第一章 (以下略)

1. 写真詐欺(逆だ逆)

「それで、挨拶もそこそこにファミレスへ連れ込んでどうしようって言うんだい」

「ただのサイゼだろうが。ホテルみたいな言い方すんな。……本当にサエさんなんだよな?」


 空調の効いた涼しい店内、休日の親子連れに賑わう声の中で、テーブルを挟んだ向こう側の白黒ロリへと頬杖を突く。当の少女……と呼んでいいのだろうか仮にも二十九を。訂正、女は、氷一杯のアイスコーヒーをストローでちうちう吸い、小さな舌でぺろりと唇を湿らせ、


「声と口調で分かるだろうけど間違いなく本人だよ。スチムのアカウント見せようか? ああ、さん付けも要らないから。呼び捨てでいい。僕もカモたんと呼ばせてもらうよ」

「垢が身分証代わりになるゲーマーの生態……。誰がカモたんだよ。ってかなんか早口じゃね? 緊張してんのか?」

「言わせるなよ恥ずかしい」


 などと冗談めかしてほざきつつ、こちらを見る表情は涼しげなものだが。アレで心臓バクバクだったりするのだろうか、俺みたいに。やたらと乾く喉が生唾を飲む前に、リンゴジュースを一息に呷る。


「……写真のことだろう? 母のなんだ。悪かったね」

「お母さん若いなあ。紹介してもらっていいか」

「ココ一番で最低の一言をありがとう。さすがだねカモたん。心底軽蔑するよ」


 いやはや、と照れ顔浮かべて頭を掻けば特大の舌打ちが返ってきた。


 まあ、疑う余地などあるまい。間違いなく、いつものサエとの小突き合いである。あまりの下らなさが社会で揉まれて擦り切れた心にとてもよく染みる。そんなことを思っていれば、目の前のロリもといサエは、どこか困ったような、あるいは安心したような薄い笑みを作って、


「良かったよ、君がいつも通りで」

「お互い様だあな。むしろいつも通り過ぎて逆に不安だわ」


 それもお互い様か、と二人で飲み物をすすっていれば、注文したサラダが運ばれてくる。遠慮せず好きに食えばよかろうと、取りやすいようにテーブルの真ん中へと置く。


「直箸大丈夫なタイプか?」

「カモたんならいいよ。他なら嫌だけど」

「初対面でその返しはむしろこえーよ」

「でも好きだろう?」

「それはそう」


 ふふん、と得意げに鼻を鳴らしながら、サエは小皿にサラダを盛っていく。フォークとスプーンで丁寧にもくもくと、小さな口で少しずつ頬張る姿は実年齢相応に品のあるものだが、


「……なんか、無性にお行儀の良さを褒めたくなってくるな」

「子供じゃないんだが?」

「あ、ポテトが来たよ。お皿熱いから取ってあげるね」

「幼児じゃないんだが?」


 額に青筋立てて凄まれても溢れて止まぬ母性の前には無力である。暖簾に腕押し糠に釘とは正に此れ。小さな身体から噴出する悪意もどこ吹く風とニコニコ眺めていれば、しばしの後に、何もかもを諦めたような溜め息が落とされた。


「まあ、見ての通りこんなナリなもんでね。素顔を晒すのも憚られたんだ」

「飢えたピラニアの群れに生肉放り込むようなもんだろうな」

「ああ。登録から数ヶ月後には薄暗い部屋の中であられもない姿の僕が屈強な男たちに囲まれてアヘ顔ダブルピース晒す動画がFC2にうpされていただろうね」

「やけに具体的な末路をありがとう。タイトル何がいいかな」

「『クソガキ合法ロリオナホ ~種付けチート汚じさんたちの極太無双チンポで強制理解わからせ、いまさら泣いて謝ってももう遅い~』」

「うーん三百点。振っておいてなんだが自分で言ってて悲しくならねえ?」

「ならないねえ。むしろ君一本作ってくれないかい。趣味で小説書くんだろ?」

「仮にも初対面の相手に最低のリクエスト来たな。残念ながらエロは未着手だよ」

「へえ、晒さないだけかと思ってた」

「途中で抜いて満足するから完成しないんだよ」

「なるほど。最低に納得できる理由をありがとう」


 それに比べて世のエロ創作家は本当にすごい。聞けばシコりながら書き続けているというではないか。よくもげねえなといつも思う。エロ書くなら絶倫が前提条件なのだ。


 クッソ下らない思考にIQをドロドロ溶かしていれば、同じく脳みそボロボロの合法ロリが頬杖を突いた。心底遺憾であるというように、視線をテーブルへと落とし、僅かに膨らませた頬の内でもごもごと、


「自分でも、写真詐欺はどうかと思ったんだけどね。一応会う前に素顔を教えておこうかとも思ったんだが……、さすがに今更過ぎるし」


 後に、こちらを見上げて、


「君が見た目くらいでどうこう言うことも無いだろうと、甘えてしまった」


 にへら、と。


 羞恥を浮かべる笑みに、思わずと、呼吸を忘れて。


「……ああ、まあ、うん。別に構いやしないよ。驚きはしたけどな」

「だよねだよねえー。君三次元相手にこれと言った好みとか無さそうだもんねえ」

「嘘でもいいから器が広いとか言っとけよ」


 狭量な自覚はある。


 多くのことに無関心でいるから、一々心を動かさないだけだ。


 だから。


「君の『例外』に、置いてくれたことを嬉しく思うよ」


 サエの柔らかな笑顔に、ただ顔が熱くなるばかりで。


 言葉も無く、汗の滲む額を抑えて、俯いた。


「頼むから、ガチでからかわないでくれ」

「ごめんごめん。まあー君にとっては? 逆詐欺になってしまったみたいだけどねえ?」


 だってえ、とニマニマするクソガキヅラにようやく脳の一部が落ち着きを取り戻す。どうせロリコンだのなんだのとほざくつもりなのだろうという確定的な先読みに、さてどんな酷い語彙をもって殴り返してやろうかと高速回転を始める思考が、






「……カモたん、さっきからずっと勃起してるもんね」






 空気ごと、凍り付いた。






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