女王の華咲く日

リラックス夢土

第1話 お忍び

 その日、華天国かてんこくの王都は悲しみに包まれた。


 王都にある神殿の鐘の音が王都に響き渡る。

 神殿の鐘が鳴らされるのは王族に関係する者の婚姻や葬儀、戴冠式など王族に何か変化があった時だけだ。


 そう、本日は現華天国第23代女王の氷雨ひさめの夫の一人である闇の王配の葬儀だった。

 亡くなった闇の王配は十夜とうやという名前で華天国を形成する部族の一つ闇族の出身。


 葬儀を行う王族専用の神殿の奥宮に女王を始め王族が集まって死の儀式を行う。

 闇の王配の棺に女王の氷雨が清めの水を垂らす。


 粛々と進む葬儀の間は神殿の鐘は鳴り続ける。

 王都にいる国民は皆その鐘の音を聞きながらそれぞれの場所で黙祷を捧げていた。





 神殿の鐘の音は王宮にある美雨みうの私室まで聞こえている。

 美雨はバルコニーに出て闇の王配の葬儀をしている神殿の方を見た。


「闇のお父様、ごめんなさい…」


 美雨はこの華天国の第三王女で氷雨の娘である。

 月の輝きのような銀の髪に深い海のような濃い青の瞳。


 美雨と出会う人間は誰もが美雨のことを「可愛らしく美しい姫君」と褒めたが今はその子供にしては整った顔を悲しみの色に染めていた。

 バルコニーにいる美雨に風が直接当たり長い銀髪が風で宙に舞うがそんなことは今の美雨には気にしている余裕はない。


 ギュッと自分の唇を噛みしめて小さな手で拳をグッと握る。

 そうしないとこの場に座り込んでしまうぐらい美雨はショックを受けていた。


 先月美雨は6歳の誕生日を迎えた。

 6歳の誕生日祝いの時に「何か欲しいものはある?」と母である女王に聞かれ「王都の街に行ってみたい」と強請った。


 華天国では代々王族の女児が王位に就くため女王候補の王女は滅多なことで王宮を出ることは無い。

 女王である氷雨は困った顔をした。


「美雨。貴女が王宮の外に行くのは早過ぎるわ」


「でもお母様、将来女王になる可能性が私にあるなら私は王都の街をこの目で見たいのです」


 美雨は幼い頃から女王になるための勉強をしていた。

 王女教育のために美雨に付けられた教師から王宮の外で暮らす民の話を聞いた時に美雨は強い興味を覚えた。


 街にはいろんなお店があってそこで民は仕事をして得た賃金で物の売り買いをして生活しているらしい。

 職業もいろいろあり本の中の資料ではよく分からない部分も多かった。


 だから自分の方からそういった民の仕事や生活を見学したいと思ったのだ。

 それは将来この国の女王になる可能性のある自分に必要なものだと感じた。


 でも本当の理由はそれだけではない。

 生まれてから美雨は王宮で育ち王宮の外の世界を知らない生活を送っていた。


 もちろん教師に教えてもらうだけでなく王宮にはたくさんの本が置いてある図書室がありそこで外の世界に関する本を読むことができた。

 知識を得れば得るほど王宮の外の世界に美雨は惹かれていく。


 その好奇心を抑えられず母の女王に「王都の街に行きたい」と願ってしまった。今まで女王の母を困らせるようなワガママなど言ったことなかったのに。

 この時のことを後悔することになるなど美雨は微塵にも思っていなかったのだ。


 もちろん自分が王女であるために危険が伴うことも分かっている。

 美雨は年齢の割に賢い子供だったが自分の好奇心に勝てなかった。


「これはまた大きくでたな。他の女王候補を差し置いて美雨は女王になる自信があるようだな」


 母の氷雨の夫の一人で光の王配の空也くうやが二人の間に口を挟む。

 金髪に金の瞳の光族の特徴を持った男だ。


「光のお父様。自分の住んでる街を見ることはダメですか? 民の暮らしを見ることは我慢するべきことなんですか?」


「そういうわけではないが王宮の外は危険が多いんだ。そのことは分かっているかな?」


「…はい」


 光の王配の空也は普段は温厚な性格で自分たちの子供に注意する時も怒鳴ったりせずに諭すように何がいけないかを話す。

 子供たちが自分で考えて行動できるようにだろう。


 どんなに幼くとも美雨は一国の王女であり常に国のことを考え国民のことを考える立場だからだ。

 自分で物の良し悪しを判断できるようにならねばならない。


 そして貴重な次代の女王候補の一人。自分が命を落とせばこの国は宝を一つ失うも同じ。

 何度も繰り返し教えられてきた言葉が美雨の脳裏に浮かぶ。


 美雨以外にも女王候補はいるがそれでも今の段階ではその中の誰が次代の女王になるか決まっていない。

