第2話 初めての買い物

「これが民の着ている服ですね? 私も普通の民に見えますか? 闇のお父様」


 美雨は鏡を覗き込んで自分の姿を確認する。

 王女の時に着ていたドレスとは違い今美雨が着ている服は質素で装飾がほとんどない。


 それにいつもよりスカートの丈が短いので足が見えてしまう。見えると言っても長い靴下を穿いているので素足が見える訳ではない。

 教師には足を見せるのは王女としてはしたないと言われていたので美雨は戸惑う。


「ああ。美雨ぐらいの年齢の娘は皆そんな感じの服を着ているから心配ない」


「でも足が見え過ぎではありませんか?」


「靴下を穿いているから素足というわけじゃないし、民は暑い時期は裸足で水遊びもするんだよ」


「裸足で水遊び!?」


 十夜の言葉に美雨は目を丸くする。

 もし自分がそんなことをしたら教師に怒られることが確実だ。


「民の子供はそれが普通なのですか?」


「そうだよ、美雨。教師は美雨に王女の常識は教えてくれるだろうが常識というのはその場所によって違うんだ。美雨が知ってるのは王宮で王女としての常識。しかしこの国を形成する六部族には六部族の常識がある。そのことを理解しなければならない。安易に自分の知ってることが当たり前だと思ってはいけないよ」


「分かりました。闇のお父様」


 美雨にとって非常識なことに思えることでもそれぞれ六部族ではそのことが常識であることもあるのだと美雨は十夜から学ぶ。

 十夜も質素な服に着替えて腰に長剣を差す。


「では準備ができたから行くか。今日は特別に闇のお父様の馬に乗せてやるからな」


「馬に乗れるんですか!」


 まだ幼い美雨は馬に乗ったことがない。

 生き物が大好きな美雨は以前「乗馬の練習をしたい」と教師に話したら「王女が乗馬をしてはいけない規則はありませんがせめてもう少し身体がご成長するまでお待ちください」と言われてしまったのだ。


「ああ。乗せてやるとも。では行くぞ」


 十夜は再び軽々と美雨の身体を抱いて自分の馬のいる場所まで連れて行った。

 馬のいる小屋に美雨は来たことがない。


 馬小屋は少し動物特有の臭いがするが美雨は目の前に並ぶ大きな身体の馬に気を取られて臭いなど気にならなかった。


(馬って近くで見ると大きいのね!)


 初めて間近に馬を見て美雨は興奮する。

 すると十夜は美雨を地面に下ろし「少し待ってなさい」と言って馬小屋から一頭の大きな黒い馬を連れ出してきた。


 黒い馬体が艶やかに光りたてがみも美しい。


「この馬が闇のお父様の馬ですか?」


 黒く美しい馬は闇の王配に相応しい馬に見える。


「そうだよ。さあ、準備ができたから乗せてあげよう」


 十夜は美雨の身体を馬に乗せ自分もヒラリと馬に跨った。

 視界が広がり今まで自分が見ていた世界と違うことに美雨は驚く。


「うわあ! 凄く高いです! 闇のお父様!」


「騒いで落ちないように闇のお父様につかまっていなさい」


「はい」


 美雨はギュッと十夜の服を掴んだ。

 十夜は自分が羽織っていたマントで美雨を包むように抱き締めながら馬を走らせた。


 王宮にはいくつも門があるが闇の王配の馬を止めようとする門番はいない。

 そのまま王宮を飛び出し美雨と十夜は王都の街に出た。


 美雨は初めての乗馬で怖くて目を閉じていたがしばらくすると馬の速度が遅くなったのを感じる。


「見てごらん、美雨。これが王都の街だ」


 十夜の声に美雨は目を開けた。

 その美雨の瞳に王都の街の光景が飛び込んでくる。


 大通りに面した建物は赤や白や青などの色とりどりの屋根が綺麗だ。

 通りにはたくさんの人が歩いている。


 荷馬車や馬に乗った人もいるし様々な年齢の人がいた。

 美雨ぐらいの子供たちもいれば年老いた者もいる。


 王宮にもたくさんの人はいるが王女の美雨が会うのは侍女やメイドや兵士や騎士などが主なので比較的若い大人が多い。

 なので老若男女が混じる王都の街を新鮮に感じる。


 そして王都に住む民は六部族が入り混じっているのでその姿も様々だ。

 六部族は基本的には自分たちの土地で暮らしている者が多いが近年は自分の部族とは違う土地で暮らす者も増えたらしい。


 それでも他の部族に住むのに抵抗を感じる者もいる。

 そういう者たちが気兼ねなく暮らせるのが王都だと美雨は教師に習った。


「こんなに王都の街にはいろんな人がいるんですね、闇のお父様」


「人だけじゃないさ。お店もいろいろある。馬を預けて少し店を見てみるか」


「はい!」


 美雨は元気よく大きな声で返事をした。

 王女としては大きな声を出すのも教師に怒られる案件だが街の騒めきが美雨の大きな声を目立たなくさせてくれたようなので大丈夫だろう。


(それよりも早くお店に行ってみたい)


 美雨の興奮は頂点に達しようとしていた。

 十夜が馬を預けて二人で街を歩く。


 お店を見たい気持ちも大きいがこうやって二人で歩いていると闇のお父様を独り占めしている気分になれて美雨は嬉しかった。

 この国の王配は政治に携わることはないが女王の補佐や王配独自の仕事をしている。


 けして暇な訳ではないのに十夜は美雨が話しかけた時は無視することなくいつも美雨の相手をしてくれた。

 そのことで母の氷雨に「十夜は貴女だけのお父様じゃないのよ。この国の民にも必要とされている者なの」と注意されたこともある。


 だが今ここには小言を言う母はいない。

 だから今だけは十夜は美雨だけの「闇のお父様」だ。


「美雨。見てみたいお店はあるか?」


「は、はい。え~と…」


 辺りを見まわすと建物の前にテーブルを出して装飾品のような小物を売っているお店があった。

 美雨が近付いてそのテーブルの上を見ると指輪や腕輪、ネックレスなどが置いてある。


 その中のひとつ。

 桃色をした花の形の石がついているネックレスが美雨の心を奪う。


(これ綺麗。欲しいけど私は民のようにお金を持ってないし…)


 教師から物を買う時はお金を支払って買うことと教えてもらったことを美雨は思い出す。

 しかし当然王女の美雨はお金を使って買い物をしないのでお金を持っていない。


「これが気に入ったのか? 美雨」


「はい。でも私はお金を持っていないので買えません」


「それなら美雨の誕生日の贈り物に私が美雨にお小遣いをやるから自分で買い物をしてごらん」


 十夜はお金を美雨に渡す。

 お金を受け取った美雨は緊張で胸がドキドキしていた。


 生まれて初めてのお金を使っての買い物だ。

 ギュッと硬貨を握り締めて美雨は勇気を出す。


「すみません。このネックレスください!」


「はいよ。ありがとう、お嬢ちゃん」


 店の主人にお金を渡すと主人はネックレスを美雨に渡してくれた。

 そのままお店から少し離れると十夜は美雨に小声で囁く。


「どうせならつけて帰って美雨が初めて自分で買い物したモノだと氷雨や他のお父様たちにも自慢してやれ」


 そう言って十夜は美雨にそのネックレスをつけてくれる。


「はい! そうします!」


 首元で揺れるネックレスの桃色の花の石を触りながら美雨は笑顔で十夜に答えた。


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