第19話 光族の朝の礼拝

 夕食が終わると神官が子供たちに声をかける。


「寝る準備をしなさい。朝のお祈りの時間に起きられるように準備ができたらきちんと寝るんですよ」


『はーい!』


 子供たちは自分の空になったお皿を一か所へ積むように置くと部屋を出て行く。

 美雨が寝るにはまだ早いが幼い子供たちは大人より睡眠時間が必要なのでもう寝る時間なのだろう。


 神官が使い終わったお皿を片付けるのを見て美雨は神官に申し出る。


「神官様。これからそのお皿を洗うならお手伝いします」


 美雨の言葉に驚いたのは野乃だ。

 王女の美雨に皿洗いなどさせられないと慌てた様子で美雨に声をかけてくる。


「美雨様。お皿洗いなら私が神官様のお手伝いをします。美雨様は部屋でお休みください」


「でも、私も何かお手伝いしたいわ」


「そうは申されましても美雨様はお皿洗いなどほとんどしたことないではないですか。慣れないお皿洗いをしてお皿を割ったりしたらどうするんですか?」


「う! そ、それは…」


 野乃の指摘通り美雨は王女なのでお皿洗いなどしたことがない。

 お皿を洗うだけなら自分にもできると思っての提案だったのだがお皿を割らずに洗えるかは確かに美雨にも不安だ。


 この教会にとってはお皿一枚でも貴重な物だということは美雨だって分かる。

 だが美雨だって泊めてくれたこの神官に何かお礼をしたいのだ。


 宿泊代だとお金を渡してもこの神官には商人は何でもお金を出せばいいと思っていると言われたので素直に受け取ってはくれないだろう。


(私って普通の民ができることができないのよね。王女には女王になる重要な役目があるって皆は言ってくれるけどこういう時は私は無力だわ)


 美雨が肩を落としているとそんな美雨と野乃の会話を聞いていた神官が苦笑を浮かべた。

 神官には美雨と野乃が裕福な商人の娘と従者の関係で世間知らずの主人の娘に従者が苦言を呈したと思ったようだ。


「美雨さん。お皿洗いではなくても貴女が何かこの教会でお手伝いをしたいと言うなら明日の貴女が出発する前に少しだけ子供たちと遊んではいただけませんか?」


「子供たちと遊ぶのですか?」


「ええ。貴女が嫌ではなければですが。子供たちは遊ぶのが大好きですが危険に合わないようにいつも教会の敷地内で遊んでいます。そうすると遊ぶにもどうしても制限があるので貴女のように外部から来て遊んでくれる相手がいるととても喜ぶのです」


「そうなんですね。当麻、明日の出発は遅らせることができるかしら?」


 後ろに控えていた当麻に尋ねると当麻は少しだけ考えて答える。


「光の都にたどり着くだけでしたらここをお昼に出発すれば間に合いますのでそれまでならお時間はあります」


「そう。では神官様。明日の午前中は子供たちの相手をさせていただきます」


(子供と遊ぶくらいなら私にもできるもの)


「ありがとうございます。それと明日は朝の礼拝には参加されますか?」


「朝の礼拝ですか?」


「ああ、美雨さんは水族の方だから知らないのですね。光族の教会では毎朝夜明けと共に太陽神への朝の礼拝が行われるのです。かなり早起きすることになるので無理に参加しなくてもよろしいですが」


「いえ! 参加させてください」


「分かりました。では明日の夜明け前に礼拝堂の方にお越しください」


「はい」


(夜明けと共に太陽神への朝の礼拝か。本当に光族は太陽神への信仰が厚いのね。それもあって子供たちは早く寝たのか。早起きは苦手じゃないけど礼拝に遅れないようにしないと)


「美雨様。ここの片付けは私が神官様と行いますから朝の礼拝に起きられるように美雨様は先に部屋でお休みください」


「分かったわ」


 野乃に促されて美雨は部屋に戻る。

 そして旅の疲れが出たのか美雨はベッドに入ると早々に寝てしまった。






「美雨様。起きてください。朝の礼拝に間に合わなくなりますよ」


「う~ん…」


 野乃の声で美雨は目が覚める。


(朝の礼拝って…なんだっけ……?)


 寝起きの頭で考えた美雨の脳裏に昨日の神官と子供たちの姿が蘇った。


(そうだ! ここは光族の教会で今朝は朝の礼拝に出るって約束したんだった)


 美雨が窓を見ると外は僅かに明るくなり始めている。

 神官は夜明けと共に朝の礼拝をすると言っていたはずだ。もたもたしている時間はない。


 野乃に手伝ってもらい身支度を整えると教会の礼拝堂に向かう。

 礼拝堂に入ると既に神官も子供たちも揃っていた。


「すみません。遅くなりまして」


「いえ、礼拝はこれからですから大丈夫です。太陽が昇るとこの窓から太陽の光が入ります。そしたら礼拝の始まりです。どうぞ席に座ってください」


 神官が示した場所には小さな丸い窓がある。

 そこから見える空はだいぶ明るくなってきていた。もうすぐ太陽が昇るだろう。


 美雨は野乃と一緒に空いている席に座って礼拝が始まるのを静かに待つ。

 子供たちも騒ぐことなくおとなしく椅子に座っていた。


 やがて丸い窓から太陽の一筋の光が差し込んだ。


「ではこれより朝のお祈りを始めます。偉大なる太陽神よ、その力、恵みを我らに与えたまえ…」


 神官の祈りの言葉が礼拝堂に響く。

 子供たちも目を瞑りその祈りの言葉を聞いている。


(これを光族の教会は毎朝行っているのね。太陽神への信仰心が光族の民の中に根付くのが分かる気がするわ)


 太陽光が一番先に差し込んだ丸い窓は太陽が昇っていくとまるでその窓が太陽そのもののように光輝く。

 その神々しい光に美雨の心も清らかにされていくような不思議な感覚になる。


 美雨も目を瞑り太陽神へ祈る。


(太陽神様。どうかこの華天国に恵みと平和を与えてください。そして光瑠ちゃんたちが健やかに成長できますように)


 そんな美雨の願いが聞こえたのか一瞬だけ窓から入る太陽光が強く輝いたが目を瞑って祈りを捧げていた美雨がそのことに気付くことはなかった。


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