 この華天国を治める女王は単なる女王ではなくこの国が存続するために必要不可欠な特別な存在なのだ。


 それ故に王女がそのまま女王になるとも限らないという事情がある。

 その中で王女であり女王候補の一人の美雨の命は美雨だけのものではないと事あるごとに母の氷雨から言われていた。


 美雨も分かっている。自分たちが安心して生活ができるのも母である女王と六人の王配の力があるからなのだ。

 いや華天国の国民であればみんなそう思っているだろう。


 幼い美雨は自分の身を護る術を持たない。そんな幼い自分に王宮の外に出るのは早いという氷雨や空也の言葉は当たり前なのだ。


「空也の言う通りです。まだ貴女は幼過ぎる」


 氷雨がそう言ったところでまた一人会話に加わる。


「氷雨と空也の意見は分かるが子供の内に危ないからと王宮の小さな世界にいては次代の女王としての資質が育つとは思えない。本人が望むなら王都の街ぐらい見せてもいいのではないか?」


 そう言ったのは闇の王配の十夜だった。


 十夜は闇族の特徴である黒髪に黒い瞳だ。

 空也が昼だとすれば十夜は夜を象徴する姿である。


 闇族出身の十夜はその姿と闇族が王家の刀と呼ばれるような戦闘に長けた一族だということもあり一部の者たちからは怖がられている存在だ。

 六人の王配の中でもいつも氷雨の後ろを護るように立っていながらも影のように気配を消す。


 それが普通の者には気味が悪いと感じるらしい。

 だが仮にも王配の十夜に面と向かってそう言う人物はほとんどいないが。


 でも美雨はこの闇の王配の十夜が好きだった。

 美雨が母の氷雨や他の王配のお父様と少し距離を置く十夜に近付き「闇のお父様もお菓子食べましょう?」とお菓子を渡すと僅かに口元に笑みを浮かべてお菓子を受け取って頭を撫でてくれた。


 自分の頭を撫でる大きな闇のお父様の手が美雨は大好きだったのだ。

 二人の姉は「闇のお父様は怖い」と言って近付かない。美雨にはそんな二人の姉の気持ちが分からなかった。


「私がお忍びで連れて行ってもいいぞ」


 十夜はそうやって美雨の頭を撫でる。


「闇のお父様!」


 美雨は顔を明るくして自分の意見を聞いてくれた十夜に抱きついた。

 そんな美雨を十夜は軽々と抱き上げる。


「でも十夜……」


「大丈夫。商店街を一周するだけだ」


「仕方ないわね。夕方までには帰るのよ」


 溜息交じりに氷雨は許可を出した。

 美雨は自分の願いが叶うことに大喜びだ。


「ありがとう! お母様」


清和せいわ順菜じゅんなには内緒よ」


「はい、分かりました。お姉様たちにこの話はしません」


「よし、それじゃ行くか。美雨、準備をしよう」


 十夜は美雨を抱いたままお忍びで出かけるために自分の私室に連れて行った。


「美雨はどんなことしたいんだ?」


 美雨が着ているドレスを目立たない服装に着替えさせながら十夜が美雨に聞いてくる。


「民が普通にやっていることがしたいです。私は「王女」がすることしかしたことないから」


「そうか。そうだな、美雨は産まれてからずっと「王女」だもんな」


 十夜はそう言って少し寂し気に美雨を見る。


「いいか、美雨。この国はいろんな部族がいていろんな民がいる。その民が日々幸せに暮らせるように『女王』と『六人の王配』がいるんだ。そして「王女」の一番大切な仕事は次代の『女王』になることだ。美雨はきっと『女王』になる」


「でも闇のお父様。清和姉さまや順菜姉さまもいるから私が『女王』になるかはまだ分かりません。それに能力があれば王女以外の王族の者も女王になれると教わりました」


 美雨が教師に教えられたことを言うと十夜は僅かに笑う。


「いや、美雨は『女王』になる。闇のお父様にはそれが分かるんだよ」


「どうしてですか?」


「美雨が誰よりも「民」のことを気にかけているからさ。だから美雨、約束しておくれ。必ず『女王』になると」


「分かりました。闇のお父様が願うなら頑張って女王になると約束します」


 そう言った美雨の頭を十夜は優しく撫でてくれる。

 いつもと同じ温かくて大きな手だ。

 自分の願いを聞いて母の氷雨に進言して叶えてくれた闇のお父様のことを美雨はますます大好きになった。

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2024年9月29日 15:00

女王の華咲く日 リラックス夢土 @wakitatomohiro

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