第20話 美雨の歌声
朝の礼拝が終わり朝食を食べた後に子供たちは教会の庭へと遊びに出る。
昨日、神官に言ったように美雨は子供たちと遊ぶために庭に向かおうとした。
「美雨お姉ちゃんはもう出発するの?」
美雨が声のした方を見ると光瑠がいる。
当麻や高志乃がいつでも出発できるように荷物を自分たちの馬へと運んでいたため美雨たちがすぐに教会を出発すると思ったのだろう。
「いいえ。出発はお昼頃にする予定よ。それまでは光瑠ちゃんたちと遊べるわよ」
「やったあ!」
寂しげな表情だった光瑠の顔が喜びに溢れる。
「じゃあ、光瑠と一緒にお庭に行こうよ」
「ええ、いいわよ」
光瑠に手を引っ張られて美雨は庭へと出た。
教会の庭はそれほど広くはないが石壁に囲まれている場所だ。
ここなら外部の人間が入って来れないし逆に子供たちも勝手に石壁の外には出られないので神官も子供たちに好きに遊ばせているらしい。
光瑠に手を引かれて美雨は庭の端にあった古ぼけた長椅子に座る。
「何をして遊ぶの? 光瑠ちゃん」
「あのね、光瑠は最近お歌が歌えるようになったのよ。美雨お姉ちゃんにも光瑠のお歌を聴いて欲しいの」
「まあ、そうなのね。ぜひ、聴きたいわ」
光瑠は美雨の近くに立ち歌を歌い始めた。
少したどたどしくはあるが一生懸命に歌う光瑠の姿を美雨は温かく見守る。
歌っている歌詞は聴いたことはないが歌詞の内容から太陽神へ捧げられる讃美歌のようだ。
一曲歌い終えると光瑠は美雨にお辞儀をする。
「綺麗な声だったわよ、光瑠ちゃん」
拍手をしながら美雨が褒めると光瑠は少し恥ずかしそうに照れた。
「ありがとう、美雨お姉ちゃん。今度は美雨お姉ちゃんが歌って」
「え? 私が歌うの?」
「うん。美雨お姉ちゃんのお歌が聴きたい」
美雨は光瑠の期待するような瞳に思わず悩んでしまう。
王女の美雨は勉強のひとつとして音楽全般も習うが教師以外の者の前で歌を披露したことはない。
(私に歌を教えてくれた教師からは特に歌が下手だと評価されたことはないけど……)
自分の歌声に自信がないので普通であれば断りたいが光瑠の期待も裏切りたくない。
(光瑠ちゃんだって精一杯歌ってくれたんだもの。私だって歌くらい人前で歌えるわ。自信を持つのよ、美雨)
自分自身に気合いを入れた美雨は光瑠に笑顔を向ける。
「私が覚えている歌詞はラーマ神への讃美歌ぐらいだけどそれでもいいかな?」
「うん!」
立っていた光瑠が長椅子に座り今度は美雨がその場に立つ。
息をすうっと吸い込み美雨は讃美歌を歌い始めた。
「まいったな。もうすぐ光の都だが水がなくなった。仕方ない、ひとつ手前の町で水を調達するか」
国境沿いの砦から族長の帰還命令を受けて光主は急ぎ光の都へと向かっていた。
しかし女王候補者が光の都に到着するまでに帰らねばと馬を飛ばして急ぎ過ぎたあまり都の手前で手持ちの水が尽きてしまったのだ。
このまま強行突破で光の都に向かってもいいがさすがに飲み水もない状態では不安がある。
そこで光主は光の都のひとつ手前の町に寄って水を補給することにした。
町に入った光主は井戸を探す。
光族の町には井戸が必ずありそこから民は必要な水を汲んで生活に使用していた。
少し裕福な者であれば自分用の井戸を自分の家の敷地内に持っているのが普通だ。
光主が探したのは誰でも使用可能な大衆用の井戸だがそれはすぐに見つかった。
幸い、井戸を利用している者はいない。
光族の族長の息子である光主の顔を知っている光族の民は多いので光主が姿を現したとなれば騒がれる心配がある。
たいがいは好意的に歓迎を受けるのだが今は歓迎する人々に応える時間がない。
騒ぎが起こる前に人知れず水を補給してこの町を去った方がいいだろう。
井戸から水を汲み自分の水筒に入れた時に光主の耳に僅かに女の声らしきものが聴こえた。
(女の声?)
さらに耳を澄ませるとどうやら女の歌声のようだ。
(誰かがどこかで歌を歌っているのか?)
いつもなら歌声が聴こえても気にしないだろうがなぜかその歌声には興味を引かれた。
周囲を見渡すと近くに石壁に囲まれた教会が見える。
その教会の方から歌声が聴こえてくるようだ。
光の都に急がなければならないことは十分に承知しているのだがその歌声が光主の心を捉えて離さない。
どこか懐かしいような澄んだ綺麗な声だ。
懐かしさを感じながらも声の主に光主は心当たりがない。
(誰が歌っているかだけでも確かめてみるか)
水筒を荷物袋に入れると馬を連れて光主は教会に向かう。
歌声は段々と大きくなりハッキリと聴こえてくる。
その歌声に呼応するかのように光主の心が震えてきた。
まるで歌声に人を魅了する力でもあるように感じる。
教会を取り囲んでいる石壁まで来ると石壁の一部分に小さな穴が開いているのを見つけた。
この穴から中を覗けば歌声の主が見えるかもしれない。
光主は音を立てないようにして穴の中を覗く。
そこは教会の庭のようだ。数人の子供たちと銀髪の女性がいる。
どうやら歌っているのはその銀髪の女性らしい。
(銀髪ということは水族の女か?)
光主がそう思っていると銀髪の女性が高らかに歌声を周囲に響かせた。
その瞬間、光主の身体に電撃が走る。
(なんという美しい声だ!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。