5. 勘のいいメスガキ

「面白かったよ」


 あっさりと落とされた言葉に、背筋が跳ねた。


 ベッドに腰掛けるサエへ、座布団に正座したまま、向き合う。震える呼吸、弾む動悸。噛み締めた唇の内で唾を飲み、躾の行き届いた忠犬のように、黙って言葉を待つ。


「君の趣味が、存分に叩き込まれていたと思う。人物、物語、世界。文章や構成、演出に至るまで、実に容赦がないね。厨二だの夢女子だのとイタさを感じる暇も無かった。イチ読者として、また君をよく知る人間として、とても面白かったと思うよ。

 同時に、売れないだろうなとも感じた。趣味に走り過ぎてる。序盤で完全にふるいにかけてるね。コレを面白いと感じてくれる人は必ずいるけど、大多数では決してない。一部の鍛えられた層だけだろう、手に取って最後まで読んでくれるのは。

 まあ、僕は編集者ではないから。こんなつまらない品評は、ここまでにしておこうか」


 だから、と。


 そこでサエは、一呼吸を置いた。


「一人の『女』として、感想を言わせてもらうよ」


 こちらへ向けて、眇められる。


 サエの、問い詰めるような目が。


「君は、思っていた以上に。

 随分と、僕のことを、愛してくれていたんだね」


 笑っ、た。


 吊り上げられる、口の端と共に。


 は? 思わず漏れた息の先で、サエは腕を組む。立てた右腕、手の甲に顎を乗せる。こちらを見下すように、蔑むように歪められる笑みが、これ見よがしと脚を組んで交差する。


「ねえトウリ君。……君、どうして二十年もぶりにポケモンやったんだっけ」

「……サエが、遊んでたからだな」

「何で今更、十年も前のプリキュアシリーズ見始めたんだっけ」

「サエに勧められたからだな」

「最近のライダー全然見てないって言ってたのに、ガヴは見てるんだよね」

「そりゃあ、サエ、が……」


 答えるたびに、震える呼吸の先で、サエの笑みが深まっていく。これ以上なく愉快そうに、加虐の色を深めるほどに、凄絶に。


 極上の得物を品定めする、捕食者の目で。


「そうだね。君、僕が好きだって言ったものには当然のようにすぐ手を付けてくれるよね。どれだけ昔のモノだろうが、引退したモノだろうが、ずっと敬遠していたモノだろうが。

 ――ねえ、トウリ君。改めてさ、訊きたいんだけれども」






「その日会ったばかりの僕を、すぐ翌日に家で泊まらせたのは何で?」






「他人との同棲なんて初めてだろうに、経済的な問題の一つも無いのは何で?」






「まるであらかじめ話が通ってたかのように、僕が君の職場に採用されたのは何で?」






 重ねられる、問い。


 錆びた歯車のように軋む頭で、答えを絞り出す。


「別に、何も変なことはないぞ。ただ、全部想定に入れて、あらかじめ動いただけで」

「そうだね『君にとっては』そうなんだろうね。教えてもいない僕の収入からざっと生活費を試算して、今の自分に養えるか計算して、希望があるなら仕事を斡旋する準備をして。そうなることを全て前提とした上で、僕と今後やっていけるかを測るために自宅へ招いたことまで」


 ねえ、トウリ君。


「そういうのを――世間一般では『重い』って言うんだよ」






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