6. また明日
突然の不意打ちに思わず取り落としそうになったスマホを慌てて空中キャッチする。息を吐く間もないまま、画面に映る『カモリ』の名前に思考すら挟まず応答を押す。
『遅くにゴメン。大丈夫だった?』
「オナニー中だったけど大丈夫だよ。このまま続けるね」
『切るわ』
「せめて録音を押さないかい!?」
何がせめてなんだよ、と呆れた声が落とされる内に、弾んだ息を整える。咄嗟に自慰で誤魔化すとは我ながら最高の回答ではないか。最低極まりないが。
『えっと、そうじゃなくて。今日一つ、話してなかったことがあってさ』
「へえ、何だい改まって。……あっ、ん。く、ふあ……」
『切るわ』
「せめてそっちでも始めないかい!?」
だから何がせめてなんだよ話進まねえだろうが、と至極真っ当な回答が返る間に、心臓の鼓動を抑える。ワンクッションでは足りなかったのだ、許してほしい。本音は隠しつつの謝罪を返し、なんとなく居住まいを正して、ベッドにぺたんと腰を据える。
『『楽に気楽に楽しく』ってさ、俺のモットーなんだけど』
「また唐突だねえ。プロフに書いてあったアレ?」
『意外とよく見てるよなあ。まあソレのことなんだけどさ』
んっんっ、と軽い咳払いによる一拍が置かれ、その先へ耳を傾ける。
『生きるのって辛いし、気が滅入るし、面白くないし。でも最近は『楽と気楽』は手に入ったんだわ。仕事が割と上手く行ってて、ようやく先が見えてきて。まあ程々にダラダラと、気負うことなく生きられるようになったっていうか』
「心底同意するし、とても素晴らしいことだね。それで?」
『サエなら分かってくれると思ったよ、ありがとう。そんでさ、後は『楽しく』生きられるようになればいいなと思って、『楽と気楽』で出来た余裕使って。趣味で小説書き始めたり、彼女でも作ってみようかと思ってアプリなんざ始めてみたりしたんだけど、中々上手く行かなくてさ。やっぱ俺の人生、面白くないまんまだったんだわ』
空虚な瞳を、していると思った。
ただの想像だ。自分に期待していない。未来に希望を持っていない。諦めることばかりに慣れてしまった、どうしようもなく空っぽな世界を心に抱く者の。
声の向こう側に見ていた。
毎朝、鏡で向き合うのと、同じ目が。
『今日は、いや、今日も。
すげえ楽しかった。ありがとう、サエ』
笑みを、宿した。
心の底から、屈託なく。
いつもチャットと、通話越しにやり取りしていた、朗らかな声で。
『勘違いじゃ、なければさ。何かつまらなそうな目したロリだなと思ったんだけど。でも、話してる時はいつも通りに、楽しんでくれてるように見えたからさ。
良かったら、また遊ぼうぜ』
「……ああ、うん。もちろん。僕からもお願いするよ、カモリ君。君は紛れもなく、僕にとって、何が何でも、せめて友達で居続けたい人だ」
『そっか。なら良かった。それじゃあ、また明日』
「うん。また明日」
驚くほどに、あっさりと通話は切れる。
口約束でしかない明日が来ることに、何の疑いも持っていない。
そんな子供みたいな別れに、思わずと、小さな笑みをこぼして。
「……今のは卑怯すぎるだろう、カモリ君……っ!」
枕を抱いて、うずくまった。
顔が熱い。鼓動が早い。息が荒ぶる。瞳が滲んで鼻水と涎が溢れる。下の方などもっとヤバい。ベッドに水たまりができるレベルだ。もう今夜はここで寝られないし一晩中引っ掻き回さなければならないと、スマホを放り出して伸ばした右手を、左手で掴んで必死に止めた。
そんなもので、この腹の奥を締め上げるような疼きは、止められない。
止めたくもないと、そう思ってしまった。
「やだよう……。カモリ君のこと好きでなくなりたくないよう……っ!」
人生史上、類を見ないクッソ情けない泣き言を、枕の中にぶちまける。
もうお願いだから、純愛願望なぞさっさと捨て去ってすぐにでも襲い掛かってくれたまえ。
極上の得物を前に辛抱たまらんのは、僕とて同じであるのだから。
……とりあえず、さっきのエロ自撮りは送り付けておいた。
精々君も眠れなくなるがいいと、ありったけの呪詛を込めて。
◇
ちゃんと純愛したい
不毛にして下劣の極みに他ならない二人の全霊を賭したせめぎ合いは、傍から見ればイチャついているようにしか見えず、事実ただイチャついているだけのものでしかなく。
そんな俺の僕の醜態をありのまま、死ぬほどの後悔が押し寄せてくる前にただの勢い任せに、こうして文章に書き散らしてネットの海へ投げ捨てようと思う。
掲題。
「「マッチングアプリで出会った相手が」」
「理想の年上合法ロリだった」
「理想の真性ロリコンだった」
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