第4話 闇の王配の死

 闇の王配の十夜は王宮に運ばれて治療を受けたがその容態は一進一退を繰り返す。

 治療の邪魔になるからと美雨は十夜との面会も許されなかった。


 それ故に美雨にはただ十夜の回復を祈ることしかできない。

 しかしその祈りも虚しく十夜は息を引き取った。


 母の氷雨に呼ばれ美雨は十夜の私室に向かう。

 私室のベッドの上には眠るように横たわる十夜の遺体があった。


「闇の……お父様……」


 震える足で美雨はベッドに近付く。

 十夜が亡くなったことはもちろん美雨にも報せが届いた。


 だが美雨は十夜の亡骸を目にしてもまだ十夜の死が受け入れられない。

 ベッドに近付いた美雨は十夜の手に触れた。


 いつも美雨の頭を撫でてくれた大きな手が今は冷たくなっている。

 そのことが十夜が亡くなってしまったことを美雨に実感させた。


「そ、そんな…闇のお父様ぁーっ!」


 美雨は十夜の冷たくなった腕にすがりつくようにして叫んだ。

 しかしその声に答える十夜の声は聞こえない。


「ひっく! ううぅ…」


 涙を流し十夜の死を悲しむ美雨の肩にそっと誰かが触れた。

 その人物は美雨の母でありこの国の女王の氷雨だ。


「うぅ…ご、ごめんなさい…お母様。わ、私が…闇のお父様を……うぅ……」


 自分が王都に行きたいなどと言わなければ闇のお父様は死ぬことはなかった。

 その後悔が美雨を襲う。


「美雨。十夜は貴女のせいで死んだ訳ではないわ。確かにきっかけは貴女の王都に行きたいという願いだったかもしれない。でも最終的に許可を出したのは女王の私よ。だから全ての責任は女王の私にあるの」


「お母様……」


 そう言われても美雨の心の傷は癒えない。

 自分に責任があると言った氷雨も憔悴しきった様子だ。


 王配はこの国では女王と同じく大切な存在。闇の王配を失ったことはこの国を治める女王として何よりの痛手だろう。

 いや、国のことを第一に考える女王であっても一人の人間だ。


 十夜は氷雨の愛する夫の一人。

 愛する夫を失った氷雨が誰よりも悲しみの中にいるのは当たり前の話だ。


 しかしそれでも氷雨は気丈に女王であることを崩さない。

 静かな声で美雨に話しかけた。


「今回のことは美雨の責任ではない。だけどね、美雨。十夜はこの国には絶対に必要な闇の王配だったの。王配の死は国を弱体化させる危険性があるわ。そのことは分かる?」


「…はい、お母様」


 美雨は涙を手で拭い氷雨の顔を見る。

 女王と六人の王配がこの国に存在不可欠なことはこの国の歴史を勉強する時にまず習う内容だ。


「王配が一人欠けたことでこの国にも様々な影響がいずれ出てくる可能性は高い。でもすぐに女王の代替わりをする訳にもいかないわ。次代の女王候補の私の娘や王族の娘で王配を迎えられる適齢期の娘はいないから。だから私はなるべくこの国への悪影響を最小限に抑えるようにこれから努力をするわ」


 氷雨は女王として何かを決意しているように見える。


「だから美雨。貴女は女王候補としてたくさんのことを学び女王と六人の王配についてもう一度自分自身で考えなさい。そしてまずは次代の女王候補に相応しい王女を目指しなさい。十夜は貴女が次代の女王になることを望んでいた。もし貴女が自分自身で女王になることを望むのなら十夜も喜ぶことでしょう」


 美雨の脳裏に十夜との約束の言葉が蘇る。


(確かに闇のお父様は私が女王になるのを望んでいたわ)


『女王になれ、美雨』


 ふと聞こえないはずの十夜の声が聞こえた気がした。


「はい。お母様。私は女王を目指します」


 美雨は悲しみを堪えて十夜との約束を果たすことを誓う。

 そんな美雨の頭を氷雨は撫でた。


「貴女が次代の女王になれるかは私にも分からない。女王はこの国の神が決めることだから。でも貴女は私の娘の中で一番霊力が高い。貴女の努力次第では次代の女王になっても不思議ではない。私も美雨が女王になることを期待しているわ」


 氷雨の言葉と十夜との約束の言葉は強く美雨の心に刻まれた。






「闇のお父様。私、必ず女王になります。この国と民のことが好きだから」


 美雨の深い青い瞳から涙が零れる。

 侍女は遠ざけているのでここには自分しかいない。


 王族は人前では泣かないことと教師に教わった。

 でも人のいない今なら泣くことができる。


 美雨の胸にはあの日十夜と一緒に買い物をした桃色の花のネックレスが揺れていた。

 そのネックレスを手でギュッと掴む。


 これは闇のお父様との最後の想い出の品であり闇のお父様が自分の傍にいて自分を護ってくれる物だと美雨は確信する。


(闇のお父様との約束を果たすまで。私が女王になるまでこのネックレスは大切にしよう)


 そう美雨は決めた。


 バルコニーで十夜が亡くなった時のことを思い出していたらいつの間にか神殿の鐘の音が聞こえなくなる。

 闇の王配の葬儀が終わったようだ。


 美雨は葬儀に参列したかったが成人前の王族は儀式には参加できないという決まりがあるので王宮の私室で闇のお父様へ祈りを捧げ続けた。





 そして12年の時が過ぎ美雨は18歳になった。


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