第15話 光族の教会

「美雨様。もう少しで次の町に着きますので頑張ってください」


「大丈夫よ、当麻。だいぶ馬での移動も慣れてきたし旅は始まったばかりなのにもう音を上げていたらお母様やお父様たちに呆れられてしまうわ」


 自分を心配する当麻を安心させるように美雨は笑顔で答える。


 美雨たちは既に光族の土地に入っていた。

 光族の中心地である光の都へはもうすぐ着くらしいが辺りは既に夕暮れだ。


 本日中に光の都に行くのは無理と判断して都の少し手前の町を今夜の宿にすることにした。

 華天国の王都から旅を始めて美雨は驚くことが多かった。


 知識では分かっていても実際に立ち寄った村や町での民の生活を見ると百聞は一見に如かずということが分かる。

 美雨たちを王女の一行だと気付いた者は今のところいない。


 身分を隠しての旅は一応成功していると言える。

 だがその分民は美雨を特別扱いしないのである町では酔っ払った男が美雨に絡んできたこともあった。


 もちろん当麻や高志乃がすぐに気付いて対処でしてくれたので美雨は無事だったがそんな少し怖い経験も美雨を成長させてくれる。


(闇のお父様の言った通りね。女王になるのなら民の生活を私も経験したり見たりすることが大事なのだわ)


 闇の王配だった十夜は民には民の常識があるのだと言っていた。

 そのことを知ることは女王になる者に必要だとも。


 王都から光の都に向かうまでの道中だけでも美雨の目に映る世界は刺激的なことばかりだ。

 この調子で六部族を回ったら確かにこの国の実情が美雨にも分かるようになるだろう。


 もちろん旅の目的は王配選びなのだがこの旅をする意味はただそれだけではない気がしている美雨だ。


 光族の土地は緑豊かな温暖な気候の土地だ。

 六部族の中では比較的住みやすい場所だろう。


 すると前方に町が見えてきた。


「あの町が今夜の宿泊地です。私が先に行って宿屋を探して来ますので美雨様たちは町の入り口辺りで待っていてください」


「分かったわ」


 美雨が返事をすると当麻が自分の馬を走らせて先に町に入っていく。

 指示された通りに美雨と野乃、それに高志乃は町を入ってすぐの場所で馬を降りて待機する。


「予定よりだいぶ遅くなってしまいましたので宿屋が取れるといいのですが」


 野乃は心配そうに当麻の帰りを待っているようだ。

 実は少し前に天気が急変して美雨たちは野宿をすることになったことがある。


 美雨自身は野宿もひとつの経験だと思ってそのことに不満を持たなかったのだが侍女の野乃には仮にも王女の美雨を野宿させなければならなかったことを後悔しているらしい。

 それは当麻と高志乃も一緒のようで二人とも美雨に野宿になってしまったことを謝罪してきた。


 美雨が「気にしてない」と言ってもこの出来事で美雨に同行する三人は「美雨様に申し訳ない」という共通意識を持ったようでそれから旅の行程がゆっくりとしたものに変わっている。


 王配選びの旅はそれほど強行軍という訳ではないのでこの速さで旅をしても問題ないと言えば問題ないのだがあまり自分のことを特別扱いしないでもらいたい気持ちが美雨にはある。

 旅の間は自分は王女としての美雨ではなくひとりの華天国の民としての美雨でいたいからだ。


 だが今朝出発する時に強い雨が降っていたので出発の時間が遅れてしまい本来なら今日光の都に着く予定が大幅に変更せざるを得ない状態になりこの町で宿を取ることになったのだ。


 しばらく待っていると当麻が帰ってきた。

 しかしその表情は厳しい。


「美雨様。町の宿屋を回ってみたのですが今夜はどこの宿屋も満室のようでして」


「まあ、では町に着いたのにまた野宿しないとなのですか?」


 当麻の言葉に強く反応したのは野乃だ。

 美雨の侍女として美雨を野宿させることに一番反対しているのは彼女である。


「野乃。宿がないなら仕方ないわよ。それに私はもう野宿を経験してるんだから問題ないわ」


「いいえ、美雨様。もうすぐ光の都なんですよ。光の都に着いたら美雨様には王配選びという大事な役目があります。もし野宿が原因で体調を崩して王配選びに支障がでたら大変なことではありませんか」


 そう言われると美雨も王配選びの重要性を知っているので反論できない。

 だが宿がないのは現実だ。


「それは分かっているけど宿がないなら野宿しかないじゃない」


 すると野乃はふと何かに気付いたような顔をした。


「そうだわ。光族の町には必ず教会があったはずです。高志乃様、そうですよね?」


「ええ。光族は太陽神を一族の神としてますから町には必ず教会がありますが」


 高志乃は光族の人間なのでこの中では一番光族のことを知っている。


「教会ならば訳を話せば一晩くらい泊めていただけるのではありませんか?」


「なるほど。その可能性はありますね。教会は民を助けるための存在ですから」


 野乃の提案に高志乃は頷いた。


「ではとりあえず教会までみんなで行ってみましょう。神官との交渉は私がしますので」


 高志乃がそう言ったので美雨たちは町の中にある教会を探すことにした。

 すると小さな教会が見つかった。外見は古い感じだがここに泊まることができれば野宿よりはマシだろう。


 教会の入り口まで行き高志乃が扉を叩く。


「すみません! 誰かおられませんか!」


 少し間をおいて教会の扉が開かれた。

 顔を出したのは中年の男性だ。金髪に金の瞳の光族の特徴を持ち白い服を着ていてその服には光族の紋章が描かれている。

 おそらくこの男性がこの教会の神官だろう。


「どうかされましたか?」


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