第8話 空也の後悔
中庭には色とりどりの花が咲いている。
王都のある土地は一年中温暖で過ごしやすい。
六部族が住んでいる場所は様々な気候の土地だと習った。
例えば、水族は海の側に住んでいるとか風族は高い山地に、また火族が住む場所は砂漠地帯とも聞いている。
もちろんこの王都と同じ温暖な気候の土地に住んでいる部族もいるらしいが。
そんな様々な土地で生活をしている為に華天国が建国される前は争いが耐えなかったらしい。隣の芝生は青く見えるということかもしれない。
美雨と空也が入った中庭は王族専用の中庭だ。
庭を整備する者を除けば王族以外は立入禁止区域。
それに中庭の奥には王配たちが剣や弓などの鍛錬をする鍛練場がある。
王配には女王の傍にいて女王を護る仕事もあるから王配たちはいつも鍛練を欠かさない。
今、美雨と空也が歩いている場所はその鍛練場までいかないたくさんの植物が植えられている場所だ。
座って花を観賞できるように所々に屋根付きの休憩所がある。
その中の一つに空也と美雨はやって来た。
「美雨。ここに座ろう」
「はい。光のお父様」
空也に促されて美雨は休憩所の中にある長椅子に腰を下ろす。
美雨の横に空也も座った。
(光のお父様の話って何かしら?)
空也の様子を伺うと空也の表情はどこか真剣だ。
話というのはどうやら世間話という訳でもないようだ。美雨は少しだけ緊張する。
「美雨。私は美雨に謝らなければならないことがある」
「え?」
唐突な言葉に美雨は面食らう。
(光のお父様が私に謝ることなんてあったかしら?)
別に空也とケンカした覚えもないし空也に謝ってもらうことに美雨は心当たりがなく首を傾げた。
「昔の十夜の事件についてのことだ」
「闇のお父様の事件ですか?」
「そうだ」
(闇のお父様の事件って、やっぱりあのお忍びでケガをして亡くなった事件よね)
未だに美雨の心に重く圧し掛かる悲しい事件。
だがあの事件は美雨の我儘が起こした事件だ。空也には直接関係ない話に思える。
(いえ、関係ない話ではないわね。あの事件で闇のお父様を亡くしたことは光のお父様にもとっても大変な出来事だったもの。でもその事件で光のお父様が私に謝ることなんてないと思うけど)
むしろあのような事件を起こした美雨の方が謝る側だ。
もちろん当時、美雨は他のお父様たちにもきちんと謝った。お父様たちは「美雨のせいではない」と慰めてくれたことを美雨は記憶している。
「美雨が王都に行きたいと言った時に私がもっと強く十夜を止めていればあんなことにはならなかった。あの事件のせいで幼い美雨の心に傷をつけてしまったことは申し訳ないと思っている。すまなかった、美雨」
空也は美雨に頭を下げた。
王配は滅多なことで頭を下げることはない。それ故に空也が過去のことを強く後悔していることが美雨にも伝わってきた。
確かにあの事件で美雨の心は傷付いた。
しかし傷付いたのは美雨だけではない。母の氷雨も他の王配もそして自分の姉たちも傷付いたに違いないのだ。
「どうか頭を上げてください、光のお父様。あの事件は悲しい事件でしたがあの時に心を痛めたのは私だけではありません。それに元々は私の我儘が原因ですし。光のお父様だけが悪いことにはなりません」
そう、あの事件は様々な不幸が重なってしまった結果だ。
事件のことを消すことはできないがあの時に闇のお父様と交わした約束が美雨にこれまで生きる力を与えてくれたのも事実。
過去が変えられないならその過去を受け入れ前に進むしかない。
未だに後悔の念がないと言えば嘘になるが最近はそう思えるように美雨もなってきていた。
だが、頭を上げた空也の表情は複雑そうだ。
美雨が長く苦しんだように空也もあの事件のことで長く苦しんでいたことが表情から分かる。
「しかし美雨はあの事件があったから女王を目指すんだろう? 美雨が幼い時から他の女王候補者よりも人一倍勉強を頑張っていたのは知っている。私は美雨にもっと子供らしいことをやる時間を与えてやりたかった」
どうやら空也は美雨が幼い頃から女王になる勉強を必死にやっていたことに罪悪感を抱いていたようだ。
だから今回美雨が王配選びの旅に出る時を選んで美雨に謝ったのかもしれない。
でも美雨は自分の子供の頃の時間を勉強に費やしたことを後悔などしていない。
そもそも女王候補者になった時点で女王になる勉強をするのは当たり前だっただろうし美雨は勉強をしている時に闇のお父様が側にいるような気がして嬉しい気分にさえなっていたのだ。
女王になる勉強は美雨にとって辛いモノではなかった。
「光のお父様。私は自分で女王になりたいと思ったから勉強を頑張りました。確かにきっかけは闇のお父様の言葉だったかもしれません。でも自分の人生を決めるのは自分です。私が女王になりたい理由はこの国が好きで民が好きだからです。お忍びで出かけた時に見た民たちの暮らしを護りたいから私は女王になりたいんです。闇のお父様に強要された訳ではありません」
美雨は笑顔で空也に答える。
十夜との約束を果たすことは美雨の望みではあるが自分が女王になることを望むのはそれだけが理由ではない。
この国がこの国の民が好きだから自分は女王になりたいのだ。
(闇のお父様だって私自身が女王を望むことを願っているはずだわ。自分を犠牲にして女王になっても闇のお父様はきっと喜ばないもの。そうよね? 闇のお父様)
美雨は自分の首にある桃色の花のネックレスを触る。
花の形の石が僅かに温かくなったような気がした。
「そうか。ならば美雨は美雨の信じた道を生きなさい。十夜もきっとそれを望むだろう」
「はい。光のお父様。それでは私は旅の準備があるのでこれで失礼しますね」
「ああ。旅の無事を祈って美雨の帰りを待っているよ」
空也はようやく穏やかな笑顔を見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。