第10話 護衛騎士への条件

「当麻と高志乃には家族がいるの?」


「家族ですか?」


「そうよ」


 美雨の質問が予想外だったのか当麻も高志乃も一瞬だけお互いに顔を見合わせた。

 だがすぐに当麻は美雨の方を向き答える。


「私には両親と妹がおります。私自身は独身です。家族は王都で暮らしていますが私が騎士になってからは別居して生活をしております」


 当麻が話し終えると今度は高志乃が話し始めた。


「私の両親は既に亡くなっていてひとつ年下の弟が一人います。私も弟も共に独身です」


(なるほど。当麻も高志乃も独身なのね。それなら長い旅に二人が出てもすぐに困る家族はいないわね)


 王配選びの旅はけして短くはない。

 もし二人に妻や幼い子供がいたら自分の護衛騎士として連れて行くことに美雨は反対する気だった。


 旅の間は危険も伴う。

 自分の父親が亡くなる経験など他の子供にはさせたくない。それは美雨の強い願いだ。


 だが二人が独身というなら護衛騎士を任せても大丈夫だろう。

 しかしそれでも二人とも天涯孤独という訳ではなく両親や弟妹がいる。


 それならきちんとあの約束をしてもらわなければならない。


「失礼ですが、美雨様。私たちの家族に何か問題でもありましたでしょうか?」


 二人が家族の話をした後に美雨が黙ってしまったので当麻は不安そうに尋ねてきた。

 美雨は慌てて首を横に振る。


「貴方たちの家族に問題はないわ。それに私は出身部族にもこだわりはないし。でも両親や妹さんや弟さんのいる貴方たちに約束して欲しいことがあるの」


「約束ですか? どのようなことでしょうか?」


「それはね。私の為に自分の命を捨てるような行為はしないことよ。もちろん敵が来たら私を護衛するのが貴方たちの役目だとは理解しているわ。でもなるべく命を大事にして欲しいの。そして一年後に全員が無事にケガ無く王宮に戻ることを目標にして私の護衛をして欲しいの。だからそう約束してちょうだい」


「それは……」


 二人は明らかに困惑した表情だ。

 自分の主人に命を捧げて護衛する騎士に対して主人の為に命を捨てるなと言われるとは思ってなかったらしい。


 けれどこの件に関してだけは美雨も譲れない。

 もう自分の為に散る命など見たくないのだ。


 あの日王都で何者かの襲撃を受けた美雨はこの国にも女王や王配を敵視する者がいることを知った。

 悲しい事実だがそれも現実だと受け止めるしかない。


 なのでこの王配選びの旅だって誰かに襲撃される可能性はある。

 照奈のような攻撃性の霊力を持ち「霊力玉」で敵を自分で倒せればいいのかもしれないが美雨が持っている霊力は「癒し」の力だ。


 「癒し」の力が劣っているとは思わないが美雨には自分を護る術がない。

 身の安全は自分の護衛騎士に頼るしかないのは分かっている。それでも当麻や高志乃が自分の為に命を落とすことは承諾できない。


 最初は困惑していた当麻と高志乃だったが二人を見つめる美雨の真剣な眼差しに何かを感じ取ったのだろう。

 二人は顔を見合わせて頷き合うと美雨に誓いの言葉を捧げる。


「承知しました。この当麻、騎士と自分の名前にかけて必ず一年後全員無事に王宮に戻って来られるように努力すると約束致します」


「私、高志乃も騎士と自分の名前にかけて美雨様との約束を守ることをここに誓います」


 そして深々と二人は美雨に頭を下げた。


「ありがとう、当麻、高志乃。一年後、皆でこの王宮に無事に戻って来ましょうね」


「はい。美雨様」


 頭を上げた二人は初めて笑みを美雨に見せた。

 やはり笑みを浮かべる二人は女性なら惚れてしまうような素敵な騎士だ。


 この二人が独身なのが不思議に感じてしまうくらいだが主人の美雨に対して嘘は吐かないだろうから独身なのは間違いないだろう。

 それにこの二人なら美雨との約束も守ってくれるに違いない。


(もしかしてお父様たちは私がこう言うのを見越して独身の護衛騎士を選んだのかも)


 美雨の父親たちは美雨の性格をよく知っているからその可能性は高い。

 もしそうなら父親たちには感謝しかない。


 すると今度は高志乃が美雨に声をかけてきた。


「美雨様。もしお時間があれば王配選びの旅についてのご相談があるのですが」


「旅についての相談? いいわよ、それならそこのソファに座って」


 美雨は自分の向かいにあるソファに座るように二人に指示する。

 騎士は主人の特別な命令がない限り基本的に主人の前では立っているのが普通で今の美雨とのやり取りの間も二人は立ったままだった。


 しかし旅の相談となると長い話になるかもしれないので美雨は着席するように指示をしたのだ。

 二人は「失礼します」と言ってからソファに座る。


 そして高志乃が何やら紙を一枚取り出した。

 その紙をテーブルの上に広げる。


「この地図は華天国の地図です」


 美雨もその紙を見てみるが確かにそれは華天国の地図だった。

 華天国の国土は広く中央部分に王都があり周囲に六部族の居住区域が存在する。


 一見すると六枚の花びらを持った大きな花のようにも見える。

 それがこの国の名前の華天国の由来でもあることは美雨も習った。


「まず王配選びの旅をするのにどの部族からどのような順番で回るのかを美雨様に決めていただきたいのです」


「回る順番?」


「はい。美雨様が最初に行きたい部族があるとか逆にこの部族は最後にして欲しいなどご希望をお伺いしたいと思いまして」


(部族を回る順番なんて考えていなかったわね。そういえばどの部族から回らないといけないという規則はなかったわ。どうしようかしら?)


 旅に出ることなど初めてなので美雨は悩んでしまう。

 そもそも旅どころか王宮から外に出るのも幼い頃以来なのだから。


(とりあえず私の意見を言う前に高志乃たちの意見を聞くべきね)


 世間知らずの自分よりも高志乃や当麻の方が外の世界のことは詳しいはずだ。


「当麻や高志乃はどう回るのが一番いいと思う? 二人の意見を参考にしたいわ」


 すると当麻が美雨に説明を始める。


「各部族での滞在地は各部族の都になります。王都から一番近い都は光族の都です。そこから時計回りか反時計回りかで行く方がいいのですが光族から反時計回りに回ると火族の砂漠地帯になります。旅に慣れていないうちに砂漠の旅は美雨様にかなりの負担がかかると思うので光族から時計回りに行って水族の都を目指した方がいいかと」


 地図を指差しながら当麻は丁寧に教えてくれた。


「なるほどね。それは私も賛成だわ。そうなると最初は光族ね。光族から当麻の言う通りに時計回りに行ったらどんな部族の順番になるの?」


「はい。光族の次は水族、次は土族、風族、闇族、そして最後に火族になります」


「分かったわ。その順番にしましょう。都までどの道を通るかは当麻と高志乃に任せるわ」


「承知しました。ではそのように手配致します。それともう一つ美雨様にお願いがありまして……」


 当麻は少し言い辛そうな表情になる。


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