第二章 吐息の届く距離で

1. 極めし代償行為

「サエお前マジでふざけんなよ何なんだよあの写真」

『フハハ、その様子だと昨夜は大変だったようだねえ?』

「永遠娘三周して鎮めたのに追加で五周する羽目になったわ、徹夜コースだぞ」

『……は? 君あの写真使わなかったのか? 馬鹿なのか?』

「最悪の賢者タイムが目に見えてるネタなんざ誰が使うか。純愛厨舐めんな」

『じゃあ次は定点カメラで盗撮風を送るね』

「やめろやめろやめろ! エロサイトいくつハシゴさせる気だ!?」

『君の代償行為根性はもはや畏怖に値するよ。素直に僕でシコればいいのに』


 それができるならここまで拗らせてねえんだよ、とヘッドセットの先へツバを吐く。頭と口先の全リソースを下らん会話に費やしながら、一切の思考無くコントローラーを連打するなど慣れたもので、正確無比なコマンドを叩き込まれた画面内では彩り豊かなエフェクトの嵐が爆発していた。サエの減らず口の向こうからも、似たようなサウンドにボイスが響いている。


『僕が良いと言っているのに何を躊躇する必要があるんだい』

「マジで惚れてるから安易に短絡的なことしたくないって分からねえか」

『しれっと大胆なプロポーズをありがとう。分からないねえ、僕は好きだからこそさっさとめちゃくちゃにされたいししてやりたい派だよ。今はカモたんの厚いヒトの皮を引っぺがしたくて仕方がない』

「結果自分がとんでもねえ目に遭うことまで望むところなのが無敵過ぎる……。受けて立とうじゃねえか全裸で泣いて謝っても絶対に手出さねえからな」


 なお言葉の空虚さは己自身が証明していた。


 主に股間で証明していた。


 夜通し散々シゴキ倒してやったというのに、サエの声を聞いた瞬間から元気爆発である。飼い主に鼻息荒く舌もヨダレもベロベロ垂れ流して腰振ってるバカ犬以下の有り様だ。もはや悲しみを通り越して哀れですらある。


 まあ、今日は出先でないだけマシであろう。飯食いながらエロゲ遊ぶなど文字通り日常茶飯事だ。家の中ならばどうなっていようと今更気にもならない。一人暮らしの堕落を極めながら、きっと似たような醜態を晒しているのだろうボイスチャットの向こう側へ、先だって気になっていた問いなど投げてみる。


「そういやマイク変えたか? いつもよりクリアに聞こえるんだけど」

『おおー、さすがカモたんよく気が付くね。ええっと、コレをこうして……』


 何やらゴソゴソし始めたサエに、感度の調節でもしているのだろうかと首を傾げる。さてどんな機材自慢が始まるやら。鼻から短く息を吐いて待っていると、


『……ふぅ~っ♡』

「オォンッッッ♡♡♡」

射精した?』

「馬鹿お前マジで馬鹿! ボイチャにバイノーラルマイク使ってんじゃねえよ!」

『カモたんが悦ぶかなって昨夜急ぎ便でポチった。今度はKU100用意しておくよ』

「俺をイジるためだけに物流酷使するな百万使うな! 耳が孕むだろうが!」

『想い人を手籠めにできるなら安い投資だと思うけどねえ』


 さぞかしご満悦なのだろうニヤニヤ声に、ヘッドホン押さえてうずくまる。想定外の不意打ちと回避不能の追い打ちに、脳がぐずぐずにおみみがおまんこになってしまう。


 クッソこのエロガキいつか絶対理解らす純愛堕ちで理解らせると、不屈の闘志を胸に荒ぶる呼吸を抑え込み、ヘタレた腰へ喝を入れて起き上がる。長く吐き出す息と共に落ち着きを取り戻していく、フラットになった頭で目の前の画面を見据えれば、


「……なんで俺ら、ボイチャしながら同じエロゲ遊んでんだ」

『さあ……』


 ゲームの中で、あられもない姿でよがり狂う、おさわり系シミュのヒロインが居た。






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