


 続ける。


 鼻をすすっても、嗚咽を堪える息が漏れても。


 今にも砕けそうになる硝子の心を握り締めて。


「『楽と気楽』は手に入ってる。あとは『楽しく』だけだ。それはサエと友達で居れば手に入る。俺の人生、最後まできっと楽しくやっていける。サエが、居てくれさえすれば」

『そう、だね。僕も、そう思うよ』

「ああ、そうだ。わざわざ結婚なんて人生の墓場に片足突っ込んで、むざむざ手放してやる必要なんてないんだ。極めて合理的だ。最適解だ。一人の『人間』として、そう思う」


 だから。


 否。


 だからこそ。


「――クソ喰らえだ。俺は、俺の『楽しく』を、半端に諦めるつもりはない」


 ……は? と息を漏らすスマホを、握り締める。


 鉄の血潮を、滾らせる。


「要らねえよ、そんな合理的で最適解で正しいだけの『楽しく』なんざ。小説の一本にもできやしない。少し考えれば分かることだった。目の前に、他ならぬ俺の理想があって、少し手を伸ばせば届くっていうのに。むざむざ諦めてやる道理なんかねえんだよ」


 サエは、答えない。


 だから、続ける。


「俺にとって『楽と気楽』はただの手段だ。『楽しく』をひたすら突き詰めるための、『理想』を求め続けるための前提でしかない。こんなもん、捨てちまって構わない」

『必死に努力して、手に入れたものじゃないか』

「そうだな。でもそれ以上に、必死に掴みたいものがあるんだ」


 言わずとも、伝わっただろう。


 自分とサエは似ているから、察しの良過ぎる彼女であるから、なおさらに。


 ゆえに。


 叩きつける。


「サエと一緒に『楽しく』生きる未来が、俺が本当に、欲しいものだよ」


 伝える。


 想いを、言葉に変えて。


 ありったけの、感情と共に。


 スマホの向こう側、アプリを通じて、小さな溜め息が落とされる。


 不安と、恐れとをない交ぜにした、言葉が紡がれる。


『いつか、僕と一緒に居ても。楽しいと、思わなくなるかもしれないよ?』

「それはない。……って言えるほど、楽観的には生きてないからなあ」


 そこは肯定しておこうよ、とツッコミを入れるサエには、まあまあ、と手を振る。倦怠期マンネリなぞどこでもよく聞く話だ。自分が、自分たちが例外であるなどと、根拠不明の自信は持てないし持つべきでもないと思う。


 だから。


「もしそうなったらさ。どうしたらまた楽しくなれるのか、二人で考えようぜ」


 約束を、しようと思った。


 とても些細な、けれど、とても大切な。


「それだけで、きっと楽しいだろ」


 二人で。


 ずっと一緒に居るための、約束だ。


「楽で気楽なものじゃないって分かってる。それでも、楽しいことも辛いことも、サエとなら全部分け合いたいと思えたんだ。何度壊れたっていいんだよ。現実はアプリじゃないんだ、ブロックして終わりにならない。諦めなければ、続けていけるから。

 俺はずっと、そんな風に、サエと一緒に居たい。一緒に生きていきたい」


 トウリの、心の底からの願い。


 たった一つのワガママ。


 サエと別れるくらいならば、今ここに在る理想さえも捨ててしまえるほどの。


「俺は、サエの全てが欲しい」


 何物にも代え難い、本物の、理想そのものだ。


 すすり泣く、声が聞こえた。


 ただ、待つことにした。小さな嗚咽が、堪え切れずと涙を溢れさせ、やがて、子供のような、みっともない泣き声に変わっても。


 手を伸ばすことは、できないから。


 ありったけの心で、寄り添おうとした。


『僕も、トウリ君と、ずっと一緒に居たいよお……っ!』

「うん、そうだな。ずっと一緒に居よう。サエ」


 間違えても、壊しても。


 その度に、諦め悪く、みっともなく。


 しがみつき合って、生きていこうと思った。






 二人の人生を、楽しく、ずっと。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る