第11話 清和の恋人

「何かしら? 旅に必要なことなら何でも言ってちょうだい」


 旅に必要なことならその全てを美雨は知っておかなければならない。


「はい。旅の間の服装なのですが身分を隠すことや馬に乗っての移動のこともあり、美雨様には町娘のような質素な服装をしてもらいたいのです」


 美雨は闇のお父様とお忍びで出かけた時に着た民が着る服を思い出す。

 王女の美雨は華美ではないが王宮では普段ドレスを着ている。


 当麻の言う通りドレスを着ていたら乗馬も大変だし民が見たら美雨を高貴な人間だと思ってしまうだろう。


「それなら民の中にいても目立たない質素な服装にするわ」


「ありがとうございます。噂では王女殿下たちの中にはドレスでなくては旅をしないと仰られている方もおられると聞いていたので美雨様が承諾してくれて助かりました」


 明らかにホッとした様子の当麻の言葉に美雨は逆に驚く。


(馬車が使えないような土地もあるのにドレスで旅をするって言ってる女王候補者がいるの? でもまあ、そんなこと言うのはたぶんあの二人ね)


 美雨の脳裏に普段から派手なドレスを着て着飾っている順菜と照奈の姿が浮かぶ。

 従者にそんな我儘を言うのはあの二人以外考えられない。


「それぐらい当然だわ。我儘を言う人の方が悪いのよ。他に旅の注意点はある?」


「後は荷物用の馬は二頭連れて行く予定なのでなるべく荷物を少なくしていただけると助かるのですが」


「分かったわ。野乃に頼んで荷物は最低限にするわ。足りないモノが出たら途中で手に入れてもいいし」

 

「ありがとうございます。私どもからの旅でのお願いは以上です。では、準備ができたら出発致しますがそれでよろしいでしょうか?」


「ええ、いいわよ。私の方の準備が終わったら連絡するから出発しましょう」


「承知しました。では我々はこれで失礼します」


 当麻と高志乃はソファから立ち上がり一礼して部屋を出て行った。

 美雨は野乃に声をかける。


「野乃。話は聞いてたでしょ? 私の荷物は最低限にしてね。あと、私が着るための民と同じ服も用意してくれる?」


「はい。すぐに準備致します。全て私にお任せください」


 野乃の力強い返事に美雨は安心する。

 なにしろ王宮から出たら頼れるのは野乃と先程の護衛騎士しかいないのだ。


 旅は楽しみでもあるが不安も大きい。

 美雨も僅かに緊張している自分を感じる。


(さて、準備は野乃に任せて私は清和お姉様に会って来ようかしら。体調が悪いなら私の力で回復させてあげられるし)


 授業の時に様子がおかしかった自分の姉のことが気になった美雨は清和に会いに行くことにした。

 清和だって旅の準備が終われば旅に出発してしまうかもしれない。


 旅の出発日に関しては女王の氷雨から「女王教育の最後の授業が終わったら各自出発するように」と言われていた。

 本日が女王教育の授業の最終日だったからもういつでも準備ができた者から出発していいことになる。


 女王候補者の旅はお忍びのような感じなので王宮から華々しく出発するような儀式はしない。


「野乃。ちょっと清和お姉様の部屋に行って来るから」


「承知しました」


 野乃に声をかけてから美雨は清和の部屋を目指す。

 しかし、その途中で廊下を曲がった時に廊下の先の方を黒髪の女性が歩いているのが見えた。


 その女性が清和だと思った美雨は声をかけようとしたがその女性はすぐに廊下の角を曲がって姿が見えなくなってしまう。

 大声で呼べば清和に聞こえるかもしれないが王女が王宮内で大声を出すなど禁じられている。


 仕方ないので美雨は急いで清和を追って廊下の角を曲がった。

 そこは行き止まりになっていて廊下の奥に部屋が一つあるだけの場所だ。 


 だが清和の姿はない。


(あれ? どこに行ったのかしら?)


 美雨がそう思った時に奥の部屋から話し声のようなモノが微かに聞こえた。


(もしかしてこの部屋に清和お姉様がいるのかしら。でもここって清和お姉様の部屋じゃないわよね)


 疑問に感じながらも美雨はその部屋の扉に近付く。

 すると中から男女の声が聞こえる。


 女性の声は清和のような気がするが男性の声には聞き覚えはない。

 気になった美雨はいけない行為だと分かってはいたがそっと扉を開けて中を覗いて見た。


 部屋の中には確かに男女がいる。

 女性は清和で男性の方は美雨の知らない人間だが若い土族の人間だ。


 そして次の瞬間、清和の鋭い声が聞こえた。


「なぜ、貴方のことを忘れて王配選びの旅に行かないといけないの! 私が愛するのは貴方だけよ!」


「清和。落ち着いて。俺も清和のことを愛してる。でも清和は女王候補者だ。王配を選んで女王になることを民は望んでいる」


「別に女王候補者は私だけじゃないもの! 女王になりたい人間がなればいいのよ! 私は貴方と別れてまで女王になりたくない!」


 その言葉に美雨は固まる。


(清和お姉様に恋人がいるの!?)


 今までそんな素振りなど清和は美雨に見せたことはない。

 しかし人目を盗んで二人で会ってることといい、清和の態度からしてこの土族の青年が清和の恋人なのは間違いないだろう。


「清和。俺はただの庭師に過ぎない。俺と結婚しても清和が苦労するし女王陛下がお許しにならないだろう」


「お母様が許さないんだったら私は王女の地位を捨ててもいいわ。私には貴方しかいないの!」


 泣きだす清和をその青年がそっと抱き締める。

 美雨は二人に気付かれないように扉を静かに閉めた。


(清和お姉様に恋人がいたなんて。でも恋人がいるのに王配を選ぶなんて確かに酷な話よね)


 美雨には恋人はいない。

 それどころかまだ「恋」もよく分からないぐらいの人間だ。


 そんな美雨でも好きな相手と別れて別の人間と結婚しなければならない清和の辛い思いは分かる。

 だからこそ美雨も自分が持つ不安を隠しきれない。


 果たして六人の王配候補者に同時に愛情が持てるのか。

 その答えは自分で見つけるしかないだろう。


 とにかく清和のことは誰にも言わない方がいい。

 この二人がどんな選択をするかは分からないがそれは二人の問題だ。


 美雨は先程の清和の様子を思い出す。

 温和で静かな印象しかない清和があんなに感情的に取り乱す姿は初めて見た。


 さらに女王の命令に逆らうことも王女の地位を捨てることも清和にためらいはないように思えた。

 それだけあの青年のことが好きなのだろう。


(恋は人を変えるって本で読んだことあるけど本当にそうなのかもしれないわ)


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