第16話 各部族の神

「突然押しかけて申し訳ありません。旅の者なのですが今夜この町に泊まろうと宿屋を探したのですがどこも満室だと断られてしまって。女性も同行しているのでできたらこの教会に一泊させていただけないかと思いまして」


 高志乃が事情を説明すると神官の男性の視線が美雨の方を向けられる。

 視線が合った美雨は軽く頭を下げた。


 すると神官の男性は高志乃の言葉が真実だと思ったようだ。

 優しく笑みを浮かべて教会の扉を大きく開けた。


「それはお困りでしょう。この教会は古くて町の宿屋のように快適には過ごせないでしょうがそれでもよければお泊りになってください」


「ありがとうございます! ぜひお願いします!」


「いえいえ、太陽神の教えは人々に助け合って生きることと示されています。それに女性に野宿は酷なことですからね」


 神官の男性はさも当たり前のように答えた。

 太陽神の教えを固く信じているのが分かる。


(各部族には華天国の共通の神であるラーマ神とは別に一族の神様が存在するのよね。光族の崇める神は太陽神だったわ)


 女王教育の時に習ったことを美雨は思い出す。

 この華天国には六部族共通の神であるラーマ神という女神がいるがそれ以外に各部族が古来から一族の神として崇めている神が存在する。


 光族の神は「太陽神」と呼ばれる文字通り太陽を象徴する神だ。

 具体的な神の名前はなくただ「太陽神」と呼ばれている。


 その影響で光族は本物の太陽を神のように大切にしていた。

 光の都には「太陽神殿」があり光族の族長はその太陽神殿の大神官長を兼ねている。


 華天国の建国当時、この国の神を初代女王が信仰していたラーマ神に定めそれを国教としてはどうかという意見があったのだが初代女王はそれを却下した。

 その理由は各部族が崇める神は各部族が古来より信仰していた神でありその存在は各部族にとって自分たちの存在を誇示する象徴であったからだと言われている。


 強制的に改宗をしてもその改宗への遺恨は残りそれが新たな争いの種となると初代女王は判断したらしい。

 そして話し合いの結果、六部族の共通の神としてラーマ神を美雨たちの王家が中心になって崇めることとなり各部族ではそれまでと同じ神が崇められる形となった。


(初代女王の判断は正しかったわね。各部族の神を認めることによって別の神を崇めながらも六部族が宗教争いをすることがこの国の歴史上なかったのだから)


 美雨の前に現れた光族の神官は心から太陽神を信仰していることが分かる態度だ。

 こんなに民の心の奥にまで浸透している神を強制的に排除すればおそらく初代女王の懸念は現実になり六部族はまた争うことになっていたに違いない。


 女王教育で知識として習っていても実際にこの神官のように各部族の民と交わることでその重要性を新たに理解できる。


(やはりこの旅は女王として必要なことを学ぶ旅になりそうね)


「神官様。私はこの一行の代表者の美雨です。親が商人をやっていて先に光の都に行っているので従者と今からそこへ行く途中なのですが泊めていただけること感謝します」


 美雨は旅立つ前に当麻たちから美雨の仮の身分設定について教えられた。

 それが今、美雨が言ったように商人の娘を装うことだ。


 商人の関係者であれば旅をするのも普通だし裕福な者もいるので美雨たちが旅のお金として幾分多くお金を持っていても言い訳になる。

 それに当麻たちがまだ年若い美雨のことを「美雨様」と呼んでも主人の娘だから従者がそう呼ぶのだと理解され不審に思われないということらしい。


「そうでしたか。商人の娘さんにはこの古い教会に泊まることは不本意でしょう。お金さえ出していただければ私の知り合いの家を紹介してもよろしいですよ」


「いえ、とんでもありません! ぜひ、この教会に泊めてください。神官様のご厚意には感謝します」


 美雨が深々と頭を下げる。


(商人の娘と言うとこういう弊害も起こるのね。言葉には今後気を付けないとだわ)


 心の中で美雨が反省していると神官の男性の優しい声が耳に届く。


「どうぞ頭を上げてください、美雨さん。私も言葉が過ぎました。商人の中にはお金さえ払えばなんでも許されると思っている人もいるので貴女を試すようなことを言ってしまいました。貴女はとても清らかな心をお持ちのようですね。たとえ水族の方でも私は差別致しません。そちらの土族の方も同じです。この教会は孤児院も兼ねているので子供たちがおりますがそれが気にならないならどうぞお入りください」


「はい、ありがとうございます」


 神官の男性は美雨の外見から美雨を水族だと思ったようだ。

 土族の方とは当麻のことだろう。


(差別しないって言ってたけどやはり六部族には見えない壁がまだ存在するのね。差別しないってことは差別する人がいるってことだもんね)


 建国当初に比べたら六部族の仲は良好な関係になっているがそれでも各部族には他の部族の人間を嫌悪する者が存在すると美雨は聞いていた。

 その六部族をまとめるのが女王と王配の仕事と言ってもいい。


(民と交わることでさらにこの国の女王と王配の役割が重要だって認識させられるわ)

 

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