第3話 王都での襲撃

 王都の街の散策に美雨は夢中になった。

 十夜が買ってくれた串に刺さったお団子を食べる時に食べ方を美雨が十夜に訊くと「そのまま噛り付くんだ」と言って十夜は笑う。


 だが言われた美雨はびっくりだ。

 噛り付いて食べ物を食べたことなどない。しかもここは外だ。


 外で食べ物に噛り付いて食べるなど美雨の常識の中には存在しない。

 だが十夜に言われたことを美雨は思い出す。


 美雨が知っているのは王女としての常識。

 それがそのまま六部族の民の常識となる訳ではないと。


(それならこのお団子は噛り付いて食べるのが民の常識なのね!)


 勇気を出して美雨はお団子に噛り付いた。

 甘い蜜が絡んだモチモチ食感のお団子の美味しさに美雨は感動する。


(民の常識って不思議だけど素敵だわ!)


「美味しいです! 闇のお父様!」


 王女としてははしたない食べ方をしているのになぜかこのお団子は王宮でいつも食べるお菓子より美味しく感じた。

 その様子に十夜は満足そうに僅かに笑みを浮かべる。


「そうか。だがそろそろ夕暮れになる。そのお団子を食べたら王宮に帰るぞ」


 十夜に言われて美雨は空を見た。

 確かに太陽は傾き夕暮れが近い。夕食に遅れたら母の氷雨に怒られてしまう。


 女王の母との約束を破ることはできない。

 美雨は幼いが王女であっても女王に逆らうことはこの国では重罪とされることだと知っていた。


 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまったらしい。

 また明日からは窮屈な王宮での生活が待っている。次に王都の街を見れる日はいつになるのか。


 そう考えると美雨は少し寂しくなったがこれ以上自分のワガママを言う訳にはいかない。

 最後のお団子を飲み込むと美雨は十夜の顔を見る。


「はい。王宮に帰ります、闇のお父様。今日は王都の街に連れて来てくれてありがとうござい…きゃあ!」


 今日のお礼を闇のお父様に伝えている途中で美雨はいきなり身体を十夜に抱きかかえられてグッと十夜の方に引き寄せられた。

 思わず悲鳴を上げた美雨だったがその瞬間、「ドスッ!」という音が聞こえる。


 十夜に抱きかかえられながら音がした所を見るとそこには一本の小型の弓矢が地面に刺さっていた。

 弓矢が刺さった場所は今の今まで美雨が立っていた場所だ。あと少しでも十夜が美雨を抱き寄せるのが遅かったら弓矢は美雨の身体に突き刺さっていただろう。


 背中がゾクッとして美雨は生まれて初めてと言ってもいいくらいの恐怖に襲われた。

 そして美雨と十夜の前に十数人の黒い覆面と黒い服を着た者たちが現れる。襲撃者の手には剣が握られていた。


「お前たちの狙いは美雨か? それとも私か?」


 十夜の問いかけに襲撃者たちは答えることなく一斉に十夜と美雨に襲いかかってくる。


「答える気はないってことか。美雨はここでジッとしてろ!」


 美雨を建物の壁際に座らせ十夜はその美雨を背中に庇うようにその前に立ち素早く剣を抜き襲撃者に応戦した。

 剣と剣がぶつかり火花を散らす。


 闇の王配は「王家の刀」とも言われるほど戦闘能力が高い。

 美雨を庇いながらも十夜は襲撃者を一人、また一人と仕留めていく。


 激しい剣同士のぶつかる音に美雨は怖くて自分の手で自分の耳を塞ぎ目をギュッと閉じた。

 身体はガタガタと恐怖に震える。ただこの怖い出来事が早く終わってくれることを祈ることしか美雨はできない。


 おそらく襲われたのが十夜だけだったらここまで苦戦はしなかっただろう。

 だが美雨を庇いながらの戦いは十夜の腕を持ってしてもすぐには片が付かない。


 そして人通りの少ない場所であってもここは王都。

 誰かが騒ぎに気付き王都を警護する兵士がこちらに向かってきた。


「そこで何をしているんだ!」


 兵士の上げた声に美雨は目を開ける。

 味方が来てくれたのだと思い美雨はその兵士たちに助けを求めようと壁と十夜の間から動いてしまった。


「美雨! 動くな!」


 美雨が動いたことに気付いた十夜が叫ぶ。

 そしてその分十夜に僅かな隙ができた。


 その瞬間を襲撃者たちが逃す訳がない。

 一斉に十夜と美雨に向かって小剣を投げつけてきた。


「くっ!」


 多くの小剣は十夜の剣で叩き落とされたが一つの小剣が十夜の腕を掠めた。

 兵士が駆け付けて来るのを見た生き残った襲撃者はその攻撃を最後に逃げて行く。


「闇のお父様!」


「大丈夫だ、美雨」


 腕から血を流しながらも十夜は美雨を安心させるように大きな手で美雨の頭を撫でる。

 いつもなら十夜に頭を撫でられると安心できるのに今は全然安心できない。


 それどころか美雨の不安は増すばかりだ。


「これは闇の王配殿下ではありませんか! 何者かに襲われたのですか!?」


 兵士の上官は十夜の顔を知っていたらしい。

 王都で王配が襲撃されるなどあってはならないことだ。


 襲撃を未然に防げなかったことで王都を警備する兵士たちにお咎めがある可能性もある。

 兵士の上官はそれを恐れたのか顔色が真っ青だ。


「たいしたことはない。このことは他言無用に……」


 王女がお忍びで街に出ていたことを隠そうとした十夜が兵士に口止めをしようと言葉を発すると同時にその場にガクリと跪く。

 十夜の呼吸が荒くなった。額には脂汗が滲んでいる。


「クソッ! 毒か……この娘は王女の美雨だ……王宮に…つれ…て……いけ…」


 美雨の目の前で十夜は意識を失い倒れた。


 それは美雨にとって悪夢でしかない。

 先程まで楽しく王都を散策していたのになぜこんなことになってしまったのか。  


「いやあ! 闇のお父様ぁーっ!!」


 倒れた十夜の身体に抱きついた美雨の悲鳴が辺りに響く。

 緊急事態に慌てて騒ぐ周囲の兵士の声も美雨には聞こえない。


(私が、私が、王都の街を見たいなんて言ったからこんなことに!)


 幼い美雨の心は限界に達しその後美雨はどうやって王宮に帰って来たか記憶がない。

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